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6章 盤上の外で蜘蛛喰い蝶は笑う
改変 7
しおりを挟む優しい記憶はないと思っていた。人の温もりを与えられたことはないと思っていた。欲しいとも思わなかった。羨ましいと思わなかった。
けど、もし、もしも光弥が光弥ではなく、病室で眠る光(ひかり)のままだったなら、夕闇まで朗読してくれる彼女の温度も鬱陶しいくらいの優しさももらえただろうか。もちろん、病床ではなく家庭の中で。
そうしたら確実にあった未来を奪ったのは弥だ。
この回想も何回繰り返しただろう。2桁は超えている。そうしないと暴力で結ばれた忠誠心を上書きできなかった。
父の為に行った研究は自分に何も得られなかった。父のために受けたこんばんは自分に傷を増やすだけだった。
常に恐怖があった。根強く、洗礼された恐怖だ。それが憎悪に変わった。
光弥は赤眼の少年を外に残してドアを閉めた。
なぜこうなった。いくら思い返してもわからない。
弥が何百年も間と地獄を管理していた。長い年月であるはずなのに何があったのか聞かれれば何も思い出せない。
先代に創られた時から枯渇していた。人の真似をして食事、睡眠、快楽を求めた。その中で潤ったのは快楽だ。だが、足りない。求めていた水が砂丘に吸収され枯渇する。
最も潤してくれたのは「命令」だ。口から発した言葉で相手が動く。そうでない奴はプログラムを施し、人格を変える。それでも駄目なら痛覚で教える。それでも駄目なら壊す。
先代の時はそうしていた。
命令は長い間潤してくれたが時間が経つとまた枯渇する。
まだ足りない。早急に潤してくれるものが必要だった。
それが弥の塊人としての存在理由だ。
「この部屋懐かしいね。覚えてる?」
子供部屋に追い詰められたと気づいたときには遅かった。部屋の中に逃げ道は無い。弥が部屋を作るときにそう制作した。それが今、白鬼によって閉じ込められた。
「答えろよ」
「黙れ」
光弥の口調に弥は我慢ならなかった。
命令を下すのは弥だ。従う役は光弥だ。この世の全は弥によって従うべきなのだ。
「ここから出せ」
「俺の本当の居場所はここじゃないみたいだね」
なのになぜこいつは従わないのだろうか。
「どいつもこいつも話を聞かない。黙れと言ったら黙れ。出せと言ったら出せ。なぜできない単純だろうに」
「あんたに支配されるものはいないからだよ」
光弥は床に落ちていたペンチを拾う。それを懐かしそうに掲げ目を細めた。
「よくこれで爪を剥がされたなぁ」
「出せと言ってるだろ!従え!」
全ての魂は弥に従うべきだ。現世もハザマも地獄も弥のものだ。
「恩は恩で返すのが現地の人情らしいよ」
光弥は聞かず、脈絡のない話ばかりをする。
「なら、仇を貰ったら仇で返すのが道理だ」
そう言って光弥はベンチを強く握りしめた。
蛙が潰された音が閉じられたドアの向こうから聞こえる。何度も潰されている。床に転がった物が蹴られ、棚が倒れている。
子供部屋の外で待たされた赤眼の少年は部屋の情景が鮮明に想像できた。
手が震えている。恐怖の類いではないと思う。
清音の魂に憑依した時、彼女からの罵倒と暴力をたくさんもらった。その時の感情とは違う。
この胸の高鳴りはなんだろう。
部屋の中で潰されているのは蛙ではない。楽しいことなんてあるはずがない。こんな感情を抱くのはおかしなことだ。
初めて抱く感情に戸惑っているうちに部屋の中の物音が収まり、ドアが開く。
子供部屋から出てきた光弥は返り血がつき、その血が自身の汗と一緒に垂れて息切れでしていた。
なのに笑顔なのはやり切ったと達成感で満たされているからだった。それはヒーローの笑顔だった。
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