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7章 赤い珠が映す空想未来
白い鬼、幼い記憶 10
しおりを挟む夜の暗闇に目を閉じて朝の光の眩しさに目を覚ました。
隣で寝ていたはずの兄がいなくなっている。兄の分の布団 は畳まれていた。
私より先に起きて顔だけでも洗ったのかな。
そう思って布団を頭まで被せて朝の光を断つ。すると、乳母さんが兄の名を呼び叫んでいるのが聞こえた。
心の底から避けるような叫び声だったから私も不安になって布団から出てきて着物に袖を通して帯を巻く。
縁側の戸は開けてあって、庭には乳母さんが歩き回って兄の名を呼んでいる。
縁側に立つ私に気づくと乳母さんは顔に多くの皺を作って私を睨む。
「どこにやったのっ私の子供をっどこにやったのよっ」
耳を裂くような金切り声は私に向けられたものだとわかり、彼女の威圧に足腰の力が抜けて尻餅をついた。
怯えていても乳母さんは構わずに鬼の顔のまま私に迫ってきて、髪をひっつかんで縁側から引きずり落とす。
ろくに受け身も取れずに冷たくなった地面の上に落ちたせいで手首と肩に経験したことのない痛みが走り、叫びそうになった。
「答えなさい化け物っ私の子はどこなのっ」
私が痛いと言う前に乳母さんが叫んだから気持ちを伝える間はなかった。
「あの子は外だよ」
ずっとそこに立っていたかのように蝶男がいたから泣いてた私も興奮していた乳母さんも目を丸くして庭の真ん中に立つ彼女を見る。
「夜のうちにね、一人で塀を登って行ったんだよ」
驚いている私たちに対して蝶男は呑気に塀を眺めていた。
乳母さんは青褪め言葉を失い、その間私は昨夜の兄を思い出していた。
何度も「ごめんな」と言っていたのは私を置いていくつもりだったからだと理解して冷たい地面より深く冷たいところに落とされた気分になった。
呆然と絶望している私と違い、乳母さんは青褪めた感情が熱を持ち始めた。
「連れ戻して」
人の心をしてたような鋭利な言葉を私に言い放った。
「連れ戻しなさいっ今すぐにっ」
「でも外は危ないって」
「化け物なら平気でしょっ」
私は弱々しく言ったものの乳母さんは関係ないと言い放った。髪と襟首を掴んで私を引き摺って塀の壁の前に連れて行く。
塀の外なんて出たことがない。今まで「行くな」と口うるさく言い聞かせてきたのにいきなり行けと言われて、しかも乳母さんは行かないと許さないと私を睨んでいた。
乳母さんは怒り狂って、私は助けて欲しくて泣いてるのに蝶男は微笑したまま観察していた。
独りなんだとその時初めて気づいた。
私は大切じゃないから兄は私を置いていった。乳母さんは兄のことしか考えられなくて、私を娘だと思ってくれてなかった。蝶男は私たちを観察の対象でしかなかった。
誰の心にも私はいない。
そう思うと更に泣きたくなって、涙に同情しない乳母さんが「早く行け」と叫ぶから、頭が真っ白になった私はその命令をあっさり聞き入れた。
泣きながら帯を解いて裸になり、鬼へと変貌すると塀の瓦屋根よりも高く飛んだ。
兄を探しに行かないと、戻ってもらわないと。
私の頭はそれでいっぱいになっていた。兄が戻ってくれば乳母さんは私を好きになってくれるかもしれないし、兄も思い留まってくれるかもしれない。
きっとそうなる。絶対、そうなる。
塀の外は中よりも寒くて雪で白くなった地面に降り立つと見慣れない景色に私は戸惑った。
雪原の草木は眠るように枯れていて、夢から覚めてしまいそうになるほど白く眩しい。
人の気配もないし、鳥の鳴き声もしない。この地の生物は私しかいないと思い知らされるているようで怖くなった。
安全な塀の中に帰りたかったけど、乳母さんは許してくれない。
兄を追いかけたくても壁のない外は制限のない自由そのもので、自分がどこに行きたいのか分からなくなる。
そんな中、見つけた足跡に思わず歓喜した。
純白を汚す足跡は私にとっては蜘蛛の糸のような希望で、嗅いででみれば馴染みのある兄の匂いがした。
そこに行けばいいと示す足音に従い、どこにでも好きに行けばいいと言ってくる雪原の中を走った。
足跡を辿っていって戻ればいい。
だから深くは考えずにいた。それよりも焦りが強くなっていて、兄を見つけて帰りたいと願っていた。
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