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第65話 アサの別れ
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「準備は良いのかね?」
「はい…」
「出航までそう時間はない、別れを言うなら今のうちだ」
「わ、わかってます!」
僕に声をかけると、シチという名だと昨日教えてくれた市場の男性が、荷台に大荷物を載せて船へと向かっていった。
心臓が少しばかり痛くて頭が真っ白になりそうな不思議な感覚に戸惑っていると、穏やかすぎて少し生ぬるい海風が髪を撫でていき足元をくすぐった。
今まで乗っていた船とは色も形も違う紺色と赤色に塗られた船が目の前に泊っている。
船の横に母国語で書かれた「ナンカイ」がこの船の名前なのだろう。
行かなきゃ…
船に乗らないと帰れない。
「二、ニール…」
「ああ」
「ボ、ク…フ、ネ…」
「分かってる…」
ニールにぎゅっと両腕で体を包まれると、泣きはらしヒリヒリしている目元が逞しい胸に押し付けられた。
「アサ、大丈夫だ」
僕の耳元に直接ささやくかのようにニールが優しい言葉を紡いでくれる。
溢れるようにたくさん紡がれる彼の言葉の中で僕が理解できたのは自分の名前と2つ3つほどの単語だけだった。
「ニール、スキ…」
「ああ、俺もだ」
もう涙なんて残っていないんじゃないかというほど泣いたのに、どんどんと涙が頬を濡らす。
「おい!もう時間がないぞ!急げ!」
「はい!」
頭上から響いてきたのは舳先から顔をのぞかせたシチだ。
後ろに撫でつけられるよう整えられた短い黒髪は海風に吹かれ踊っている。
「ニー、ル…カ、エル…」
「時間か…」
「ン…」
未だに僕を抱いたままのニールは右手をまっすぐかざして、少し離れたところで立っていたショーンとケンを呼んだ。
「アサァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!」
ニールの腕に包まれる僕にそのまま張り付いてきたのはケンだ。
背中に感じる体温が少しばかり熱くて、泣いているかのように肩が上下している。
「ケン」
「アサッ!」
「おい、ケン…!」
頭上から早口でケンに何かを言うニールの声が聞こえる。胸に耳をくっつけると、言葉の振動とニールの鼓動が聞こえて心が少し痛くなった。
「アサ、ありがとうございます」
「ショーン??」
張り付いたケンをそのままに頭を動かすとショーンの優しい瞳が弧を描いた。
お礼の言葉だ。
船で僕が覚えた言葉を紡いだショーンは何か言いたげな顔をしながら僕の頭を撫でた。
「ショーン、ダイジョブ」
「そうですね、アサ」
「ン…」
「アサァァァ!!!」
「ン、ケ、ンッ!」
ケンが痛いくらいに力を込めて僕のおなかに腕を回す。
身体に感じる痛さより、胸の痛さのほうが段々とひどくなっている。
でも、言わなきゃ。
行かなきゃだから。
「ミン、ナ…サ、ヨナ…ラ」
「はい…」
「出航までそう時間はない、別れを言うなら今のうちだ」
「わ、わかってます!」
僕に声をかけると、シチという名だと昨日教えてくれた市場の男性が、荷台に大荷物を載せて船へと向かっていった。
心臓が少しばかり痛くて頭が真っ白になりそうな不思議な感覚に戸惑っていると、穏やかすぎて少し生ぬるい海風が髪を撫でていき足元をくすぐった。
今まで乗っていた船とは色も形も違う紺色と赤色に塗られた船が目の前に泊っている。
船の横に母国語で書かれた「ナンカイ」がこの船の名前なのだろう。
行かなきゃ…
船に乗らないと帰れない。
「二、ニール…」
「ああ」
「ボ、ク…フ、ネ…」
「分かってる…」
ニールにぎゅっと両腕で体を包まれると、泣きはらしヒリヒリしている目元が逞しい胸に押し付けられた。
「アサ、大丈夫だ」
僕の耳元に直接ささやくかのようにニールが優しい言葉を紡いでくれる。
溢れるようにたくさん紡がれる彼の言葉の中で僕が理解できたのは自分の名前と2つ3つほどの単語だけだった。
「ニール、スキ…」
「ああ、俺もだ」
もう涙なんて残っていないんじゃないかというほど泣いたのに、どんどんと涙が頬を濡らす。
「おい!もう時間がないぞ!急げ!」
「はい!」
頭上から響いてきたのは舳先から顔をのぞかせたシチだ。
後ろに撫でつけられるよう整えられた短い黒髪は海風に吹かれ踊っている。
「ニー、ル…カ、エル…」
「時間か…」
「ン…」
未だに僕を抱いたままのニールは右手をまっすぐかざして、少し離れたところで立っていたショーンとケンを呼んだ。
「アサァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!」
ニールの腕に包まれる僕にそのまま張り付いてきたのはケンだ。
背中に感じる体温が少しばかり熱くて、泣いているかのように肩が上下している。
「ケン」
「アサッ!」
「おい、ケン…!」
頭上から早口でケンに何かを言うニールの声が聞こえる。胸に耳をくっつけると、言葉の振動とニールの鼓動が聞こえて心が少し痛くなった。
「アサ、ありがとうございます」
「ショーン??」
張り付いたケンをそのままに頭を動かすとショーンの優しい瞳が弧を描いた。
お礼の言葉だ。
船で僕が覚えた言葉を紡いだショーンは何か言いたげな顔をしながら僕の頭を撫でた。
「ショーン、ダイジョブ」
「そうですね、アサ」
「ン…」
「アサァァァ!!!」
「ン、ケ、ンッ!」
ケンが痛いくらいに力を込めて僕のおなかに腕を回す。
身体に感じる痛さより、胸の痛さのほうが段々とひどくなっている。
でも、言わなきゃ。
行かなきゃだから。
「ミン、ナ…サ、ヨナ…ラ」
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