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駒鳥は何処へ行く?
幽霊船の日々
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揺れない地面が恋しかった。
普段は陸路。海路は皆、馴染みが無い。
しかも霧に囲まれている。
弱弱しい太陽は二重写し、時に姿を消した。
船員たちは気さくだが、時折、幽鬼のようにゆらゆらと揺れる者を見た。
「そろそろお迎えが来る奴なんだ」
赦してやって呉れよと、親しく話すようになった船員は笑った。
団員達の世話を何かと焼いて呉れるのは2人。1人はズーオ、一人はハン。
ゼオの姿を、もう6日見ない。
険しい顔の団長に対し、特に心配げな顔もしない彼_クロ。
7日目に漸く合流したゼオは、顔色は悪くないが精彩を欠いて、此処数日ゼオを探して船内を廻っていたリゼには随分心配される。
リゼの位置からでは見えないだろうが、首後ろに噛み跡を見つけた。噛みつき吸われ、皮膚の色の違う処が点々と。団員はそっと目を逸らした。
※
長くしゃがみ込んでいたリゼは腰を伸ばした。鈍い音が鳴って、筋を伸ばして整える。
団員達に混じって船員たちの仕事を手伝う。
此れが何某かの対価と為るか為らないかは分からなかったが、何もしないでいるのも気が滅入って、幾つかの仕事を貰って船内を走り回る。
幽霊船と云うのは不思議なもの。
ずっと霧に包まれて、陽の姿が見えない。時間の流れを知る事が難しい。
呼ばれてリゼは返事をした_音の響きも、遠く。
幽霊船、
此の船は、『入らずの森』に何処か似ていた。
※
円卓に、広げられたのは大陸の地図。船に在った其れは、大陸の大まかな地形と海岸線、島々の、俯瞰図の形をとっていた。大まかな…と云っても其れは精度が低いと同義ではない。海岸線の形を辿り其の傍の地名を確認した団員は、ほんのりと顔色を悪くしながら頷いた。特徴を簡略化しているだけで、_充分な精度。
何故こんな希少品が在るのかは問わないでおく。答えが返ってきた処で、答えが耳に優しいとは限らない。
そんな稀有な地図を、車座で眺める団員達の眼は厳しい。
目指す土地は内陸に在る。
“真ん中”と云うだけあって本来ならば、どの土地からでもあっても辿り着ける土地。
しかし今、其れは叶わない。どの国も、”真ん中”へと続く路を閉ざした。
“真ん中”に関する怪異譚。
大地に開いた大穴と、其処をさ迷う幽霊達。霊に捕まった人間は誰も帰らず。周りは濃い霧に囲まれて、夕刻のように迷いやすい。
そして、少しずつ広がっている。
侵食と呼ばれる其れは、何時の間にやら気付けばそうだった。
大穴の北の縁、森の拡がる方向には広がらず、何故か南ばかりに拡がっていく。
昔は南に街道があったが、今はよほどのモノ好きしか使わぬ道だ。
状況の知れぬ所を選んで、無駄に体力を減らすのは避けたかった。
ならば、為るべく大穴の円縁に沿い、入れる場所を探すしかない。
「最有力の候補は此処」
示す指先が一点を叩く。
大峰の端、国々の境界線。人々が睨み合い、何方の土地でもない、どちらの国も管理できない場所。此処から潜り込むしかない。
しかし、一つ、しかし重大な問題があった。
「此処ら辺って詳しい奴いるか?」
団員の零した問いに、全員押し黙る。
傭兵家業は渡り鳥_と云った処で、いつも仕事にありつく範囲と云うのは有った。今時分で云うなら、此処へ来る直前に居た戦場と其れよりも西の部分。丁度、利権の奪い合いで、幾つかの小国が入り乱れて角突き合わせている。得意先、俺達の庭、つまりは土地勘がある。一方で此の辺りは、数百年は大規模な戦は開かれていない。…つまり恐ろしく不勉強。
ガチャリ
唐突な訪問者に剣に手を遣った団員達は_柄頭から手を離した。
「相談事かい?」
扉を開けて入って来たのはクロだ。
乗船以来いつも以上に自由にやっている様で、一体何処に行っていたんだと思うが。
_今日も捕まえるのも探し出すのも諦めていた。
集中も途切れてしまって車座が崩れる。
団員達の隙間から彼らが囲んでいた地図をちらりと見たクロは、
「また随分懐かしい奴だな」
と笑った。
驚く団員達の間を縫って、円卓に近づく。
幾つか刺されたピンを見て、まあ此処までは合っているなと、皆で話し合った“最有力候補“に頷く。
何時の間にか、手には筆。
“最有力候補“の先、”真ん中“へ至る道。
クロは地図に一本線を引いた。
真っ直ぐ真っ直ぐ、行き過ぎて、折れ曲がって_少し戻る。元来たのとは異なる道を。あくまでも一本道。一重で書かれ、重なる処は一つも無かった。
「行き過ぎるのは必要か?」
折れ曲がりを団員の指が差す。
「そもそも道が此の形だ」
そして此の折れ曲がり、戻る部分は隣移り出来ぬ断崖だ。
唄う様な笑う様な声音で云い置くと、クロは最後に丸をつけて地図を押しやった。
受け取った団長は道筋を眼で辿る。
「帰りは?」
「上手くすれば、其の時に分かる」
「上手く、行かなければ?」
「其れも其の時に」
「…勝率は?」
返される苦笑。
「一応、此の千年、二千年の内では一番だ」
此れで駄目なら、まあ、もう、お終いさ。
投げ捨てられた筆が卓の上に落ちて転がった。
後ろ手に手を振って部屋を出て行くクロを見送り、残った団員達は地図へ見入る。
「随分、勝算が悪そうな」
「団長は何が目的で是と?」
そもそも宿での話し合いを知らぬ団員が問うて、
「古代の防具や呪具の類が落ちているそうだ」
話し合いに参加していた団員が代わりに答えた。
一息の沈黙。
「今のニュアンスからすると、脱落者の遺品では?」
「千年、二千年前の術者たちが到達できない場所かい」
世界は年々魔力を失くし、数世代前の術師が出来た事が今世代の術師に出来ない。
そうして失われていく術も多い。
其れは、庶民も知る世界の現状。
丸のうたれた地図の一点が、急に禍禍しく見えて来る。
「此処一体何があるんです?」
普段は陸路。海路は皆、馴染みが無い。
しかも霧に囲まれている。
弱弱しい太陽は二重写し、時に姿を消した。
船員たちは気さくだが、時折、幽鬼のようにゆらゆらと揺れる者を見た。
「そろそろお迎えが来る奴なんだ」
赦してやって呉れよと、親しく話すようになった船員は笑った。
団員達の世話を何かと焼いて呉れるのは2人。1人はズーオ、一人はハン。
ゼオの姿を、もう6日見ない。
険しい顔の団長に対し、特に心配げな顔もしない彼_クロ。
7日目に漸く合流したゼオは、顔色は悪くないが精彩を欠いて、此処数日ゼオを探して船内を廻っていたリゼには随分心配される。
リゼの位置からでは見えないだろうが、首後ろに噛み跡を見つけた。噛みつき吸われ、皮膚の色の違う処が点々と。団員はそっと目を逸らした。
※
長くしゃがみ込んでいたリゼは腰を伸ばした。鈍い音が鳴って、筋を伸ばして整える。
団員達に混じって船員たちの仕事を手伝う。
此れが何某かの対価と為るか為らないかは分からなかったが、何もしないでいるのも気が滅入って、幾つかの仕事を貰って船内を走り回る。
幽霊船と云うのは不思議なもの。
ずっと霧に包まれて、陽の姿が見えない。時間の流れを知る事が難しい。
呼ばれてリゼは返事をした_音の響きも、遠く。
幽霊船、
此の船は、『入らずの森』に何処か似ていた。
※
円卓に、広げられたのは大陸の地図。船に在った其れは、大陸の大まかな地形と海岸線、島々の、俯瞰図の形をとっていた。大まかな…と云っても其れは精度が低いと同義ではない。海岸線の形を辿り其の傍の地名を確認した団員は、ほんのりと顔色を悪くしながら頷いた。特徴を簡略化しているだけで、_充分な精度。
何故こんな希少品が在るのかは問わないでおく。答えが返ってきた処で、答えが耳に優しいとは限らない。
そんな稀有な地図を、車座で眺める団員達の眼は厳しい。
目指す土地は内陸に在る。
“真ん中”と云うだけあって本来ならば、どの土地からでもあっても辿り着ける土地。
しかし今、其れは叶わない。どの国も、”真ん中”へと続く路を閉ざした。
“真ん中”に関する怪異譚。
大地に開いた大穴と、其処をさ迷う幽霊達。霊に捕まった人間は誰も帰らず。周りは濃い霧に囲まれて、夕刻のように迷いやすい。
そして、少しずつ広がっている。
侵食と呼ばれる其れは、何時の間にやら気付けばそうだった。
大穴の北の縁、森の拡がる方向には広がらず、何故か南ばかりに拡がっていく。
昔は南に街道があったが、今はよほどのモノ好きしか使わぬ道だ。
状況の知れぬ所を選んで、無駄に体力を減らすのは避けたかった。
ならば、為るべく大穴の円縁に沿い、入れる場所を探すしかない。
「最有力の候補は此処」
示す指先が一点を叩く。
大峰の端、国々の境界線。人々が睨み合い、何方の土地でもない、どちらの国も管理できない場所。此処から潜り込むしかない。
しかし、一つ、しかし重大な問題があった。
「此処ら辺って詳しい奴いるか?」
団員の零した問いに、全員押し黙る。
傭兵家業は渡り鳥_と云った処で、いつも仕事にありつく範囲と云うのは有った。今時分で云うなら、此処へ来る直前に居た戦場と其れよりも西の部分。丁度、利権の奪い合いで、幾つかの小国が入り乱れて角突き合わせている。得意先、俺達の庭、つまりは土地勘がある。一方で此の辺りは、数百年は大規模な戦は開かれていない。…つまり恐ろしく不勉強。
ガチャリ
唐突な訪問者に剣に手を遣った団員達は_柄頭から手を離した。
「相談事かい?」
扉を開けて入って来たのはクロだ。
乗船以来いつも以上に自由にやっている様で、一体何処に行っていたんだと思うが。
_今日も捕まえるのも探し出すのも諦めていた。
集中も途切れてしまって車座が崩れる。
団員達の隙間から彼らが囲んでいた地図をちらりと見たクロは、
「また随分懐かしい奴だな」
と笑った。
驚く団員達の間を縫って、円卓に近づく。
幾つか刺されたピンを見て、まあ此処までは合っているなと、皆で話し合った“最有力候補“に頷く。
何時の間にか、手には筆。
“最有力候補“の先、”真ん中“へ至る道。
クロは地図に一本線を引いた。
真っ直ぐ真っ直ぐ、行き過ぎて、折れ曲がって_少し戻る。元来たのとは異なる道を。あくまでも一本道。一重で書かれ、重なる処は一つも無かった。
「行き過ぎるのは必要か?」
折れ曲がりを団員の指が差す。
「そもそも道が此の形だ」
そして此の折れ曲がり、戻る部分は隣移り出来ぬ断崖だ。
唄う様な笑う様な声音で云い置くと、クロは最後に丸をつけて地図を押しやった。
受け取った団長は道筋を眼で辿る。
「帰りは?」
「上手くすれば、其の時に分かる」
「上手く、行かなければ?」
「其れも其の時に」
「…勝率は?」
返される苦笑。
「一応、此の千年、二千年の内では一番だ」
此れで駄目なら、まあ、もう、お終いさ。
投げ捨てられた筆が卓の上に落ちて転がった。
後ろ手に手を振って部屋を出て行くクロを見送り、残った団員達は地図へ見入る。
「随分、勝算が悪そうな」
「団長は何が目的で是と?」
そもそも宿での話し合いを知らぬ団員が問うて、
「古代の防具や呪具の類が落ちているそうだ」
話し合いに参加していた団員が代わりに答えた。
一息の沈黙。
「今のニュアンスからすると、脱落者の遺品では?」
「千年、二千年前の術者たちが到達できない場所かい」
世界は年々魔力を失くし、数世代前の術師が出来た事が今世代の術師に出来ない。
そうして失われていく術も多い。
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