運命の乗船

綿天モグ

文字の大きさ
上 下
69 / 125

第69話 初めてのお買い物

しおりを挟む

 今、穏やかな海風が吹く市場で俺は華奢な腰に腕をまわしてフワフワと揺れる黒髪を見つめていた。

 本来ならば、もう二度と目にすることもこの手で触れることもできなかったはずの存在がなぜか俺のもとへ帰ってきたのだ。

「違う」と言う言葉を口にしたアサの背後で、アサが乗って帰国する予定であった船が段々と小さくなっていった。ケンの大声が頭に響きながらも、信じられないことが起きている現状に、俺はすぐに動くことができずにただただアサをきつく抱き寄せ、船を見つめた。




「ショーン、アサを少し見ててくれないか?ちょっと寄るところがある」

「今ですか?」

「ここで買うもんがあるんだ」

「ちょっと、ニール!それじゃあアサが心配しちゃう!」

「一瞬で帰ってくるから頼む。すぐそこだ。ほら、見えんだろ?あそこに行くだけだ」

「アサ!ニールがアサのこと置いて行っちゃうんだって!」

「ケン、お前!言い方!」

「ン???ニー、ル?」

「アサ、すぐ戻ってくるから」

「ウン…」

「ほら!アサだけは素直にうなずいてくれるじゃないか!」

「ニール、さっさと行ったらどうですか」

「お前も言い方ってもんがあるだろう」

「じゃーねええええ!」

「はいはい」


 その店は市場の入り口からそう遠くない場所にあった。
 初めてここを歩いたときに、色とりどりの髪飾りや装飾品が並ぶその店が俺の目を引いた。


「いらっしゃい、贈り物を探しているの?」

「ああ、俺らの言葉をしゃべるのか。どこの訛りだ?」

「南の大陸よ。お兄さんは北の島?」

「そんなところだ」

「お土産を探しているのかしら?」

「土産ではないな。ただの贈り物だ。大切な人が戻ってきたんだ」

「あら、幸せな顔しちゃって。この辺の髪飾りとかどうかしら。毎日使ってもらえるものばかりよ」


 硝子や貝殻で飾られているのかどの装飾品もキラキラと太陽の光を受けて輝いている。
 その中で1つ、アサのキモノの色合いに似た髪飾りが目に入った。


「これはどうやって使うもんなんだ?」

「横に小さな留め具がついているでしょう?それを外してまとめた髪をはさむのよ」

「…痛くないか?」

「え?!痛くないわよ。髪をはさむだけでだもの」

「そういうもんか。それならこの青いのを頼む」


 手に取ったのは深い青色の髪飾りだ。表面には小さな貝殻の欠片が花模様に飾られている。

「バレッタを気に入ってくれるといいわね」

「ん?バ…なんだ?」

「バレッタって言うのよ、こういう髪飾り」

「そうなのか。ああ、そうだな。あの子に似合うのは間違いないんだ」

「ふふ、そうだと良いわ。お買い上げありがとうございます」


 生まれて初めて誰かのために何かを買った。髪飾りなどに無縁な人生を送っていた俺は今、心が躍る思いで小さなバレッタを手にみんなのいるところまで戻っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

神獣の花嫁

綾里 ハスミ
BL
 親に酷い扱いを受けて育った主人公と、角が欠けていたゆえに不吉と言われて育った神獣の二人が出会って恋をする話。 <角欠けの神獣×幸薄い主人公>

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

つまりは相思相愛

nano ひにゃ
BL
ご主人様にイかないように命令された僕はおもちゃの刺激にただ耐えるばかり。 限界まで耐えさせられた後、抱かれるのだが、それもまたしつこく、僕はもう僕でいられない。 とことん甘やかしたいご主人様は目的達成のために僕を追い詰めるだけの短い話です。 最初からR表現です、ご注意ください。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...