44 / 125
第44話 アサの懐かしい言葉
しおりを挟む宿屋をあとにすると、市場が近いからか朝早くても沢山の人が行き交いしている。迷子にならないように、繋がれたニールの手をしっかりと握ると、ぎゅーっと大きな手が握り返してくれた。
ぴょんぴょんと跳ねるように前を進むケンは、時々前を見ずによそ見をしているけど、人にぶつかりそうになる度にショーンが手を引いてあげていた。
太陽がきらきら輝いているけれど、影を歩くと少し肌寒い。少し上を見上げると青々しい木の葉がそやそやと揺れていた。
空気が美味しい。
数カ月前まで僕が住んでいた町も海に近くて、同じような潮風の匂いがした。
「おい、これをそっちに持ってけ」
ふと、何処からか聞こえてきたのは、自分の知った言葉だった。
えっ?
キョロキョロと見渡すと重そうな台車を引く男たちが人の山の中へと消えていくのが目に入った。
少し前を行く手をぐっと引くと、顔だけをこちらに向けたニールが優しげな笑顔を見せる。
「ニー、ル。ァ、ノ…ン…アレ…」
「何だ?あの生地屋のことか?」
「ン、ボク、ボ…ク、アレ」
「おい、ショーン、そこの店によるぞ」
「分かりました。ケン!走らないでと何回言ったらっ!少し寄り道しますよ、こちらに来てください」
「なぁに?アサ、買い物するの??」
「ン、チ、チガウ、ボ、ク……ンー、アッ、コトバ…」
「言葉?んー分かんないなぁ、大丈夫!とにかくお店に行っくよー!」
聞き慣れた言葉を話す男たちが消えていった出店に近づくと、風に靡ききれいな布がひらひらと舞っている。見覚えのある色に染められた布に、懐かしい絵柄が刺繍されていた。
――着物だ
「アサ、これは…これはお前の島国の物か?」
僕の手を握るニールの手が痛いくらいに僕の手を握ってきた。
問われたことは分からなかった。でも、目の前のこの人が戸惑っているのは見て取れる。
「コレ…キモノ…」
「わぁ!アサの持ってる綺麗な洋服に似てるね!きれいいいい!」
「ニール、この方たちはもしかすると…」
「ああ…」
繋がれていた僕の手が乱暴な強さで引かれた。
驚いて身体がこわばったが、次第に慣れた温かさが背中から広がる。
ニールがいつも以上の力を込めて僕に腕を回している。目の前に回ってきた彼の手はいつも通り逞しいが、小刻みに震えていた。
――どうしよう
頭と胸がドキドキ言っている。
祖国の人と話せるかもしれない。
帰れるかもしれない。
でも、僕は帰りたいのかな。
「イラッシャイ!」
異国語で大声をあげ、出店の奥から満面の笑みを浮かべた男が出てきた。
黒髪に黒目、体に纏っているのは群青色の着物。
ああ、祖国の人だ。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
次男は愛される
那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男
佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。
素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡
無断転載は厳禁です。
【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】
12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。
近況ボードをご覧下さい。


つまりは相思相愛
nano ひにゃ
BL
ご主人様にイかないように命令された僕はおもちゃの刺激にただ耐えるばかり。
限界まで耐えさせられた後、抱かれるのだが、それもまたしつこく、僕はもう僕でいられない。
とことん甘やかしたいご主人様は目的達成のために僕を追い詰めるだけの短い話です。
最初からR表現です、ご注意ください。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

幸せの温度
本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。
まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。
俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。
陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。
俺にあんまり触らないで。
俺の気持ちに気付かないで。
……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。
俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。
家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。
そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる