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6章 盤上の外で蜘蛛喰い蝶は笑う
目覚めて夢の中 9
しおりを挟む「これを渡せ」
そう言ってケイは白い刃を突き出した。その時のカンダタは戸惑うばかりだ。
「瑠璃にだ」
つけたして説明するが、悪夢から目覚めたばかりのカンダタでは内容がつかめない。
「これが必要になる」
ケイの身なりは満身創痍といった様子で喋るのも息をするのも絶え絶えであった。
「蝶男を葬るのに」
付け足すようにケイは言った。
カンダタの手先は悪夢の後遺症で震えている。ケイの息切れが激しいのも自分たちが漂流場にのいるもカンダタは理解できずにいた。
差し出されるまま白い刃を受け取るとケイは用済みだと立ち上がり、光が差す階段へと向かう。
「ケイ、どこに」
手先と同じようにカンダタは声も震えていた。
ケイは何も言わなかった。震えていた声が小さくて聞こえていなかったのか、残す言葉がなかったのか。
これがケイとの最後の会話だ。
そこからカンダタが完全に覚醒するまで時間はさほどかからなかった。
ケイがどういう心境で白い刃を託したのか、想像しかできない。もう本人はいないのだから確認のしようもない。
これが瑠璃に必要になるならば、これが蝶男消滅につながるならば、ケイの遺言通りに従うのもありだ。
一先ず、瑠璃と再会するまでは白い刃を預かるつもりでいる。
白い刃を懐に入れる。軽く、足先に何かが当たった。
足元に落ちていたものを拾うとしてそれはケイがつけていた半面のお面だった。黒猫模したそれはどことなくケイに似ている。
木目になぞって撫でた後、カンダタは仮面の結紐と腰紐を繋げてぶら下げる。
カンダタの正面にある電柱の足元には当然のように幻覚が居座っている。
倒れているカンダタを餓鬼になったカンダタが食っている。見せているのは黒蝶だ。
心を落ち着かせ、溜息を吐き、俯いて目を閉じる。なるべく、幻覚を考えないようにする。
蝶男の策でカンダタも現世に流れてきてしまった。
ケイの遺言もあるので早めに瑠璃と再会したいが、彼女の行方は未だに見当がつかない。現世にいるのは確かだが、現世は世界が広い。
云々と考えていても結論は出ず、だからといって目的地が不明ではどこへ行けばいいかもわからない。
現世には息子もいるのだろうか。
蝶男は皆で行くと言っていた。ならばあの子もいるだろう。
まだカンダタの頭を混乱しているようだった。
自分の現在地すら把握していないのに雑念がうるさく、先に何をするのか判断できずにいる。しかし、雑念だと雑に言い捨てるのもできない。これは大切な情だ。
立ち止まっているよりも歩いたほうがまだ良いだろう。夢の中でも瑠璃に怒られたばかりだ。
赤い三角の表示看板を左右どちらかに曲がるか迷う。そこでT字路のカーブミラーに映る清音の姿があった。
左折して清音がいた場所を見遣ると誰もいない。鏡越しの清音は民家が並ぶ細道へと入っていたようだった。
カンダタも急ぎで細道に向かうもそこに清音はいない。
細道に入り、真っ直ぐ進む。目の前に現れた餓鬼の幻覚を避ける。胃が沸々と煮立つような気持ち悪さを感じる。
坂道の広い道路に出た。住宅がどこまでも並んでいる。
見覚えのあるものを探そうとしても周囲の家はカンダタが知らないものばかりだ。
見渡してみれば遠くに瑠璃たちが通う校舎があった。見知らぬ土地だと思い込んでいたが、わかりやすい目印があるなら安心だ。
学校のある方向を覚え、カンダタは清音が向かったであろう坂の上を登る。
坂道の上は平坦なT字路になっており、右を選ぶ。しばらく直進すると一軒家の前で立ち止まった。表札には「岡本」と清音の姓が印字されてあった。
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