運命の乗船

綿天モグ

文字の大きさ
上 下
49 / 125

第49話 帰国の2文字

しおりを挟む
 
 緩めた腕の中から少しずつ歩んでいったアサは不安げに店主に話しかけていた。

 何を話しているのか全くわからない。
 それでも、自然と耳を澄まし、できるだけ情報を取り入れようとしてしまうから、人間とは不思議な生物だ。

 二人から視線を離し周りを見回せば、群青色のキモノが風に乗りヒラヒラと舞っている。
 アサが船で見つかった時に着ていたキモノも同じ色合いだった。
 陶器のようなきれいな肌に映える美しい生地に、小柄な花が刺繍されていた。

 それ以外服を持たないアサにピッタリなサイズの服など、大きな男ばかりの船で見つかるはずもなく、祖国では小柄なケンの服でさえ、アサには大きかった。

 同じキモノを毎日着せておくおけにもいかず、俺の服を貸し何とか毎日を過ごしていた。
 緩い首回りと両手が隠れてしまうほど長い袖を纏うアサは、どちらかと言えば、服に着られているようで可愛かった。

 小柄な人間が俺の服を着れば可愛いのではない、アサが着るから何よりも愛しくて、腕の中にずっと閉じ込めておきたいほど可愛いのだ。


 視線をアサへと戻すと、人のよさそうな顔をした店主に手を握られ、慌てるように言葉を発している様子が目に入った。



 ――なんでアサの手を握ってんだ?


 今すぐアサの手を掴んでこっちに引き戻したい気持ちに駆られるが、次の瞬間アサの顔には安堵の色が映った。


 母国語で話せたことが嬉しかったのだろうか。
 何カ月も話という話をしていないんだ。それは嬉しいはずだ。

 いや、もしかすると一緒に国に帰るという約束をしたのか?
 そうなったら、ここでサヨナラなのか。


 帰国という二文字が頭の中で躍る。


 家族の元にアサを帰すことは、アサにとって一番のことなはず。
 まだ16歳だ。親が必要な歳。
 別れも告げずにいなくなった息子が戻ってきたら喜ぶことだろう。

 それでも、心から喜べないのはなぜだ。
 自分のわがままでこの子を縛るのは最低なことだ。

 自然と眉間にシワがより、握った拳に痛みを感じた。

 何をやってるんだ。

 こうなるって分かっていただろう。


 お辞儀をし、こちらを振り向いたアサは早足で俺の元へ戻ってきた。
 何かを言いたそうな顔をしているが、今の話を説明できるほどの言葉を持ち合わせていない彼に何ができると言うのだろう。


 踵を返し市場の通りを進みだした俺の後ろをパタパタと音を立ててアサはついてくる。

 色とりどりの調味料を売る出店の横を通り過ぎると右手に大きな木が見えた。
 大量の赤い花を咲かせ緑色の葉を茂らせるその木は、心地よさそうな木漏れ日作り出している。

 少しばかり早足で進めていた足を緩めると、急ぎ足のアサが泣きそうな顔をしながら追いつく。
 そっと戸惑い気味に握られた手はか弱く、小さく震えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

神獣の花嫁

綾里 ハスミ
BL
 親に酷い扱いを受けて育った主人公と、角が欠けていたゆえに不吉と言われて育った神獣の二人が出会って恋をする話。 <角欠けの神獣×幸薄い主人公>

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

つまりは相思相愛

nano ひにゃ
BL
ご主人様にイかないように命令された僕はおもちゃの刺激にただ耐えるばかり。 限界まで耐えさせられた後、抱かれるのだが、それもまたしつこく、僕はもう僕でいられない。 とことん甘やかしたいご主人様は目的達成のために僕を追い詰めるだけの短い話です。 最初からR表現です、ご注意ください。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...