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1章 神様が作った実験場
魂のプログラム 5
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あたしにはまだ解消されていない疑問があった。
弥はあたしの魂を保管していたと話していた。なのに、あたしは現世で生きている。つまり、保管していたはずなのに輪廻に洗われて転生したってことよね。
なにがどうなって転生したのかはどうでもいい。知っておかなくてはならないのは、脱走して戻って来た危険物のその後だ。このまま保管されてもおかしくない。
弥はあたしの為に麦茶を淹れてくれた。彼は向かいに座ると喋り疲れた喉を潤す。呑気なハクは自分の分はないのかと弥に強請ったり、あたしにせがんだりする。
今は応えるつもりはなかった。弥についてしまった嘘がばれてしまうからだ。
「瑠璃が私を信用できないのは無理もない。何も知らない土地で色々と言ってくる男を警戒するのは当然だ。しかし、現世には返すつもりだ」
「信用できないわね」
「瑠璃の言う通りだ。けれど、信頼するほかないよ。ハザマは大池しかなし、人はここの寝殿にしか集まらない。瑠璃が現世で帰る術は私たちしか持っていないんだ」
「あたしは禁忌なんでしょ。いいの?人食い熊を里に出すようなものじゃない?」
「君が生まれて16年。天地がひっくり返ることはなかったんだ。私は安全だと判断するよ」
「保管が手っ取り早いんじゃない?」
「私は自身の利益のために白糸と白鋏を生み出し、そしてその身勝手で2人を殺した。もう外道のような行為はしない。神に誓ってもいい」
神はあなたじゃなかった?
手の平にある白糸を指で遊びながら考える。
現状は単純なものじゃない。弥は紳士的な対応だった。でも、彼にも「ずれ」がある。彼があたしを帰すつもりがあるのか。弥の説明に嘘や矛盾といったものは見つけられなかった。不都合なものは言わなかっただけかもしれない。
「あの囚人に会わせて」
誰も信用できない状況の中、頭が狂っていても味方だと確信できる人と合流したかった。
「すまないが、それはできない。ルールなんだ。あれとは対面でさえ許されない」
「あたしは第4であいつと会って、歩いて話もした。今更ルールが何よ」
「ここは地獄じゃない」
「あたしには変わりないわよ」
「悪いがなんと言われようともルールはルールだ」
あたしの愚痴に呆れたのか弥は溜め息をひとつ混ぜて立ち上がる。
「一気にいろんなことを知って頭もついていけないだろう。ひと休みするといい。あの離れでゆっくり休みなさい。天鳥を付き添いにやろう。天鳥」
あたしの後でついてきているはずの彼女がそこにいなかった。
「彼女ならさっきの通路で立ち止まったままよ」
その時、弥は自分が話す説明に夢中で天鳥を置いていっていることに気づいていなかった。
「天鳥、天鳥!」
輪廻が見える通路はすぐそこにある。大声で呼べば充分に聞こえるが、天鳥からの反応はない。弥から舌打ちが出た。
「またか。よろしく作った方がいいかもな」
一度だけの舌打ちで穏やかな空気は一変して大げさな音を立てながら椅子から立ち上がる。大股で休憩室を歩いて暗い通路へと消えていく。
「あとりぃっ!」
あたしの席では暗い通路の中が見えない。ただ、弥のものと思われると怒声が響いた。
それからしばらくして弥と天鳥が入ってきた。
疲れと呆れを見せたのは一瞬だけだった。弥は優しく笑うけれど、それは嘘に塗れた作り物の仮面だった。仮面の裏側にあるものが推測できない。腹黒いものなのか先を見据えた計画なのか。
あぁ、もう。頭が一杯いっぱいだ。こんな一度に色んなものを教えられてもついていけるはずがないのよ。
一度、休むべきね。考えを整理する時間も必要だわ。
「ハク」
弥には聞こえない声量でハクを呼ぶ。
目の前にいる弥にも聞こえていなかったのに離れて観葉植物で遊んでいたハクには聞こえたみたい。呼ばれたハクはあたしに近寄る。
「いい、カンダタがどこかで捕まっている。その居場所を見つけてあたしに教えて」
あたしが頼れるのはこんな阿呆だなんて。
そう思われているとは知らずにハクは元気よく頷いて走り去る。そうしてしばらくすると天鳥が来て、あの中島へと戻される。
次にあたしが連れてこられたのは、先程の目を覚ましたベッドのある格子の部屋ではなく、奥に位置する部屋の一角だった。
「仕切りの外で待機しているので用がございましたらお申し付けください」
道中、天鳥から説明を受ける。眼鏡のレンズを光らせた彼女は愛想がなく、だからといって皮肉を言う柔軟さもなかった。まさに、「真面目ちゃん」と呼ばれていそうな根暗な性格をしていた。
「中島から出たい時は?誰が舟を漕いでくれるの?」
「お疲れでしょうから、部屋でゆっくりお休みください。こちらで準備が整いましたらお呼び致します」
「まだ、見学していない所もあるみたいだけど?」
「見学されてもつまらないものです」
堅い口調だけれど突き放すような厳しさはない。その発言の裏には「部屋から出るな」という命令に似た警告があった。天鳥はあたしの監視役として付き添っているんだわ。
こいつらはあたしを帰す気があるのかしら。もし、抵抗したら?
こんなときにカンダタはどこに行ったのよ。
ふと、無意識にカンダタを頼りにしている自分がいて、すぐに訂正する。
これは仲間意識なんかじゃない。利用できるからするだけ。仲間だからとか苦楽と共にした親友とか、少年漫画だけの幻想にしがみ付いたりしない。あたしはいつだって一人で解決してきた。今だって、これからも、ずっと。
弥はあたしの魂を保管していたと話していた。なのに、あたしは現世で生きている。つまり、保管していたはずなのに輪廻に洗われて転生したってことよね。
なにがどうなって転生したのかはどうでもいい。知っておかなくてはならないのは、脱走して戻って来た危険物のその後だ。このまま保管されてもおかしくない。
弥はあたしの為に麦茶を淹れてくれた。彼は向かいに座ると喋り疲れた喉を潤す。呑気なハクは自分の分はないのかと弥に強請ったり、あたしにせがんだりする。
今は応えるつもりはなかった。弥についてしまった嘘がばれてしまうからだ。
「瑠璃が私を信用できないのは無理もない。何も知らない土地で色々と言ってくる男を警戒するのは当然だ。しかし、現世には返すつもりだ」
「信用できないわね」
「瑠璃の言う通りだ。けれど、信頼するほかないよ。ハザマは大池しかなし、人はここの寝殿にしか集まらない。瑠璃が現世で帰る術は私たちしか持っていないんだ」
「あたしは禁忌なんでしょ。いいの?人食い熊を里に出すようなものじゃない?」
「君が生まれて16年。天地がひっくり返ることはなかったんだ。私は安全だと判断するよ」
「保管が手っ取り早いんじゃない?」
「私は自身の利益のために白糸と白鋏を生み出し、そしてその身勝手で2人を殺した。もう外道のような行為はしない。神に誓ってもいい」
神はあなたじゃなかった?
手の平にある白糸を指で遊びながら考える。
現状は単純なものじゃない。弥は紳士的な対応だった。でも、彼にも「ずれ」がある。彼があたしを帰すつもりがあるのか。弥の説明に嘘や矛盾といったものは見つけられなかった。不都合なものは言わなかっただけかもしれない。
「あの囚人に会わせて」
誰も信用できない状況の中、頭が狂っていても味方だと確信できる人と合流したかった。
「すまないが、それはできない。ルールなんだ。あれとは対面でさえ許されない」
「あたしは第4であいつと会って、歩いて話もした。今更ルールが何よ」
「ここは地獄じゃない」
「あたしには変わりないわよ」
「悪いがなんと言われようともルールはルールだ」
あたしの愚痴に呆れたのか弥は溜め息をひとつ混ぜて立ち上がる。
「一気にいろんなことを知って頭もついていけないだろう。ひと休みするといい。あの離れでゆっくり休みなさい。天鳥を付き添いにやろう。天鳥」
あたしの後でついてきているはずの彼女がそこにいなかった。
「彼女ならさっきの通路で立ち止まったままよ」
その時、弥は自分が話す説明に夢中で天鳥を置いていっていることに気づいていなかった。
「天鳥、天鳥!」
輪廻が見える通路はすぐそこにある。大声で呼べば充分に聞こえるが、天鳥からの反応はない。弥から舌打ちが出た。
「またか。よろしく作った方がいいかもな」
一度だけの舌打ちで穏やかな空気は一変して大げさな音を立てながら椅子から立ち上がる。大股で休憩室を歩いて暗い通路へと消えていく。
「あとりぃっ!」
あたしの席では暗い通路の中が見えない。ただ、弥のものと思われると怒声が響いた。
それからしばらくして弥と天鳥が入ってきた。
疲れと呆れを見せたのは一瞬だけだった。弥は優しく笑うけれど、それは嘘に塗れた作り物の仮面だった。仮面の裏側にあるものが推測できない。腹黒いものなのか先を見据えた計画なのか。
あぁ、もう。頭が一杯いっぱいだ。こんな一度に色んなものを教えられてもついていけるはずがないのよ。
一度、休むべきね。考えを整理する時間も必要だわ。
「ハク」
弥には聞こえない声量でハクを呼ぶ。
目の前にいる弥にも聞こえていなかったのに離れて観葉植物で遊んでいたハクには聞こえたみたい。呼ばれたハクはあたしに近寄る。
「いい、カンダタがどこかで捕まっている。その居場所を見つけてあたしに教えて」
あたしが頼れるのはこんな阿呆だなんて。
そう思われているとは知らずにハクは元気よく頷いて走り去る。そうしてしばらくすると天鳥が来て、あの中島へと戻される。
次にあたしが連れてこられたのは、先程の目を覚ましたベッドのある格子の部屋ではなく、奥に位置する部屋の一角だった。
「仕切りの外で待機しているので用がございましたらお申し付けください」
道中、天鳥から説明を受ける。眼鏡のレンズを光らせた彼女は愛想がなく、だからといって皮肉を言う柔軟さもなかった。まさに、「真面目ちゃん」と呼ばれていそうな根暗な性格をしていた。
「中島から出たい時は?誰が舟を漕いでくれるの?」
「お疲れでしょうから、部屋でゆっくりお休みください。こちらで準備が整いましたらお呼び致します」
「まだ、見学していない所もあるみたいだけど?」
「見学されてもつまらないものです」
堅い口調だけれど突き放すような厳しさはない。その発言の裏には「部屋から出るな」という命令に似た警告があった。天鳥はあたしの監視役として付き添っているんだわ。
こいつらはあたしを帰す気があるのかしら。もし、抵抗したら?
こんなときにカンダタはどこに行ったのよ。
ふと、無意識にカンダタを頼りにしている自分がいて、すぐに訂正する。
これは仲間意識なんかじゃない。利用できるからするだけ。仲間だからとか苦楽と共にした親友とか、少年漫画だけの幻想にしがみ付いたりしない。あたしはいつだって一人で解決してきた。今だって、これからも、ずっと。
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