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第60話 震える指先
しおりを挟む「失礼します」
遠慮がちに叩かれた扉を開くと、浅くお辞儀をしたショーンがゆっくりと入ってきた。
「どうした?」
「宿屋に戻ってからケンがずっと泣いておりまして…」
「泣いてるそいつをお前は部屋に置いてきたのか?」
「出ていけ、一人にして!と泣き叫んでから眠ってしまって…」
「ああ、そういうやつだよな、ケンは」
「はい…それで、アサの様子を伺おうと…」
「アサは…」
背後からひょこりと顔を出したアサが俺のシャツを掴んだ。
「こんにちは、アサ」
「ハ、イ…」
小さく微笑みアサは恥ずかしそうに顔を赤らめる。
口づけをしたばかりの唇が、俺とアサの唾液で濡れていた。
「元気、そうですね」
「病気なわけではないからな」
「そういう意味ではなく…」
「こんな時だ、キスくらい大目に見てくれ」
「まだ何も言ってませんよ」
「目が怖いぞ」
アサと共にベッドに腰を掛けると、顎を使い部屋に1つしかない椅子を指した。
「まあ座れ」
「失礼します。それで、アサのことですが…明日、あの方たちの船に乗ると決められたのですか?」
「アサ自身は『分からない』と言っているから、まだ心が決まっていないのだと思う…」
「それなら」
「いや、だからこそ、アサは帰るべきだと思う」
「…なぜ。アサを一番大切にしているのはあなたではないですか!」
「だからだ。大切だから、この子の一番を考えたときに、俺よりも家族といるべきだと思うんだ」
眉間にシワを寄せ、いつも以上に険しい表情をこちらに向けたショーンに、俺の背後に隠れていたアサの身体がこわばるのを感じた。
今のアサに分かるのは、いつもより大声で話すショーンと無表情で返事を返す俺の声色くらいだ。何を言っているかもわからない俺たちの言い合いを耳にし、穏やかでいられないのはアサだけではない。
「話し合いは? この部屋に戻ってきてから、アサと話し合いはされましたか?」
「話し合い…そんなものができる程、俺たちの言葉を知る子ではないことをお前も知っているだろっ!」
「…!」
大声を上げた俺に小さく息をのんだアサが数歩後ろに下がろうと身動きをとる。
「アサ… 大丈夫だ。大声を上げて悪かった…」
心配そうで怯えているように瞳を揺らすアサの身体を両腕で包むと、2人してベッドに腰を掛けた。
落ち着かせようとゆっくりと背中を撫でると線の細い体がいつもより小さく感じる。泣きそうな表情を浮かべながらも自分の体に体重を預けてくるアサに胸をなでおろした。
「震えるほど別れがつらいのなら、奪ってしまえばいいではないですか…」
「震える…?」
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