徒然に、天然

犬若丸

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 昨日に引き続き今日も出社したくなかった。
 意外と強かで真面目なウサギちゃんも出社していたが、気まずい距離は一晩ではなくならない。私とウサギちゃんはお互いを気にしつつも目を合わせようとしなかった。

 しば犬くんは2日連続お休みでアルハラを深刻に捉えたゴリラ主任がバナナを持ってお見舞いに行くと言い出している。
 周りがゴリラ主任を宥めるのをぼんやり眺めながめていた。

 「アホウドリさん」

 するとお鶴さんが話しかけてきた。手には見覚えのある紙があった。
 「ここ、押し間違い」

 誤った印鑑の押し間違い。我に返って「すみません」と小さく謝り、判子を引き出しからだす。

 「前も同じ間違いしたわね」

 責められている気がする。いや気のせいではない。
 反射的にすみませんと口に出そうとする。

 「責めてるわけじゃないから謝らなくてもいいのよ」

 固い口調に変わらない表情。仕事モードになったお鶴さんは何もなくても何かを責めているようだ。ウサギちゃんがこの人を嫌う原因はそこだろう。
 急いで修正して渡すが、お鶴さんはじっと私を見ていた。
 無言の圧力があるような気がして身構えてしまう。

 「今日は定時で終われそう?」

 聞かれたのは仕事とは関係がありそうでない日常的な質問だった。

 勤務は何事もなく平和に終わり、順当に定時で上がれた。
 お鶴さんのおすすめで来たお店は意外にも男性が好みそうな炭火焼きの煙が立ち込む焼き鳥屋だった。

 共食いになるのでは?と脳裏を過ぎったが、お鶴さんは全く気にせず砂肝を食べた後にレモンサワーを口にする。
 ジョッキグラスが逆さまになってその勢いでいっぱいに入ったレモンサワーが見る見るうちに減っていく。空になるまでの時間はほんの数秒で、あっという間に飲み干したお鶴さんは満たされた笑顔で息を吐いた。

 「いいねー平日の夜の居酒屋は」

 そう言うお鶴さんはパスタを綺麗に食べる人とは到底見えなかった。

 「こういうお店好きなんですか?」
 「割とね。おしゃれなお店がよかった?」
 「いえ、美味しいです。意外だっただけなんで」
 「仕事とギャップがあるってよく言われるのよね」

 まだ串に刺さった鶏皮を眺めた。明るく振る舞うお鶴さんの顔を見れない。
 お鶴さんが飲みに誘ったのは私とウサギちゃんとの仲を察しているからだろうか。

 「今日お誘いしたのは私のミスが多かったからですか」
 「私の息抜きに付き合ってほしかっただけ」

 何事もなく言ってのけるけど気をつかわせているのだと考えた。

 「食べないの?」

 私の手にはまだ鶏皮があった。いつまでも見つめいる私にお鶴さんは当然と不思議がっていた。

 「鶏皮に思い出とかあるの?」
 「そうではなくて」

 実をいうと迷っていた。鶏皮を串から取るか串ごといくか。
 しかし、お鶴さんを見ていると相手のことなどお構いなしで串ごと食らいつき、2杯目のレモンサワーを注文している。ヴィーガンも恐れるワイルドなお鶴さんだ。

 こうして黙って逡巡しているとまた話を聞いていないと怒られそうだ。いや実際に聞いていないので言い訳の仕様がないのだが、兎に角ずっと私の返答をずっと待っているお鶴さんに申し訳ないので正直に思ったことを話した。
 我ながら失礼な言い方をしていたと気付いたのは話し終わったあとだ。それなのにお鶴さんはレモンサワーを片手に笑いながら聞いていた。

 「ふふ、なにそれ。私が肉食系の鶴?」

 話しているうちに自然と私の中での呼び名も口にしてしまった。顔の熱を感じながら度数の入っていないカシスオレンジをちびちび飲む。

 「他にも呼び名があるの?」

 聞き上手とはお鶴さんのことを言うのだろう。
 話している私も楽しくなってきたのでついゴリラ主任やしば犬くん、ウサギちゃんのことを話した。
 ひと通り話し終えるとお鶴さんは満足そうに笑っていた。

 「アホウドリさんって面白い人ね。こんなにお喋りが上手だなんて知らなかった」
 「やっぱりアホっぽく見えますか?」

 面白い人と言われると今までの様々なことを思い出してしまう。

 「どうして?人を笑顔にできる人は頭がいいのに?」

 お鶴さんはきょとんと首を傾げていた。
 私とは180度も違うお鶴さんの発言だ。私とは違う目線を持った人の発言だ。

 「私はそのままのあなたが好きよ」

 しば犬くんとは違う好きという言葉。
 それは私の中ですとんと落ち着いた。
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