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第二章 目指せ! 交易都市!

閑話5 貧乳フェチとピーマン魔王

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 高町みさき一行が交易都市に着こうとしていたころ、いまや滅びた皇都に向かって歩く一個の鉄塊があった。高さは人間の男の胸辺り、円筒形で、前面と思われる方にスリットが何筋か刻まれている。誰かが中に入って歩いているようだ。

「さすがに暑いし……重い……。でもみさきさん! 待っててください! このカガは必ずやあなたの力になります!」

 そう、鉄塊の中身はカガ貧乳フェチである。高町みさきが旅立った後、仲間のドワーフたちの目を盗んで抜け出し、後を追っていたのだ。しかし、サルタナが駆る異様な速度の馬車には到底追いつけず、何日も遅れることとなった。

 そうして開いた差を埋めるために考えたのが皇都を突っ切るという作戦だった。高町みさきたちは皇都を迂回し、瘴気領域を通ると聞いている。この作戦が成功すれば、数日分は差を縮められるだろうという目算だった。

 問題となるのはいまでも皇都に居座っているという緑の魔王だ。噂によると、魔王は生き物であればなんでも野菜に変えてしまう恐ろしい魔法を操るという。つまり、生き物に見えなければ魔法は効かないか、見逃されるのではないかと考えたのだ。

 皇都の最寄りの町の鍛冶屋で金属を買い、鍛冶場を借りて突貫で作り上げたのが、いまカガが身につけている……というか、被っている鉄塊だった。カガは陶器班ではあるが、ドワーフの嗜みとして鍛冶仕事もある程度できる。歩いている姿を見られれば生き物だと思われるかもしれないが、止まって身をかがめてしまえば金属製の円筒にしか見えない。怪しまれる可能性は十分にあるものの、少なくとも生き物だと思われることはないだろう。

 と、書いてはきたものの、これは何の確証もない賭けである。常人なら旅程を数日早めるためだけにこんなリスクは犯さない。だいたい、わざわざ追いかけなくても待っていればドワーフ村に帰ってくるはずなのだ。それをこんな無謀な行動に駆り立ててしまうとは、げにおそろしきは貧乳フェチの執念である。

 順調に街道を進み、ついに皇都に入る。だいぶ前から生き物の気配をどこにも感じない。往時であれば厳重な検問があったであろう立派な門も開け放しで、衛兵の姿もない。街に入っても同じく無人。建物が破壊された跡は一切なく、それが帰って不気味な静けさを醸し出していた。

 愛に目が曇ったカガもさすがに不安になり、急ぎ足で道を進む。事前に集めた情報によると、皇都は西門から東門まで幅広い街路が通されており、はじめて訪れるカガであっても迷わずに通り抜けられるはずだった。一心不乱に足を動かしていると、不意に声をかけられた。

「おやぁ? ゴーレムとはひさびさに見たな」

 背筋が凍る。この無人の皇都で話しかけてくるものがいるとすれば、それは緑の魔王に他ならない。慌てて足を止め、屈んで鉄の円筒に擬態する。

 ゴンゴン、と鉄が小突かれる音がした。

「前に来た討伐隊の忘れもんかな? それにしてもずいぶんちゃちぃ作りだぜ」

 ちゃちだと言われて一瞬カチンとするが、反応はしない。中に自分が入っていることを知られたら……と思うと、冷や汗が止まらない。

「おい、お前。ゴーレムなら話せるんだろ? なんか面白い話でもしてみろよ」

 突然の無茶振りに一瞬頭が真っ白になる。ゴーレム……話には聞いたことはあるが、実物は見たことがない。必死でゴーレムらしい……とカガが考える声をひねり出す。

「ワ、ワレ、オモシロイ、ハナシ、ワカラナイ」
「ちっ、つまんねーなあ。輜重用の荷運びゴーレムが迷子になったってとこか」

 なんとかごまかせたようだ。カガは内心でほっと胸をなでおろす。

「まあ、っても言葉がわかるやつにあったのはひさしぶりだ。ちょっとおれの話に付き合ってけよ」
「……ハイ」

 本心では全力でお断りしたいところだったが、とてもそんなことを言える状況ではない。声の震えを気取られないよう最大限の注意を払いながら声を絞り出す。

「おれはなあ、ホントは山中悟ヤマナカサトルっていうんだよ? 知ってたか?」
「イイエ」
「はっはっはっ! そりゃそうだよな。おれも言うのははじめてだからよ!」

 魔王が上機嫌そうに笑う。なにやらやけくそな雰囲気を感じる。正直、かなり怖い。突然予想もつかない行動に出そうな雰囲気がある。

「おれはな、地球の日本ってとこにいたんだよ」
「チキュウ? ニホン?」

 驚いて思わず反応してしまう。地球や日本と言えば、高町みさきの出身地だったはずだ。カガの記憶力はこと高町みさきに関することについては完璧であると自負している。まさかこの魔王が高町みさきと同郷だったなんて……とカガは奇妙な偶然に困惑していた。

「地球も、日本も知らねえよな。おれはさあ、そこでスーパーの青果担当やってたんだよ。それでよ、ピーマンの仕入れでしくじって、千ケースも仕入れちまったんだ」

 魔王はもうカガの反応は気にかけていないようだった。段々と早口になってきている。

「それでよ、山みたいな量のピーマンをどうさばくか考えて、SNSに投稿することにしたんだ。SNSってわかるか? わかんねーよなあ。いいんだよ、わかんなくて。おれがしゃべりてえだけなんだから。

 それでよ、助けてください! ピーマンの山に押しつぶされちゃいそうです! 拡散希望って感じの写真を撮ってネットに上げようとしたんだな。写真もネットもわかんねえよな。それでかまわねえんだよ。

 それでよ、ピーマンの山に潰されてるところを自撮りしようとしたらよ、リアルに潰されちまったんだ。ははははは! なあ、笑えるだろ? ピーマンに潰されて死んだやつなんて地球でも、こっちでもおれしかいねえんじゃないか?」

 ヒャハハハハハハ! と魔王は狂ったように笑い続けている。バンバンと鉄の円筒が叩かれている。カガはもう涙目になって震えていた。

「あー、笑える。笑えるよなあ? だがよ、この続きがまた笑えるんだよ。死んだと思ったらさ、真っ白なところにいって、そこにでっけーピーマンが浮いてるんだよ。手足でも、顔でもありゃまだサマになるってもんなのによ、ただのでかいピーマンだぜ? くっそウケるよな」

 再び狂ったような笑い声。カガとしてはまったく笑えない。話している内容がさっぱり理解できない。

「そのピーマンがよぉ、『汝はピーマンを雑に扱った報いを受ける。汝が今後食するものは、すべてピーマンとなろう……』とか言いやがってよ、次に目が覚めたらこっちの世界だ。ったく、わけわかんねえよな。ラノベやアニメじゃねえんだ! 人を馬鹿にするのもたいがいにしやがれ!」

 今度は急に怒り出し、ガンガンと円筒を蹴りつけてくる。カガはもう生きた心地がしなかった。

「でよ……よくある異世界転生だかなんだかならよ、なんか強ぇスキルだかチートだかもらって無双するもんだと思うじゃねえかよ。それがなんだ、おれが『食いたい』とか、『食えそう』って思ったものをなんでもかんでもピーマンにするスキルってなんだよ!? 頭おかしいんじゃねーのか!?」

 ガンガンと円筒を蹴る音が止まらない。カガはもう、恐怖を通り越してめまいがしてきていた。

「そのせいでよ、こっちへ来てからピーマン以外食ったことがねえんだよ。塩だろうが酒だろうが、オークだろうがドラゴンだろうがなんでもピーマンに変わっちまうんだ。だがそのおかげでおれは最強無敵の冒険者として英雄様よ。皇家に婿にまで入っちまってよ。なあ、馬鹿みてえだろ?」

 円筒を蹴り飛ばす音が止む。心なしか、魔王の声が急に力を失ったように感じた。

「それでよ、子どもが出来たんだ。娘だよ。子どもにもこのクソみたいな体質が遺伝しちまったらどうしようかとか悩んでたけどな。そんなことはなくて、元気に2歳まで育ってな。よちよち歩くんだよ。あんなちっちぇのに、すげえよな。おれはこっちの世界で生まれてはじめて幸せってものを感じられた気がしたんだよ……」

 魔王の声がだんだんと弱くなっていく。いま、上の方でごつんと音がしたのは、頭を載せてきたのだろうか。

「病気もしないで元気に育ってな。ぷっくり太って、二の腕なんか触るとふよふよしてるんだ。それでよ、それがさ、ああ……それがいけなかったんだ。前世で食った柔らかい、上等な角煮なんかを思い出しちまったからさ。一瞬でも旨そうだなって、頭によぎっただけなのに……ああ……ああ……」

 魔王の気配が遠ざかっていく。飽きたのだろうか? カガは爆発しそうなほど高鳴っていた心臓の鼓動が落ち着いていくのを感じていた。

「おまえ、行っていいよ。もう目の前をチョロチョロするな。うっとうしい」
「ハッ、ハイ」

 思わず上ずった声を出してしまったが、中のカガには気がつかれなかったようだ。カガは西門の方角に向かって進みはじめる。駆け出したいところだが、ゴーレムでないことに気づかれたらおしまいだ。必死に歩調を抑え、カガが思うゴーレム風の歩き方で慎重に進んでいく。

 どうか気付かれないように、どうか気付かれないようにと祈りながら歩き続けていると、いつの間にか西門を抜けていたようだった。振り返ると、もう皇都はかなり小さくなっていた。ここまで来ればひとまず安全だろうとカガはほっとため息を付いた。

 その瞬間、皇都がべチャリと潰れた。

「は……? 何が……?」

 カガの目に映っていたのは、もう残骸となった皇都だけだった。まるで天空から透明な巨人の手でも降ってきたかのように、あっさりと、一瞬で、広大な皇都は瓦礫の山に変わっていた。

 あまりの出来事に、カガはたまらず鉄塊を脱いで一目散に西へと駆け出した。きっと、あの魔王はそれ以上に恐ろしい何かに殺されたのだ。この近くに留まっていては絶対にいけない。

 カガは、心臓が破れる寸前まで走り続けた。
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