駒鳥は何処へ行く?

湯月@重陽

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プロローグ

前日譚_故郷

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此の身は砂漠に生まれ、されど魂の住処は森に在った。
眠れば深い森の夢を見た。

吞まれる緑の香り、噎せ返る。聳ゆ大樹の天蓋。並び立つ樹々が広げる葉は濃密に重なり合って日の光を妨げ、深みは夜のように暗い。
泉のヒヤリとした温度。深みを錯覚させる透明度。

遠くで誰かが私を呼んで。夜に吞まれて見えぬ面。口元に笑みを刷いて私を呼ばれる。

そして夢は途切れる。





駆け抜ける日々は砂と、過ぎる程の日の光、薫る水の甘露。
祭りの日、私が踊れば物議を醸した。
踏むステップは誰も見た事の無いもの。讃えるは誰も知らぬ神の御名。
繰り返し咎められ、繰り返し罰を与えられた。_だが、

其れ以外は踊れず、其れ以外は歌えず。
いつか、踊る事も歌う事も禁じられた。

私の肌は褐色で、砂漠の民のもの。
しかし、私の魂は森の樹々の歌を聴く。

戻って来いと、呼んでいた。

ある年、砂漠の土地柄でも難儀する水の降らぬ日々。
ある日、私は自ら手を挙げて自分を売った。
黙り込む父に、嘆く母と、兄弟姉妹。
只「さよなら」を告げて、白い肌の男に従った。

望みには、対価が必要と知っていた。





人を家畜のように競る市場で、私を買ったのは其の土地で娼館を営む女主人。

「珍しい娘が居るね」

其の一言で私は買い上げられ、女主人は私を名付け直す。_街一番の妓楼の娘となった。
此の妓楼では客だけではなく娘も客を選ぶ。
其れ程に格の高い店に、低い序列と云えど私のような読み書きも出来ぬ娘は異端だった。
流石に私などがと尻込むと、叱責を受けた。

「お前を選んだものを、貶めるモノじゃない」
私こそがお前を選び、お前を召し出した。
お前が私の期待に添わずとも、其れは選んだ私の責任だ。

他の娘と共に様々な事を教わった。
話題の探し方。自分を魅力的に見せる方法。
そして夜の手管の話。

過ぎる日々。
初めての客として、私が選んだのは迷子の眼をした少年だった。
_少年の纏い付かせた千切れた縁からは、初めて嗅ぐ香りがした。
少年はよく通ってくれた。

女主人は苦笑い。
「まあ、好きにすると良いよ。娘っ子」

いつしか少年の所属する団も移動して、少年も来なくなった。
其の頃の私はそわそわと落ち着かず、何かに急かされる心地がして、とうとう女主人に願い出て暇を貰った(既に身の贖いは済んでいた)。
女主人は驚かず、当ては在るかと問うた。
否と答えれば、幾通かの紹介状と路銀を渡された。

そうして、其の街を離れた。

幾つもの街を巡って、沢山の人々に出遭った。幾人か婚姻を希んで呉れる人が出来ても、頷くことは出来ずに次々と街を流れた。





再会は偶然。
嘗ての少年は、すっかりと大人になっていた。
彼の紹介を受けて、初めて地に足の着いた職を経験した。

縋り付く強さで私を掻き抱く男からは、濃く噎せ返る縁の香り。
其れが海の匂いと、其の時にはもう知っていた。


突然飛び込んできた彼の部下に連れられて、其の土地も後にした。


夫は夜になると、よく魘された。
「あの人は戻って来られるのか。教えて呉れ。教えて呉れ。君」
嘆く人の肩を抱き、背を撫でながら意識を移す。
探るのは彼の眠る土地。あの街と其の傍。

_ああ穏やかに眠る彼の傍、酷く怒っている気配がする。

「大丈夫。戻って来るわ」
きっと引き戻されるわ、と胸中で呟く。

今も夜には夢を見る。
戻って来いと呼んでいる。
深い深い森の中で、_。

Fin & 


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