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6章 盤上の外で蜘蛛喰い蝶は笑う
改変 8
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水鳥の土産を咥えて桂の森林を駆ける。立派な土産を自慢する為に早くか影弥がいる家に帰りたい。
木造の瓦屋根が見えている。森林の草木に見え隠れする小さな家へと4本足は速度を上げる。
もう少しで着くのにどんなに走っても遠くにある家は大きくならない。寧ろ遠ざかっている。
帰りたいのに帰れないもどかしさは不安になり、その心象は森林に影響される。
昼間の光はなくなり、黄昏のほろ暗さ覆われる。周囲の桂がケイを追いかけてくる。そんな妄想さえあった。
いや妄想ではなく、実際に追ってきているのだ。足がない代わりに根を伸ばし、手の代わりに枝を伸ばす。
枝の先端が黒猫の尻尾に触れる。土から出た根が足を絡ませにくる。
意識を持って触れてくる植物に得体の知れない悍ましさがあり、心臓が跳ねる。
影弥に会えると期待し高揚する心臓は気づけば恐怖で興奮し、身体が冷える感覚がした。
あの家に向かう。無我夢中で走る。彼が待つ家は帰る場所ではなく、逃げる場所となっていた。
森そのものがケイを追い詰めていた。蹴って踏まれる土ですら意地悪に柔らかくなり、ぬかるんで走りづらくなった。
簡単に足を滑らせ転んでしまう。土から生えて根が倒れた黒猫に絡みついていく。チクチクと刺さる根の感触は不快で、振り払い起きようとしても固い。
桂の葉っぱは天からの光を遮り、周囲を囲む枝と幹は逃げ道を塞ぐ。根は黒猫ごと土の中へと戻ろうとし、土は泥状になってそれを促す。
ケイが目指していた家はまだあんなに遠い。
「ケイ、起きて、ケイ」
清音の呼びかけにより、眠気で揺れていた頭が上がる。どうやら寝ていたようだ。
薄く水が張った地面に両膝をつき、腕は力が抜け垂れている。そんなケイを清音が見下ろしている。
「また怖い夢を見たの?」
声では答えず、頷いた。ちょっとした仕草にも迷いがあった。
怖い夢であった。しかし、身体の一部を失った心残りもある。できるならあの夢に戻り、失ったものを取りに行きたい。
沈黙するケイを見つめ、清音は隣に入り腰を下ろす。地面は水浸しなので尻や足に湿った冷気が伝わり、深いであったが清音は構わない素振りをしてケイに寄り添う。
「手、握る?」
そう問えば必ず頷いて手を差し出す。今回も清音の予想通りにケイは黙って手を差し出した。
ケイへの注射は定期的に必要だ。彼を薬漬けにしても時間が経てば効力は薄まる。本来の存在理由を思い出してしまう。
余分に薬を持ってきたのにたった今最後の一本を使ってしまった。
カンダタに会わせるべきではなかった。彼と会ってからケイの様子は変化した。
清音はケイに悪夢を見せるたびにその悪夢から守るようにケイを包んだ。自作自演の行為をケイは疑わずに悪夢から逃げようと清音にしがみついた。
それが自ら悪夢を望むような兆しがある。悪夢の中に自分が望む答えがあるのだと確信しつつある。
その確信から目を逸らさないといけない。
清音はケイの手を更に強く握る。握りすぎてケイの手が赤く変色している。そうでもしないと清音の存在を示せない。ケイは痛覚に鈍いのでそれに対して嫌な顔はしない。
「静か。ずっとこんな日が続けばいいのにね」
清音とケイの周囲には白鬼が食い荒らした塊人の残骸がある。塊人は死体が残らない。息絶えた身体は光る球体となり、蛍火のような粒たちは地下へと吸い込まれる。
水面の上で漂いゆく光の粒たちは美しい。残骸が美しい風景の一部になる様子を清音はうっとりとした口調で呟いた。
蝶男から命じられたか塊人たちの殲滅は迅速に行われ、苦労も困難もなく驚く程にあっさりと終わった。
ほとんどの塊人は抵抗も逃げもしなかった。
中身がない人の究極体みたいだと美しい風景を眺めながら冷徹に達観していた。
ケイの目には美しい風景しか見えていない。そこら辺に転がっている塊人など彼は見えていない。
穏やかに漂う静寂。ケイも静かだ。
清音の近くで悪夢に魘されているカンダタの声も揺れる水音と重なり、緩やかな音楽に聞こえてくる。
「無理だ無理だ、べにいや、べにべに、しんじて」
繰り返す小さな言葉をよく聞けばそんなことを言っている。昔の、小さな檻に閉じ込められた思い出でも見ているのだろう。
怯えた寝言が止めば歯と歯を鳴らし、手足は惨めに痙攣している。顔を覗いて様子を伺えば眉間に深い皺を刻み、冷や汗で濡れた可愛そうな男の寝顔がある。
目蓋が上下に揺れている。眠りが浅いみたいだ。
注射を追加したいところだが、手持ちのものはない。蝶男から貰いに行かないとない。新しいのをもらうにしても蝶男たちは忙しそうだ。
「仕方がない、のかな。ケイ、お願いがあるんだけどこれ漂流場に置いてきて欲しいの」
カンダタを指差しケイに指示を出す。穏やかな休憩はこの指示で終わりの合図となり、ケイは返事せずに立ち上がる。
カンダタの後ろ襟をつかみ、引きずりながら薄い水面を歩く。
清音は適当に指示しただけで「漂流場」というものは知らない。蝶男から説明を聞いたが、覚えていない。なんとなく、物を捨てるには最適と言うのは記憶している。
ケイが仕事をするなら清音も休んではいられない。
塊人からもいだ頭をボールにして遊ぶ白鬼に向け、指笛を吹く。楽しそうにしていた白鬼は即座に切り替え、頭のボールを池に投げ捨てると清音の所まで駆け寄った。
2体の鬼はお座りのポーズをする。ボール遊びを止めてすぐに来たことを褒めてほしいと頭を下げる。
「ふふ、犬みたい。かわいい」
見た目は恐ろしいのに中身は従順な犬。そんなギャップに清音は堪らず、2体の頭を撫でる。白鬼もまんざらではないと気持ち良さそうに目を細めた。
そんな光景を遠くでケイが眺めていた。
清音と白鬼の周りにはまだ形が残っている塊人の残骸がある。無残に打ちひしがれた塊人の遺体は誰かを連想させるようだった。
木造の瓦屋根が見えている。森林の草木に見え隠れする小さな家へと4本足は速度を上げる。
もう少しで着くのにどんなに走っても遠くにある家は大きくならない。寧ろ遠ざかっている。
帰りたいのに帰れないもどかしさは不安になり、その心象は森林に影響される。
昼間の光はなくなり、黄昏のほろ暗さ覆われる。周囲の桂がケイを追いかけてくる。そんな妄想さえあった。
いや妄想ではなく、実際に追ってきているのだ。足がない代わりに根を伸ばし、手の代わりに枝を伸ばす。
枝の先端が黒猫の尻尾に触れる。土から出た根が足を絡ませにくる。
意識を持って触れてくる植物に得体の知れない悍ましさがあり、心臓が跳ねる。
影弥に会えると期待し高揚する心臓は気づけば恐怖で興奮し、身体が冷える感覚がした。
あの家に向かう。無我夢中で走る。彼が待つ家は帰る場所ではなく、逃げる場所となっていた。
森そのものがケイを追い詰めていた。蹴って踏まれる土ですら意地悪に柔らかくなり、ぬかるんで走りづらくなった。
簡単に足を滑らせ転んでしまう。土から生えて根が倒れた黒猫に絡みついていく。チクチクと刺さる根の感触は不快で、振り払い起きようとしても固い。
桂の葉っぱは天からの光を遮り、周囲を囲む枝と幹は逃げ道を塞ぐ。根は黒猫ごと土の中へと戻ろうとし、土は泥状になってそれを促す。
ケイが目指していた家はまだあんなに遠い。
「ケイ、起きて、ケイ」
清音の呼びかけにより、眠気で揺れていた頭が上がる。どうやら寝ていたようだ。
薄く水が張った地面に両膝をつき、腕は力が抜け垂れている。そんなケイを清音が見下ろしている。
「また怖い夢を見たの?」
声では答えず、頷いた。ちょっとした仕草にも迷いがあった。
怖い夢であった。しかし、身体の一部を失った心残りもある。できるならあの夢に戻り、失ったものを取りに行きたい。
沈黙するケイを見つめ、清音は隣に入り腰を下ろす。地面は水浸しなので尻や足に湿った冷気が伝わり、深いであったが清音は構わない素振りをしてケイに寄り添う。
「手、握る?」
そう問えば必ず頷いて手を差し出す。今回も清音の予想通りにケイは黙って手を差し出した。
ケイへの注射は定期的に必要だ。彼を薬漬けにしても時間が経てば効力は薄まる。本来の存在理由を思い出してしまう。
余分に薬を持ってきたのにたった今最後の一本を使ってしまった。
カンダタに会わせるべきではなかった。彼と会ってからケイの様子は変化した。
清音はケイに悪夢を見せるたびにその悪夢から守るようにケイを包んだ。自作自演の行為をケイは疑わずに悪夢から逃げようと清音にしがみついた。
それが自ら悪夢を望むような兆しがある。悪夢の中に自分が望む答えがあるのだと確信しつつある。
その確信から目を逸らさないといけない。
清音はケイの手を更に強く握る。握りすぎてケイの手が赤く変色している。そうでもしないと清音の存在を示せない。ケイは痛覚に鈍いのでそれに対して嫌な顔はしない。
「静か。ずっとこんな日が続けばいいのにね」
清音とケイの周囲には白鬼が食い荒らした塊人の残骸がある。塊人は死体が残らない。息絶えた身体は光る球体となり、蛍火のような粒たちは地下へと吸い込まれる。
水面の上で漂いゆく光の粒たちは美しい。残骸が美しい風景の一部になる様子を清音はうっとりとした口調で呟いた。
蝶男から命じられたか塊人たちの殲滅は迅速に行われ、苦労も困難もなく驚く程にあっさりと終わった。
ほとんどの塊人は抵抗も逃げもしなかった。
中身がない人の究極体みたいだと美しい風景を眺めながら冷徹に達観していた。
ケイの目には美しい風景しか見えていない。そこら辺に転がっている塊人など彼は見えていない。
穏やかに漂う静寂。ケイも静かだ。
清音の近くで悪夢に魘されているカンダタの声も揺れる水音と重なり、緩やかな音楽に聞こえてくる。
「無理だ無理だ、べにいや、べにべに、しんじて」
繰り返す小さな言葉をよく聞けばそんなことを言っている。昔の、小さな檻に閉じ込められた思い出でも見ているのだろう。
怯えた寝言が止めば歯と歯を鳴らし、手足は惨めに痙攣している。顔を覗いて様子を伺えば眉間に深い皺を刻み、冷や汗で濡れた可愛そうな男の寝顔がある。
目蓋が上下に揺れている。眠りが浅いみたいだ。
注射を追加したいところだが、手持ちのものはない。蝶男から貰いに行かないとない。新しいのをもらうにしても蝶男たちは忙しそうだ。
「仕方がない、のかな。ケイ、お願いがあるんだけどこれ漂流場に置いてきて欲しいの」
カンダタを指差しケイに指示を出す。穏やかな休憩はこの指示で終わりの合図となり、ケイは返事せずに立ち上がる。
カンダタの後ろ襟をつかみ、引きずりながら薄い水面を歩く。
清音は適当に指示しただけで「漂流場」というものは知らない。蝶男から説明を聞いたが、覚えていない。なんとなく、物を捨てるには最適と言うのは記憶している。
ケイが仕事をするなら清音も休んではいられない。
塊人からもいだ頭をボールにして遊ぶ白鬼に向け、指笛を吹く。楽しそうにしていた白鬼は即座に切り替え、頭のボールを池に投げ捨てると清音の所まで駆け寄った。
2体の鬼はお座りのポーズをする。ボール遊びを止めてすぐに来たことを褒めてほしいと頭を下げる。
「ふふ、犬みたい。かわいい」
見た目は恐ろしいのに中身は従順な犬。そんなギャップに清音は堪らず、2体の頭を撫でる。白鬼もまんざらではないと気持ち良さそうに目を細めた。
そんな光景を遠くでケイが眺めていた。
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