糸と蜘蛛

犬若丸

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6章 盤上の外で蜘蛛喰い蝶は笑う

それは薄明のような赤い記憶 3

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 理解が追いつかなかったが、逃げ場のない所に追い込もうとしているのは確かだ。
 この洞窟の地図を清音たちは頭に入ってあるようだ。対してカンダタは無知だ。
 洞窟内部にはいくつもの分かれ道や横穴がある。それらに目移りする。
 そのひとつの中、赤い着物を着た少女が黒い闇の中で手招きをしていた。
 こちらを誘う手招き。カンダタは疑いもせず、方向を変えた。彼女がいる横穴を選ぶ。
 それは頭が疲弊し、混乱したカンダタが見せる幻のようだ。赤い幻に近づけば霧散し、また闇の奥で手招きをする。
 黙って赤い幻に従っているのはあの女子生徒と清音に追い詰められるより安心できると思ったからだ。
 その幻を手がかりに進んでいくとあの既視感がまたやってくる。洞窟の外の洞窟の中のカンダタは知らない。見たことがないはずだった。
 岩に囲まれた壁、床。見れば進めば幻を追えば、この既視感は強くなる。
 あの時もカンダタは走っていた。誰と走っていたか。
 今も追われている。ただし、今は独りだ。孤立無縁の危機である。
 赤い幻が罠である可能性もある。それなのにカンダタは現場を忘れ、手招く幻を追う。
 現実と幻が重ね合う夢現の頭はこの先に進んで辿り着く場所が想像できた。
 落ちれば熱い血の沼がある足場が穴だらけの広い空間がある。
 闇の中で光が差す。そこでも赤い幻が手招く。カンダタは一心に向かった。
 あの幻は誰か。今になってその疑問が浮かぶ。その疑問は片隅に置いた。
 広間のような空間にはカンダタが想像した通りのものがあった。
 地面は蜘蛛の巣のように足場が細く穴だらけだ。その下にあるのは熱した血生臭いヘドロのような沼がある。
 手招きする幻はいない。だが、向かうべき場所はわかる。
 細い足場の頼りない岩場を踏む。
 蜘蛛の巣の間の出入り口は8つある。その中で右から4番目に向かった。
 足を滑らせないように歩みは慎重であったが、迷いはなかった。
 いつ滑るかわからない足を見下ろす。足と岩の下にあるのは溶岩に似た沼だ。あの中に浸れば窒息死する前に煮物ものになる。
 煮物になった時の熱を思い出し、そこで立ち止まる。
 なぜ。右から4番目の洞穴を行けばいいと思ったのか。血の沼の熱さを知っていたのか。
 手招く幻は本当に幻だったのか。あれは、本当は。
 鈍色の音がカンダタの耳に届いた。近くで鳴ったそれは奴がすぐそこにいると教えてくれた。
 カンダタが振り向けば人型のケイがこちらを睨んでいる。手に持っているのは白い刀だ。
 勝てない、逃げられない。
 ケイの、瞳のない目で睨まれ、カンダタの未来がわかった。先見の明は持っていないが、わかる。
 「ケイ 」
 どちらもできない。ならばカンダタは対話を試みる。
 「話を、何か」
 言葉が詰まる。対話をしようとも何を話すか決めていない。
 「誤解がある。それに知らない事情がある。ケイの知らない事情だ。それを話したい」
 ケイは白い刀を構える。膝を深く折り曲げる。ひと飛びでこちらに来るつもりでいる。会話をするつもりはないようだ。
 「清音に騙されているんだ。ケイ、よく聞け」
 ケイの態度は変わらない。方針を変えてみようか。
 「骨抜きにされたか知らないが、あの阿婆擦れの清音に知能も低い。あれのどこがいいんだ?」
 ケイは答えない。耳を持っていないのか。
 黒猫を冷静にカンダタを見つめ、大きく飛躍した。
 対話も失敗した。
 カンダタは隣の足場に飛び移り、その後にもう一度移った。ケイはカンダタがいた場所に着地する。
 右から4番目へ。ケイから逃れられながら向かい、同時にケイを揺さぶれないか思案する。
 まず、ケイは蝶男に操られた清音に何をされたのか。
 第6層ではそれを語ってはくれなかった。
 初めから反応が薄いのでケイが怒っているのか悲しんでいるのかもわからない。
 いつの間にか背後に迫っていたケイが白い刀を振り下げようとしていた。
 寸手のところで隣の足場に移り、刀の切っ先はカンダタの髪を数本だけ切った。
 清音を罵っても反応はなかった。彼女への執着がなくなっているのか。いや、それなら清音の指示には従わないだろう。
 ケイはすぐそこまで来ている。カンダタも4番目のほら穴にたどり着く。
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