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最終章

第九十九話 ビジュアル的にはザ・マンガ肉

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「あー、天王寺さん。今日は女子会なので、女子だけでよろしくやってるので、そういうことでひとつよろしくお願いします」
「そう堅苦しいこと言うなよ! オレとみさきの仲じゃないか!」

 どういう仲だよ。わたしはお前を木槌でぶん殴った記憶しか残してないぞ、意図的に。

 空気を読めない熱血イケメン天王寺ヒロトが椅子を引っ張ってきてわたしとミリーちゃんの間に割り込もうとする……が、ミリーちゃんが強烈な肘打ちを入れて熱血イケメンをブロックした。焼酎ハイボールのジョッキを取る動作でカモフラージュしていたが、これは完全に狙っている。さすがはミリーちゃん、さすミリ。

「おっと、ごめんな! ぶつかっちまった。でもこいつを落とさなくってよかったぜ。せっかくだから差し入れに持ってきたんだ!」

 熱血イケメンが掲げた片手には、真ん中を太い骨が貫通した馬鹿でかい肉が握られていた。あー、これ、酒場に入る前に屋台で売ってるのを見かけて買おうかどうか悩んだやつだ。ビジュアル的にはザ・マンガ肉である。

 ただ、さすがにこれを食べたら他のものが入りそうにないと思って断念した一品である。酒場に他で買った食べ物を持ち込んでいいのかという日本的常識が邪魔したのもある。店員さんも咎める様子はないし、持ち込みはとくに問題ないようだ。

火牛イニス・バッカっていうここらへんでしか育たない家畜の肉なんだってさ! オレもこっちに来るのははじめてだし、せっかくだからみんなで食おうと思ってよ!」

 肉の存在に気がついたミリーちゃんがそそくさと空間を空ける。おーい、ミリーちゃん、食い気より大切なものはないのかい?

 熱血イケメンはミリーちゃんが譲った空間に椅子を滑り込ませると、「ありがとな!」と白い歯を輝かせたスマイルと共にどっかり座った。ついでにテーブルの中央にあったサラダの皿にどっかり肉も載せる。ふむー、悔しいが、ビジュアル的にはたいへん素晴らしい。

 どうして熱血イケメンが南方にいるのかといえば、武術大会準優勝……認めたくはないが、人気的には優勝の実績をもって王国正規軍への就職が無事にかなった結果なのだ。

 通常であれば準騎士やら騎士見習いやらとして礼儀作法から叩き込まれるそうなのだが、その高い戦闘力を買われていきなり正騎士に抜擢され、今回の偵察部隊へ組み込まれたらしい。まぁ、実際強いしね。道中でも変身しないままに自分よりずっと大きい魔物を殴り倒していたのを見ている。

「そういえばさ、あんたの戦隊ヒーローモードって制限とかないの? 
「制限……? いや、考えたこともなかったな」

 熱血イケメンが腕を組み、大げさに首を傾げる。いや、こういうとこなんだよなあ、わたしが苦手なの。いちいちオーバーリアクションでツッコミが間に合わないというか。

「わかったぜ、みゆきッ! つまり常に本気の全力の全身全霊で鍛えてろってことなんだなッ! いくぜッ! 正義を愛する心が燃える! 魂が、邪悪を倒せと紅蓮に染まる!!」
「やめろぉぉぉおおお!!!!」

 思わず顔面へ若干ガチ目の掌底を叩き込んでしまう。熱血イケメンはきれいに半弧を描いて床に倒れた。おまえの変身ってアレだろ? 火柱を噴いてその中から現れる系だろ!? おまえ、この酒場を大火事にするつもりか!!?

 床にびたーんと倒れたはずの熱血イケメンが即座に直立し、鼻血を親指でこすって再び叫ぶ。

「ふっ……オレの炎は悪しか焼かねえから安心しろよ。……この世に太陽ある限り、闇の栄える試しなし! 変ッ! 身ッ!!」

 うあああああ!!!! 今度は止めるまもなく変身はじめやがった! 店内に突然そそり立った火柱に、店員さんもお客さんも全員が硬直する。そりゃそうですわな、とりあえず避難誘導を急ぐのと、放火犯がこいつであることを証明してくれる目撃者を確保しなければ。

「水霊様っ!」

 そんな思考を巡らせている瞬間に、サルタナさんが熱血イケメンに両手を向けていた。大量の水が天井付近から発生し、熱血イケメンに降り注いでじゅぅぅと音を立てる。

「商売人にとって店とは我が身と同じ、いえ、それ以上のものでございます。遊び半分で焦がしてよいものではございませんよ?」
「いや、別にオレは遊び半分とかじゃなくて、悪じゃなきゃ、焼けない……はず……だし……」
「ほう、善だの悪だのは誰がお決めになるのでしょうねえ?」
「それはセイギネス様が……あっ、いや、なんでもないです……」

 能面のように無表情になったサルタナさんが両手指の間に火霊石の投げナイフ手榴弾を握り、腰砕けになった熱血イケメンを見下ろしている。うむー、そのまま爆破してもらいたい気持ちは少なからずあるが、ここはギャグ漫画世界ではないのだ。このへんでレフェリーストップをかけたいところではある。

「もぐもぐ……うーん、このお肉、プチハーピーより噛みごたえがあって面白いですね。でも芯の方は味がついてなくてちょっと物足りないです」

 おーい、ミリーちゃん大物すぎるだろ。この状況で淡々とごはんを続けられるとかある?

「どちらも殺気はなかったですし。そんな大げさなことにはならなそうだなって」
「ふふふ、さすがはミリー様ですね。この不躾ぶしつけな男に少々礼儀を教えてやろうと思っただけでございます」
「いやもう、びっくりしましたよ。撃ったほうがいいのかと思っちゃいました」
「……次、まぎわらしいことしたら、撃つ」

 メガネちゃんとメカクレちゃんが懐から拳銃を覗かせて床に尻もちをついたままの熱血イケメンを見下ろしている。つか、ミリーちゃんの態度が百戦錬磨の傭兵みたいな感じになってるぞ。

「ごめんごめん、悪かったって! ついテンションが上がっちまってな! とにかく、その肉はうめぇから食ってくれって!」

 どういう神経をしているのか、熱血イケメンは床から跳ね起きると再びわたしの横にどっかり座った。

「みさきさん、このお肉、真ん中の方に味がついてないので、外の皮と一緒に食べた方がおいしいですよ」
「……たしかに、真ん中の方は肉の味だけ」
「そんなことねえって! どこを食ってもうまいぜ! なあ、みさき!」

 ふむー、これは悩むまでもなくミリーちゃんとメカクレちゃんの意見に従うべきところだな。とはいえ、素のままの味を覚えておくのは悪くない。とりあえず、小さく切り分けて外側と内側の肉を食べ比べてみよう。

 まずは外側。強烈な塩味の後に、南方料理らしいスパイシーな香りが口の中に広がる。噛んでいるうちに肉の甘味が口の中で広がり、香辛料の辛味を和らげる。なるほど、これは美味い。ただかなり味が強いからごはんとかパゲットとかが欲しくなるな。

 次に内側。火に直接当たらないおかげなのか、だいぶ水分を含んでジューシーだ。噛んで噛んでもなかなか噛み切れず、最後は筋だけが口の中に残るような硬い肉だがこれはこれでよい。若干鉄の香りが残る風味もザ・お肉というインパクトがある。

 ただ、ミリーちゃんたちの言う通り、内側の方には味がほとんど入ってない。自分でタレを付ける焼き肉的な食べ方ならそれでいいだろうが……このままでは料理というよりただ肉を焼いただけの何かだな。

「ちょっといじってみてもいいかな、これ?」
「ひさびさのみさきさんのお料理ですね、ぜひ!」
「料理の聖女様の腕前がまた味わえるとは幸甚に尽きますわ」
「高町さんのお料理、反対する理由がありませんね」
「……食べる、その男の分まで」
「どういうことだ!? いや、オレが持ってきた肉なんだけど!?」

 うーむ、ちょっと期待値が高まりすぎてて気後れするところはあるけど、そんな大したことをするつもりはないし、さくさくやっつけてしまおう。
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