糸と蜘蛛

犬若丸

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6章 盤上の外で蜘蛛喰い蝶は笑う

それは薄明のような赤い記憶 1

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 闇の中に落ち、闇の中で身を委ねていた。
 「だ、じょう、だい、じょう、ぶ」
 意識が浮遊するカンダタに眠る前の昔話を語るように言い聞かせる。
 「大丈夫だよ」
 大人になる前の少女の声だ。どこか懐かしさがある。
 「大丈夫、大丈夫だよ。私が付いているんだもの。大丈夫に決まってる」
 それは懐かしく、涙が出るほどに心強かった。

 浮遊していた意識が地に落ち、目蓋を2度ほど上下すると目に溜まった雫が1粒だけ落ちた。
 硬い岩の上で寝ていたカンダタは起き上がる。
 目覚めたばかりでまだ意識がはっきりとしない。
 あれは夢だろうか。誰かがカンダタに強く言い聞かせていた。どこで知り合ったことがある人物。思い出せない。あれが現実であったのかも怪しい。
 それよりもここはどこだろうか。
 うつ伏せから2本脚で立とうと踏ん張ると足が滑り、訳がわからずカンダタは落ちた。
 カンダタが寝ていたのは岩の上であり、急な角度があった。それを理解できずに転がり落ちたカンダタは細く尖った石が転がる地面に背中から落下した。
 痛み、呻いたが、お陰で寝ぼけていた意識が覚醒した。
 どうやら洞窟の中らしい。地面は砂利と岩に囲まれ光が少ない。
 湿気はないが第6層よりも熱気があり、立っているだけでも汗が溢れる。
 影が多い洞窟の奥から獣なのか機械なのか判断がつかない轟音が反響し合い、僅かに聞こえてくる。
 反対の光が強い方向は外につながっているようだが、斜面を登らなければ外に出れそうにない。
 カンダタが選んだのは光が強くなる斜面の方だった。
 岩場の坂を登り切り、外の光が強くなる。熱気は外から来ており、近づくにつれ流れる汗の量が増える。
 最後まで上がると外の風景がよく見えた。
 山の中にいくつもの穴があり、その穴がカンダタがいる洞窟となっていた。カンダタが立つ穴はそれなりの高さのある所にあり、その風景がよく見えた。
 第7層から落ちたなら、ここは第8層だ。カンダタが初めて見る風景のはずだ。なのに、この赤い風景を知っている。見たことがある。だからこそおかしい。
 既視感があるはずがない。カンダタは長い間第4層にいた。瑠璃と出会うまでそこから出た事はないのだ。
 ならば、この既視感はどこから来るのだろうか。
 記憶を巡り、この既視感の正体を探ろうとする。しかし、目眩がし、思うように考えがまとまらない。
 不意にからり、と小石と砂利が擦られ落ちた。カンダタは一歩も動いていない。背後にいる者が落としたのだ。
 振り返り、背後にいるものを見る。地獄に住む囚人か鬼かと思っていたらそこにいたのは光弥だった。
 久しく見た顔に再会の喜びが湧くわけがなかった。
 カンダタが驚愕していると光弥は背を向け走り出した。
 「待て!」
 カンダタの追いかける声は怒声しか聞こえず、それで光弥が止まってくれるはずもなかった。
 光弥は斜面を下り、洞窟の奥へと隠れるように走る。
 考えなしに走っていた。光弥は蝶男と繋がっている上に地獄についての詳しい。聞きたいことはたくさんある。
 大小の石が詰められた砂利道の坂に光弥は躓きながらも走る。カンダタのほうが脚は速く、急な坂道でも跳躍を駆使して距離を詰めていく。
 呆気なく詰められた距離に光弥はなす術もなく、肩を掴まされた。
 光弥から短く低い悲鳴が上がりもカンダタはお構いなく岩肌の壁に押さえつける。
 後頭部を鷲掴みにし、捕らえた腕を背中に回す。右半分の顔が凸凹に尖った岩肌にあたり、腕が無理に回されたことにより伸ばされた筋肉や関節が痛みを訴える。
 「痛い痛い!落ち着けよ!怒るのは良くないって!」
 痛いと言うなら更に強く抑えた。
 「楽になりたいなら質問に答えろ」
 涙目になった光弥にカンダタは険しく、顔の皺が増える。
 「これは質問じゃない!じんもっいたいいたいっ!」
 回した腕を肩甲骨に向けて上げる。
 「聞け」
 光弥が痛みに堪えながら沈黙すると強く拘束した腕を少しだけ緩めた。
 「蝶男の居場所は?」
 「俺が知るわけ、痛いって!ほんとに知らないんだよ!」
 「下手な嘘つくな」
 光弥がカンダタの前に現れた。偶然だとは考えられなかった。特に蝶男が絡んでいることとなれば尚更だ。
 「散歩してたわけじゃないだろ」
 「本当に散歩だったらどうすんの!痛いっだから痛いって!」
 それが事実であったとしても光弥の腕を捻る。
 「誤魔化すな。やけに口が重いな。蝶男に釘でも刺されたのか」
 口が軽い光弥にしては嫌に頑なだ。
 「寝返ったわりには忠実だな」
 わざとらしく嘲け笑う。嗚咽のようなものが光弥から漏れていた。痛みで限界に近くなったのだろう。
 少し痛めたつもりでいたカンダタは泣き出した光弥に瞠目した。
 「泣いちゃった。可哀想に」
 後ろから投げかけられた言葉は清音によるものだ。顔だけ向けば彼女と目が合う。
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