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駒鳥は何処へ行く?
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風が攫った木の葉がカサリと音を立てて転がり、日が落ちる寸前の空は赤く燃えた。
騎馬の足が木の葉を散らして駆け抜ける。
今宵を過ごす為の目星を付けていた村まではあと少し。
秋も深まるこの季節、野宿はなるべくなら避けたいところ。
結局の処、向こう岸へ渡れる場所を探して彷徨い、半日ほどを無駄にした。団員たちの顔にも疲れが滲む。
夜訪れる余所者に、土地の人間は厳しい眼を向ける。嘗ては栄えた街道沿いの宿場町。
元々は国同士を繋ぐ最短の道故に栄え、しかし今は、此処から少しばかり外れた街の聖堂_巡礼地を目的とする巡礼者の流れに人を取られ、人の流れが減るにつれて更に訪れる人も減るという悪循環の最中。寂れて久しい町_村。
十字路。
団長は騎馬から降りると、岐(くなど)を守る神像に村へと至る道、通行の許可を願う。
空気が震える音がして、新しく(…)道が現れる。
_思ったよりも、随分と上等な術だった。
どうやら目的の村の祭祀殿は、昨今では珍しいほど力の強い御仁であるらしい。
どうにか辿り着いた村の入口、門。
日は稜線の下へと隠れ、最後の一光が何とか夜の面に残っていた。
※
そこそこの数の人馬に、何事と出てきた村人たちは、顔を見合わせた。
日の落ちきる間際、駆け込んで来た男たちの腰にはどうやら剣も在る。
其処らに居る一人に村長を呼びにやらせて、男たちは護身用の手入れの悪い剣、磨かれた農具を引き掴んで外に出た。
村の入口。
騎馬から一人降り立った団長は、頬を掻いた。穴が開きそうな程の視線を感じる。
視線だけ寄越して村人は姿を見せず、少しばかり焦れていた。
今日は結局、走り通し。叶うなら、直ぐに宿で身を休めたい。
ガシャリガシャリと金気の擦れる音がして、其方へ顔を向ければ、剣を農具を手に手に近づいて来る男たちの姿。表情は一様に険しく、とても友好的とは見えない。
思うようにいかない今日という日の巡り。思わず溜息が漏れた。
睨み合いが続き暫く、村長が駆け付ける頃には騎馬に乗ったままだった男たちも殆どが騎馬から降りて静観の構え。
顔を険しく首を振り近づいて来る老人を見て、今夜の野宿の可能性を考える。
「ゼオ」
老人の近づいてくる方向とは全くの別。放たれた声は年を重ねた女のもの。
名指しを受けたゼオは振り返り、
「マチルダ」
名を呼んだ。
白く変わった髪色、増えた皴。其れでも誰かが分かった。嘗て親しみもって寄り添った女。
女は酷く懐かし気に眼を細めて笑った。
果たしてマチルダがゼオの身の証をして、加えて村人の前、懐かしい名を出した。
ゼオは己の嘗ての副官の故郷が、此の村である事を初めて知った。
三々五々に散っていく村人の間、村長と呼ばれた老人が女_マチルダを睨みつける。
「男の領分に手を出すとは」
「…そうでもないさ」
落ち窪んだ鋭い眼、鷲鼻の男。
憎悪を感じる程の熱で視線を呉れて、_踵を返した。
※
マチルダが案内したのは、村の中心に在る大きな建物。旅籠、居酒屋。元はマチルダの夫_元副官の生家。
家業を嫌って飛び出した跡取り息子が妙齢の女性を連れて村に帰って来た時、其処は彼の妹が婿を取って継いでいて、まあ、騒ぎとなったらしい。
…願った事を聞き届けてくれた彼は、最早この世に居ないと語った彼女は、彼の妻として此の地に留まったのだと笑った。
巡礼の道から外れた此の村には、未だ古の信仰が生きていた。
姑は先代の祭祀。彼女は其れを継ぎ受けたのだと語った。他所の人間であると難色示すものは在ったと云う。しかし後継に関する全ての権は祭祀のもの。祀り事の全ては彼女の負う処となって、継承は滞りなく。
そして話し合いの末、息子と其の連れ合いは、次期祭祀と其の伴侶として家の一角に迎え入れられたという事だった。
マチルダが変わったリズムで戸を叩くと、一人の女が顔を出した。
何事かをマチルダが語り掛け、2度3度頷いた後、ゼオの顔を凝視する。
特徴的なくりくりとした丸い眼が、云われてみれば兄とよく似ていた。軽く頭を下げれば、何やらどっぷりと溜息を吐かれた。
どうやら団員たちの本日の寝床は、何とかなりそうな予感。
「それで義姉さん。其処の兄さんは、義姉さんの処で引き取ってお呉れね。あの兄が、今にも化けて出そうで気が気じゃないよ」
マチルダに顔を向けて云うと、
「他の兄さんたちはこっちだよ。ついて来な」
力強く手招いた。
ゼオは一人マチルダに連れられて、彼女の住み家に通された。
家の敷居を跨げば、其処は正に祭祀の家。
大量の薬草を吊るし、所々の机の上にも薬草の束がある。_其の中を忙しく動き回る影。
影にマチルダが声を掛ける。
「リゼ、お客だよ」
呼ばれて作業の手を止め、駆けよってきた影_娘は10を幾つか越えた程に見えた。
「ゼオ、孫のリゼ。リゼ、おじいちゃんの云ってた上官さんだよ」
此方を見上げる大きな瞳が、ランタンの光に照らされてキラキラ光る。
「世話になるよ、娘さん」
騎馬の足が木の葉を散らして駆け抜ける。
今宵を過ごす為の目星を付けていた村まではあと少し。
秋も深まるこの季節、野宿はなるべくなら避けたいところ。
結局の処、向こう岸へ渡れる場所を探して彷徨い、半日ほどを無駄にした。団員たちの顔にも疲れが滲む。
夜訪れる余所者に、土地の人間は厳しい眼を向ける。嘗ては栄えた街道沿いの宿場町。
元々は国同士を繋ぐ最短の道故に栄え、しかし今は、此処から少しばかり外れた街の聖堂_巡礼地を目的とする巡礼者の流れに人を取られ、人の流れが減るにつれて更に訪れる人も減るという悪循環の最中。寂れて久しい町_村。
十字路。
団長は騎馬から降りると、岐(くなど)を守る神像に村へと至る道、通行の許可を願う。
空気が震える音がして、新しく(…)道が現れる。
_思ったよりも、随分と上等な術だった。
どうやら目的の村の祭祀殿は、昨今では珍しいほど力の強い御仁であるらしい。
どうにか辿り着いた村の入口、門。
日は稜線の下へと隠れ、最後の一光が何とか夜の面に残っていた。
※
そこそこの数の人馬に、何事と出てきた村人たちは、顔を見合わせた。
日の落ちきる間際、駆け込んで来た男たちの腰にはどうやら剣も在る。
其処らに居る一人に村長を呼びにやらせて、男たちは護身用の手入れの悪い剣、磨かれた農具を引き掴んで外に出た。
村の入口。
騎馬から一人降り立った団長は、頬を掻いた。穴が開きそうな程の視線を感じる。
視線だけ寄越して村人は姿を見せず、少しばかり焦れていた。
今日は結局、走り通し。叶うなら、直ぐに宿で身を休めたい。
ガシャリガシャリと金気の擦れる音がして、其方へ顔を向ければ、剣を農具を手に手に近づいて来る男たちの姿。表情は一様に険しく、とても友好的とは見えない。
思うようにいかない今日という日の巡り。思わず溜息が漏れた。
睨み合いが続き暫く、村長が駆け付ける頃には騎馬に乗ったままだった男たちも殆どが騎馬から降りて静観の構え。
顔を険しく首を振り近づいて来る老人を見て、今夜の野宿の可能性を考える。
「ゼオ」
老人の近づいてくる方向とは全くの別。放たれた声は年を重ねた女のもの。
名指しを受けたゼオは振り返り、
「マチルダ」
名を呼んだ。
白く変わった髪色、増えた皴。其れでも誰かが分かった。嘗て親しみもって寄り添った女。
女は酷く懐かし気に眼を細めて笑った。
果たしてマチルダがゼオの身の証をして、加えて村人の前、懐かしい名を出した。
ゼオは己の嘗ての副官の故郷が、此の村である事を初めて知った。
三々五々に散っていく村人の間、村長と呼ばれた老人が女_マチルダを睨みつける。
「男の領分に手を出すとは」
「…そうでもないさ」
落ち窪んだ鋭い眼、鷲鼻の男。
憎悪を感じる程の熱で視線を呉れて、_踵を返した。
※
マチルダが案内したのは、村の中心に在る大きな建物。旅籠、居酒屋。元はマチルダの夫_元副官の生家。
家業を嫌って飛び出した跡取り息子が妙齢の女性を連れて村に帰って来た時、其処は彼の妹が婿を取って継いでいて、まあ、騒ぎとなったらしい。
…願った事を聞き届けてくれた彼は、最早この世に居ないと語った彼女は、彼の妻として此の地に留まったのだと笑った。
巡礼の道から外れた此の村には、未だ古の信仰が生きていた。
姑は先代の祭祀。彼女は其れを継ぎ受けたのだと語った。他所の人間であると難色示すものは在ったと云う。しかし後継に関する全ての権は祭祀のもの。祀り事の全ては彼女の負う処となって、継承は滞りなく。
そして話し合いの末、息子と其の連れ合いは、次期祭祀と其の伴侶として家の一角に迎え入れられたという事だった。
マチルダが変わったリズムで戸を叩くと、一人の女が顔を出した。
何事かをマチルダが語り掛け、2度3度頷いた後、ゼオの顔を凝視する。
特徴的なくりくりとした丸い眼が、云われてみれば兄とよく似ていた。軽く頭を下げれば、何やらどっぷりと溜息を吐かれた。
どうやら団員たちの本日の寝床は、何とかなりそうな予感。
「それで義姉さん。其処の兄さんは、義姉さんの処で引き取ってお呉れね。あの兄が、今にも化けて出そうで気が気じゃないよ」
マチルダに顔を向けて云うと、
「他の兄さんたちはこっちだよ。ついて来な」
力強く手招いた。
ゼオは一人マチルダに連れられて、彼女の住み家に通された。
家の敷居を跨げば、其処は正に祭祀の家。
大量の薬草を吊るし、所々の机の上にも薬草の束がある。_其の中を忙しく動き回る影。
影にマチルダが声を掛ける。
「リゼ、お客だよ」
呼ばれて作業の手を止め、駆けよってきた影_娘は10を幾つか越えた程に見えた。
「ゼオ、孫のリゼ。リゼ、おじいちゃんの云ってた上官さんだよ」
此方を見上げる大きな瞳が、ランタンの光に照らされてキラキラ光る。
「世話になるよ、娘さん」
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