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第6話

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 時間の流れは速いもので、文化祭までは1週間を切っていた。学校内は文化祭ムード一色に染まっている。
 授業が半日で終わる本格的な準備期間が始まったのはいいものの、準備らしい準備はもう終わっているからすることがない。

「芽衣は俺と適当にふらついてていいのか?」
「平気だよ。厨房班は暇だし、部活は入ってないから」
「ならいいんだけど」

 教室では装飾班が、最低限の装飾をこなしているが、人手が必要なことでもないらしいので、自由にしていいと言われてしまった。そういうわけで、暇を持て余して適当にフラフラしようとしていたら、同じように暇を持て余した芽衣に声を掛けられ、一緒に校内を回ることになった。

「ほんとに文化祭一色だね」
「文化祭前ってこんな感じだったんだな。全然知らなかった」
「去年は会議室に籠りっぱなしだったもんね」
「忙しかったと思えば、今年は暇で、ちょうどいい感じにしてほしいもんだ」

 ははは、と笑う芽衣とともに、色々な教室を見て回る。
 飲食店をやるところでは、俺らと同じように暇を持て余しているが、お化け屋敷や、展示をするクラスではせわしなく準備が進められている。

「こういう始まる前の準備を見るのって新鮮で面白いよね」
「まあ、普通はやってるときのしか見れないからな。今見た感じで気になるところはあったか?」
「1年生がやるお化け屋敷とかかな」

 じゃあ、それは当日行くか、と返すと、うん! と元気のいい返事が返ってくる。

「そういえば、祐奈ちゃん来るの?」
「来るって言ってたな。来ないでほしいけど」

 この間の休みに、文化祭に行きたいんだけど、いつかって聞かれたし。

「壮太の事だから、来てくれるのを喜ぶと思ってた」
「いや、見られたくないんだよ」

 さすがの祐奈とはいえ、いや、祐奈だからこそ女装メイドなんてしている姿を見られたくない。本当は芽衣にも見られたくないが、俺の化粧担当は、周りがこれでもかと気を使って芽衣になった。

「それもそっか」

 会話が途切れるのに合わせて、1階の廊下の端に着いた。上から順番に見てきたので、もう校舎内の隅々まで見てしまったらしい。

「あとは体育館か、中庭くらいだな」
「どっちか行きたい方はある?」

 窓の外に目をやると、中にはでは、ステージの組み立てが行われている。指示を出しているのは宮野先生なので、中庭に行けば労働力にされる未来が見える。

「体育館だな。ステージ発表のリハーサルとかしてたら、いい感じの暇つぶしにはなるだろ」
「シフト入れてる時間のリハーサルだったらいいね」
「確かにそれならお得だな」

 どうせなら、と購買に立ち寄って、売れ残りの菓子パンと飲み物を買ってから体育館に向かう。
 体育館に着くと、同じことを考える人は少なくないことが分かった。まだ暑さが抜けきっていないので、エアコンのない体育館では扇風機がいくつか回っているが、そのどれにも、それを囲う様な形で生徒が座っている。

「少し出遅れた感があるね」
「だな。まあ、今更悔やんでもどうしようもないし、せめて風が抜ける窓際にでもいようぜ」
「うん」

 体育館のステージでは、ついに劇がクライマックスを迎えようとしていた。オリジナルの脚本らしく、途中から入ってきたのもあって、全くついていけてないが、とにかく演技がうまいなぁと思いながらステージを眺める。
 とりあえず、眺めていてわかったのは、ラブストーリーだということと、主人公の王子は、魔法によって姿を変えられ、化け物になり、世界から迫害されているということだ。
 最後は、王子にかけられた魔法が解けてみんなで幸せになりました、とでもなるんだろうなぁ、などと勝手な予想をしていたが、魔法は解けることなく、元の姿になれないまま、2人は人里を離れ、それでも幸せなキスをして、誰から祝われることもなく、静かに結ばれるという結末だった。

「最初から見たかったな」

 幕が下り、思わず声が漏れた。

「それはリハーサルを勝手に覗きに来るからだぞ」

 俺の声に反応したのは、隣で感涙にむせいでいる芽衣ではなく、後ろに立つ人物だった。誰かと思い振り返ると、一代前の生徒会副会長を務めた鎌ヶ谷かまがや先輩が立っていた。

「それもそうですね」

 何て呼ぼうか迷ったので、とりあえず言葉を返しておく。

「で、君たちはサボりかい? まあ、もう生徒会でも何でもないから、特に注意はしないけれど」
「暇を持て余してたところですよ。飲食って当日は忙しいのかもしれないですけど、準備期間って暇になりませんか?」
「なるほど。まあ、確かに暇にはなるな」

 鎌ヶ谷先輩が頷いたので、先輩こそサボりですか? と聞いてみる。

「放課後に旧生徒会メンバーで組んだ有志のバンドの練習があるから、少し早めに来ただけだよ」

 あとはアレをね、そう付け足した先輩の視線の先に目をやると、吹奏楽部がステージで準備をしていた。その中には鎌ヶ谷先輩の彼女にして、同じく一代前の生徒会で会長をしていた和泉いずみ先輩の姿もある。なんというか、この人もアレだな。

「相変わらず、お熱いですね」
「それは君たちもだろ。3年生でも噂になっていたぞ」

 マジかよ、芽衣の人気はそんなにか、と思わず脳内でツッコミを入れ、芽衣の手をそっと握る。

「吹部の演奏はHRホームルームと被るから、また中途半端になるのが嫌なら戻ることをオススメする」
「そうなんですか。じゃあ、俺らはこの辺で失礼させてもらいます」

 当日は見に来てくれよな、と言う鎌ヶ谷先輩に見送られながら体育館を後にした。
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