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第68話 アサの手紙
しおりを挟む舳先に立ち、船が出発するまではニール達の姿をずっと見ていようと、手を振っていた僕に声をかけてきたのはシチだった。
「お前さんを大切にしてくれていたんだな」
「っは、はいっ」
「つらい別れとなってしまうな」
「っ…!」
船に乗る前に泣き止んだはずなのに僕の瞳からはまた涙があふれ出てきた。
「そう泣かれると俺が泣かしたように見えるじゃないか。ほら、そこの異国人たちのもとに戻るなら今しかないぞ」
「え?戻る?」
「なに、お前さんはまだ若いんだ、もう少し世界を旅してから帰ってもよかろう」
「で、でもっ」
「親御さんに手紙を書いたらどうだ。俺たちはこのまま国に戻る。俺の手で、お前さんの家族に手紙を届けてやろう」
「そんなっ!でも、ぼくっ」
「このまま帰って後悔しないと言えるのかい?」
「っ! この船に乗るまでは、帰るんだって心に決めたんです。でっ、でもっ、今船に乗ったら、こっ、後悔しかなくてっ」
泣きながら途切れ途切れ自分の思いを伝える僕にシチは静かにうなずいた。
「手紙を書くものは持っているか?」
「はい!このかばんにっ」
「そうか。それなら話が早いな。親御さんに、お前さんが無事であることを伝えてやりな」
「わかりましたっ!ありがとうございますっ!」
予定を遅らせるわけにはいかないと言うシチに急かされ僕は両親宛の手紙をかばんに入っていた紙に書いた。
『お父さん、お母さんへ
お元気ですか。
お母さん、船で僕のことを忘れちゃったお父さんを許してあげてください。
お父さん、最初はびっくりしたけど、僕はお父さんが修理したあの異国の船で元気にやっています。
船の人たちは優しく接してくれて、僕に言葉も教えてくれました。仲良くしてくれる友達もできて毎日楽しく生活しています。
昨日泊まった異国の地で母国の人たちに出会いました。
一緒に帰らないかと誘ってもらいましたが、僕はもう少し船旅を続けようと思います。
心配するなと言っても心配しているかと思いますが、どうかみんな仲良く、元気でいてください。
いつか、世界を見飽きて島国が恋しくなったら帰ります。
また、いつか、どこかの異国の地から便りを出します。
アサ』
両親にも、友達にも、飼い犬にも会いたい。でも僕は今日、それ以上にかけがえのないものを見つけてしまったと気づいたんだ。
「シチさん、書けましたっ!これを、両親に渡してください。住所はここに書きました。海の目の前に家があるんです。お願いします。僕は元気だって伝えてください!」
「ああ、任されたよ。なーに大丈夫だ。親御さんは驚くかもしれないがな。子供を持つモンはみんな、元気でいてくれれば安心するんだ」
「はい!」
「ほら、早く行きな。船を出さないと予定が狂っちまう」
「ありがとうございました!」
大好きな人の姿を追い船を降りた僕は波止場を走った。
「ニール!」
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