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6章 盤上の外で蜘蛛喰い蝶は笑う
改変 6
しおりを挟む長い、とても長い間、10人分の人生では到底足りない時間を費やして築いてきたものが沈む。枯れた蓮池が水底に沈むよりも早く、壊されていくのを弥はこの目で見た。
危機管理能力を持っている塊人は少ない。欠如し、元からないものも多いが、備わっているものもいる。その少数派でさえ危機感には鈍感だ。ハザマには脅威となるものがないからだ。
相手を攻撃するのはまだいい。命令が簡単だからだ。「消せ」と言えば簡単にやってくれる。それが防衛となると単純にはいかなくなる。
弥の部下たちは脅威に対応する回路のプログラムがされていない。
一方的な暴力なら仕方がない。また作り直せばいい。
被害の大きさと失った数と復興する時間。それらを計算しながら弥は障害物の多い階段を降り、地下へと逃げる。
あの白鬼は塊人たちを食っている。逃げた弥には気付いていない。
地下は崩壊した部分が多い。ひび割れた廊下はいつ崩れてもおかしくない。電気も通っていないので姿を隠すのに丁度いい。
いくらでも壊せばいい。自分が消滅しなければ輪廻があればいくらでもやり直せる。
この瞬間まで弥はそう信じて疑わなかった。
弥を追いかけてきた白鬼の金切り声が谺する。驚き、振り返っても目に入るのは暗闇のみ。
安心で遅くなった歩調は追われる緊張を思い出し、更に奥へ、十字路を真っ直ぐに進もうとした。
その先で金色に光る眼玉が2つ浮かべば、白鬼が暗闇から向かって飛んできた。
急遽進行を変え、右に曲がろうとするも別の白鬼が目先にまで追っており結局、十字路を左に曲がった。
潔白な通路は暗闇のせいでその白さを失い、崩壊により清潔さなくなっていた。
一定の間隔で並ぶ部屋は入るところが少なくい。その少ない部屋のドアノブを回しても破壊されているせいか弥の逃げ道を塞ぐ。
早くしなければ自分も消滅する。
ドアノブをもぎとるように回してもドアは開かず、ならば隣はどうかと同じように回しても開かない。
通路の奥から白鬼が目を光らせている。のっそりと歩いている白鬼は余裕そうでお前は小さい存在だと宣言している。
そんなはずないと弥は強く自分に念じながら子供部屋と書かれたドアを開けた。
ハザマの地下は半壊状態であった。火花が散った電線を避けるもスペースが狭く、階段を塞ぐ鉄柱を潜るのもひと苦労だ。
足場が悪くなっており、足をかけただけで崩れてしまうところもある。
そんな中、2体の白鬼にはすいすいと進んでしまう。そこまで身体能力が高いわけでもないのに光弥も後先考えずに行っている。
恐れ知らずとなった彼は暗闇や半壊した地下に恐れる赤眼の少年を気遣ったりはしない。
半壊で歩くのも困難な地下だが、1カ所だけ異様に形を保っている場所があった。輪廻が一望できる通路だ。
ガラス越しで見えるはずの輪廻はシャッターが閉じられ姿が隠されている。
時代によって姿が変わる輪廻は現在、歯車の塔になっているらしい。
赤目の少年は見たことがない。胚羊水にいた子供たちは全員見たのに少年だけが取り残された。
輪廻に流された子たちはちゃんと現世で生まれただろうか。胚羊水の子は少年にとっては仲間だ。同じ理由で命になれなかった者たちだ。なのに、少年だけが残された。
「輪廻に引かれるよ」
シャッターの向こう側に願いと憧れを込めながら眺めていると光弥が話しかけてくる。
光弥に声をかけられるのはこれが初めてだ。赤眼の少年はなんて返せばいいかわからず、無表情に見つめ返す。
「早く来なよ。あいつを追い詰めたんだ」
その場にずっと留まっていたかった。
赤眼の少年はそれすらも望めない立場だ。
おとなしく光弥の後に続く。
弥が追い詰められたのはとある部屋だった。歪んだ札には「子供部屋」と書かれている。
「この部屋は?」
おずおずと聞いてみる。光弥は少し沈黙を置いた後、答える。
「拷問部屋だよ」
子供部屋とは思えない発言が来た。
「ここで俺は忠実を教わったんだ」
それ以上は聞くのが怖くなった。清音から同じようなことを少年はされていたが、あれが拷問だったかわからない。少年には拷問と暴力の区別がついていない。
「ここで待ってて」
光弥はそれだけ言う。赤眼の少年は黙って従うしかなかった。
忠実を教わった人を裏切るのは戸惑いがあるのかとか支配者に抗うのは怖くないかとか蝶男と似たようなことを聞きそうになる。
でもそれは光弥を見てれば答えがある。光弥がいつもと違う雰囲気なのは彼が覚悟を持っているからだ。だから無駄なことも喋らない。余計なものを考えたくないからだ。
光弥は崩壊によって立て付けが悪くなったとドアを開け、潜った。
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