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駒鳥は何処へ行く?
祭祀
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「リゼ」
柔らかな声に呼ばれて振り返る。
呼んだのは大好きな人。
「おばあちゃん」
急いでスープとパンを掻き込み、傍へ行く。
「何か、ご用事?」
「薬草を採りに行かなくては為らなくて。急で悪いのだけど伴をお願いできる?」
祖母の言葉に急ぎ頷く。
「直ぐに用意をした方が良い?」
「そうね。少し遠いの」
「分かったわ」
直ぐに戻るからと云い置いて、リゼは隣家の主を探しに行った。
祖母の言葉を伝えれば少し嫌な顔をされたが、此れでリゼの午後はフリーだ。
リゼの祖母は此の村の祭祀。精霊たちの信を得る者。
精霊は親切で気紛れで、残酷だ。彼らの赦しを得ずして質の良い薬草は手に入らないが、彼らには人の都合を慮る意思はない。其れでも人は精霊の赦しを待ち望む。
「お待たせ。おばあちゃん」
「あら、そうでもないわ。急いで呉れたのね」
リゼの走って乱れた髪を整えて、祖母は微笑みかける。
さあ、行きましょうと、祖母の指さすのは『入らずの森』。
リゼの腰には剣がある。
祖父がリゼのため特別に、わざわざ隣町迄行って拵えてくれたものだった。
女は普通、剣を持たない。実際、村人の中にはリゼが剣を持つのを見て眉を顰める人も居る。
でも。
森に入れるのは祖母とリゼだけ。
森に入る祖母の護衛。元は祖父の勤めていた役割だった。
森に入る祭祀の護衛。付き添えるのは血筋に連なる者か伴侶だけ。
森を往く祭祀は無防備で、人の入らぬ森の動物たちは人を避けない。
そうして起こる事故から祭祀を守るのが、付き添う護衛の役割だった。
祖母と祖父の間に生まれたのは母だけで、祖父の病が判った時、リゼの母と父は既に亡かった。
祖父はリゼに剣術を教え始めた。元は傭兵として身を立てていたと云う祖父の稽古は厳しかったが、リゼは村の少年たちが逃げ出す其れに歯を食いしばって付いていった。
祖父は死ぬ時、祖母の事に関してだけは安心して死んだのだ。
森に一歩、踏み入れば空気が変わる。
森は深くうっそうとして、葉を広げる樹々と所々に棘を持つ草、遠くで鳴く鳥、繁みを揺らす動物しか居ない。数度曲がれば方角すらも判らなくなる。
「逸れないよう、気を付けて」
先を行く祖母が何事か呟くと、小さな光の球が現れて周りを少しだけ照らした。
森に赦された祖母は迷わないが、付き添いのリゼは逸れれば迷い、迷えば森を抜けることも出来ない。
リゼは了承を返すと、少しだけ歩く速度を上げた。
湿った土は歩きにくい。生い茂り過ぎた樹の枝は顔を打つ。其れでもリゼは森が好きだ。
森の中に入ると、リゼはリゼに戻れた心地がする。
大きく息を吸い込んで、森の涼気で肺を満たした。
祖母の指示に従い薬草を採り、仕分けして持ってきた篭を満たす。
秋の深まる季節、やって来る季節は眠りの冬。通年採れる薬草も、冬の間は採れる量が少ない。今の内、集められるものは集めなければ。
森の中は時間がない。
集中して作業をしていると、祖母がそろそろ日が暮れるから此処までに、と終いを告げた。
最後に今日の収穫を確認していると、祖母の視線が彼方に泳ぐ。
「お客人ね」と呟いた。
柔らかな声に呼ばれて振り返る。
呼んだのは大好きな人。
「おばあちゃん」
急いでスープとパンを掻き込み、傍へ行く。
「何か、ご用事?」
「薬草を採りに行かなくては為らなくて。急で悪いのだけど伴をお願いできる?」
祖母の言葉に急ぎ頷く。
「直ぐに用意をした方が良い?」
「そうね。少し遠いの」
「分かったわ」
直ぐに戻るからと云い置いて、リゼは隣家の主を探しに行った。
祖母の言葉を伝えれば少し嫌な顔をされたが、此れでリゼの午後はフリーだ。
リゼの祖母は此の村の祭祀。精霊たちの信を得る者。
精霊は親切で気紛れで、残酷だ。彼らの赦しを得ずして質の良い薬草は手に入らないが、彼らには人の都合を慮る意思はない。其れでも人は精霊の赦しを待ち望む。
「お待たせ。おばあちゃん」
「あら、そうでもないわ。急いで呉れたのね」
リゼの走って乱れた髪を整えて、祖母は微笑みかける。
さあ、行きましょうと、祖母の指さすのは『入らずの森』。
リゼの腰には剣がある。
祖父がリゼのため特別に、わざわざ隣町迄行って拵えてくれたものだった。
女は普通、剣を持たない。実際、村人の中にはリゼが剣を持つのを見て眉を顰める人も居る。
でも。
森に入れるのは祖母とリゼだけ。
森に入る祖母の護衛。元は祖父の勤めていた役割だった。
森に入る祭祀の護衛。付き添えるのは血筋に連なる者か伴侶だけ。
森を往く祭祀は無防備で、人の入らぬ森の動物たちは人を避けない。
そうして起こる事故から祭祀を守るのが、付き添う護衛の役割だった。
祖母と祖父の間に生まれたのは母だけで、祖父の病が判った時、リゼの母と父は既に亡かった。
祖父はリゼに剣術を教え始めた。元は傭兵として身を立てていたと云う祖父の稽古は厳しかったが、リゼは村の少年たちが逃げ出す其れに歯を食いしばって付いていった。
祖父は死ぬ時、祖母の事に関してだけは安心して死んだのだ。
森に一歩、踏み入れば空気が変わる。
森は深くうっそうとして、葉を広げる樹々と所々に棘を持つ草、遠くで鳴く鳥、繁みを揺らす動物しか居ない。数度曲がれば方角すらも判らなくなる。
「逸れないよう、気を付けて」
先を行く祖母が何事か呟くと、小さな光の球が現れて周りを少しだけ照らした。
森に赦された祖母は迷わないが、付き添いのリゼは逸れれば迷い、迷えば森を抜けることも出来ない。
リゼは了承を返すと、少しだけ歩く速度を上げた。
湿った土は歩きにくい。生い茂り過ぎた樹の枝は顔を打つ。其れでもリゼは森が好きだ。
森の中に入ると、リゼはリゼに戻れた心地がする。
大きく息を吸い込んで、森の涼気で肺を満たした。
祖母の指示に従い薬草を採り、仕分けして持ってきた篭を満たす。
秋の深まる季節、やって来る季節は眠りの冬。通年採れる薬草も、冬の間は採れる量が少ない。今の内、集められるものは集めなければ。
森の中は時間がない。
集中して作業をしていると、祖母がそろそろ日が暮れるから此処までに、と終いを告げた。
最後に今日の収穫を確認していると、祖母の視線が彼方に泳ぐ。
「お客人ね」と呟いた。
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