運命の乗船

綿天モグ

文字の大きさ
上 下
91 / 125

第91話 アサのお仕事

しおりを挟む
 と、いうわけで僕は正式に厨房で働くことになったみたい。
 
 毎日同じ時間にケンが迎えに来て僕たちは厨房へ向かう。
 料理なんて初心者な僕はすごく簡単なことしかさせてもらえないけど、それでも今まで以上に自分の居場所ができた気がする。

 じゃが芋の皮をむいたりとかそういう簡単な作業が多いんだけど、ケンが忙しく料理しているときは、一人でぼーっと考える時間とかができて意外と落ち着く。
 トントントンって向こうの方で鳴っている包丁の音を聞きながら、故郷のこと、この船に残ると決めたこと、ニールのこと、船での生活、自分がしなきゃいけないこと、考えだしたら止まらない。

 ニールと一緒にいる時間が減っちゃったのはちょっと寂しいんだ。でも同じ船にいるからね、遠くにいるんじゃないし、僕は大丈夫。ニールは、ちょっと気に食わないみたいだけど、慣れる、よね?


「ねえ、アサってばぁぁ!聞いてる???」
「ワッ!ナ、ニ…?」

 ほら、こうやって。あまりにも考え込んでしまって周りの声が聞こえないときだってあるんだ。
 そう、この船で一番声の大きいケンの声だってね。


「アサ、これは何だか覚えてる???」
「ンー……ニンジ、ン?」
「あったりー!」


 ケンは仕事をしながら僕に言葉を教えてくれる。
 大体食べ物の名前だったりするんだけど、段々知ってる単語の数が増えてきたんだ。
 
 まだ会話が成り立つってほどではないけど、船員さんたちも時々話しかけてくれるようになってきた。
 みんな優しくってゆっくり、身振り手振りで話をしてくれるんだけど、いつもニールかアサがやってきて僕を連れて行っちゃうから、そう長い時間話はできないんだ。


「じゃあアサ、人参を10個持ってきて」
「ジュッコ……」
「そう、はやくはやく!」

 この厨房は、実家の台所より大きい。鍋もまな板も何もかも僕が島国で目にしたものより大きくて、それを扱ってるケンはそこまで大きくないから不思議な感じ。意外と力持ちなのかもしれないな。

 ケンに頼まれたニンジンを取りに行くために厨房を去る。野菜は厨房に保管されているんじゃないんだ。ここをまっすぐ進んですぐ右にある倉庫みたいなところ。ちょっと暗くて、寒いその部屋には野菜がたくさん保管されてる。

「イッコ、ニコ、サンコ……」

 この船に残ると決めたからには、僕は何としてでも言葉を習得したかった。そのためにはできるだけ使わなきゃいけないんだ。
 教えてもらった言葉を繰り返して繰り返して頭の中に刻んでいかなきゃ。

「ニンジン、ジュッコ」

 少しの前の自分とちょっと違う。
 僕は、ただニールの後ろに隠れて何となく毎日を過ごすのを辞めたんだ。

 だって、自分で母国に帰らないって決めたんだもの。
 留まるって決めたからには努力しなくちゃ!

「アサぁぁ!!!!迷子にならなかった?大丈夫?わっ、人参10個持ってこれたね!やったぁぁ!」
「ウ、ン、ハイ、ドウゾ」


 どんなに時間がかかったって僕は頑張るんだ!


 

 

 







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

つまりは相思相愛

nano ひにゃ
BL
ご主人様にイかないように命令された僕はおもちゃの刺激にただ耐えるばかり。 限界まで耐えさせられた後、抱かれるのだが、それもまたしつこく、僕はもう僕でいられない。 とことん甘やかしたいご主人様は目的達成のために僕を追い詰めるだけの短い話です。 最初からR表現です、ご注意ください。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...