猫のいる生活

綿天モグ

文字の大きさ
上 下
7 / 7
猫のいる年越し

猫のいる年越し

しおりを挟む
「やだ、ひっく、タマ、かえる!」
「は?!始まったばっかだぞ?!場所取り大変だったじゃないか」
「やだもん、はなみ、うるさいもん!」
「は・な・び、な。はぁ、分かった。ほら、タマ、手ぇ繋げ」

 うっうっとタマの泣き声が背後から聞こえる。人だかりを避けながら、ユウゲンは公園の出口へと向かった。頭上では鮮やかな花火がにぎやかな音を立て空を染めている。

 歓声が上がる度に自分の手を握る小さな手にぎゅっと力が籠った。

「ユウゲンっ、こわ、いっ」
「音がうるさすぎるのか…そうだな、耳を塞げば少しはましか?」

 周りを見渡せば子供でも花火を見て喜んでいる。年越しの花火を見るために、無理やり昼寝をさせ、夕飯後に眠そうに船をこぐタマを何とか起こしたのに、まさか花火の音が苦手だったとは。

 猫だからしょうがないのか?とユウゲンは頭をひねった。
 
 ユウゲンがタマを拾って初めての年越しである。これからもこうやってお互いの知らないことを発見していくのだろう。

「どうした、タマ?歩けないのか?」
「ううう、だっこ」
「はぁ?足は動くだろ?それに家まであと2分だ、そのくらい頑張れよ」
「ミミ、こうやると、ユウゲンのてぇ、つなげないもん。だっこ!」

 空に花火の大輪が咲き、盛大な拍手があがった。花火大会も終わりに近づいているようだ。
 
 タマは真剣にユウゲンに訴えていた。大きな瞳が涙に濡れ、上目遣いで自分より背の高いユウゲンを見上げている。
 
 カラフルでキラキラしているものは好きだが、大きな音は嫌いだ。”としこし”と言われても何だか分からないし、眠いのになんで起きていなくてはいけなかったのかも良く理解はしていなかった。
 
 眠すぎてよく分からないが今はただ、耳を塞いで家に帰りたい。冷え切った尻尾と耳を撫でてもらって、毛布にくるまってぎゅっとしてもらいたかった。

「ユウゲン、だっこ」

 んっ、と伸ばされたタマの両腕と潤んだ瞳を交互に見つめて、ユウゲンはため息をついた。この瞳に弱い。先ほどまで大泣きしていた少年の頬はリンゴのように色づいていた。

 タマには知らないことがたくさんある。そんなタマでも知っていることはあった。

「しょうがないな、ほら」

 優しいユウゲンはため息をついてから、タマが頼んだことをしてくれる。いつもそうだけど今回もそうだったと胸をなでおろした。

「来年、どうするかな。花火観んのは伝統行事なんだぞ」
「はなみ?」
「花火。”び”だ。そう、来年も同じだぞ。公園に行かなくても、家からでも音が聞こえるもんなぁ」

 やだっ、とユウゲンの胸に顔を埋めたタマが言った。そう言われても、年末の花火は近くで上がる。嫌でも音が聞こえる距離なのだ。

「うーん…あ、ヘッドフォン買うか。それなら、お前も花火見れるよな。音が嫌いなんだもんな」
「みれる?ドッカーンしない?タマ、うるさいのやだけど、みる!」
「花火自体は観たいのか。それなら今度買い物行くとき見に行こう。猫獣人ってヘッドフォンつけられるのか?」
「しらないっ!ユウゲン、かえったらココア、のむ?」

 そうこうしているうちに、新年を迎えたようだ。

 翌年、タマは獣人の耳に合った特別なヘッドフォンを付けて花火を観ることになるのだが、それは少し先の話。もちろん、そのヘッドフォンを探すのにユウゲンが店から店へと走り回り、タマが縦に首を振るモノを見つけるまで数か月を費やしたのは言うまでもない。


【終わり】
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!

かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。 その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。 両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。 自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。 自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。 相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと… のんびり新連載。 気まぐれ更新です。 BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意! 人外CPにはなりません ストックなくなるまでは07:10に公開 3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

上司と俺のSM関係

雫@更新予定あり
BL
タイトルの通りです。

処理中です...