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1章 神様が作った実験場
空の穴 11
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念のため、栓を抜き、右手にホースを構えて窓に寄ってみる。顔とホースを一緒に覗かせて様子を伺う。
糸の切れた人形。まさに、そんな姿をしていた。
玩具箱に片付けられず、投げだれた惨めな人形の手足は無造作になって、片手は上を、もう片手は横を向いたり、脚は曲がったり、伸びたりしている。
顔に描かれた謎の黒蝶は消えないまま、未だ肌の上を鈍間な動作で羽ばたく。瞼は閉じられず、何も映さない赤目は上目になって天を仰ぐ。
死んだのかしら?すでに死んでるけれど。このまま、目覚める場所に戻るまで待ってみようかしら。
ハクも心配してあたしの頭上から覗かせる。ハクから見てもあたしの攻防は痛々しいようだった。人命を守るはずの鈍器が凶器になってしまったのを恐ろしく映ったらしい。
「カンダタ?」
恐るおそる名を呼ぶ。一回、意識を失えば正気が戻ると安易に考えた。地下歩道でのカンダタは一度寝ていて、自身に負った 傷に初めて気が付いた。それっておかしくなったけれど意識を失ったら元に戻ったってことよね。
それなら、意識をなくしたら目覚めた場所に戻るというカンダタが言っていたルールも納得がいく。
ずっと不思議だった。カンダタが怪我を負って眠っていても、あたしがソファで寝ていても戻りはしなかった。もしかして、あの状態になったカンダタが自分の脚で戻っていたとか、そんなオチとかじゃない?
確証があるわけじゃないから、見張るにも起こすにも勇気が必要で窓から出る度胸もなかった。
「ハクじゃ、カンダタを起こせないわね」
文句を一つ言ってみる。それは到底できないとわかっていた。ハクは地獄でも物には触れなれなかった。だというのに、それを真面目に受け取ったらしい。
窓と壁を通り抜けたハクはカンダタの横まで近寄る。
結果は知っていたけれど、その挑戦を見届ける。ハクも怯えながら自身の鼻先でつつく。触れられるはずがない。そう決め込んでいた。
しかし、よくよく見てみてみれば、ハクがつつくたびカンダタの髪が揺れる。
「強く、揺さぶってみて」
確信が欲しくなり、要求する。ハクは眉をひそめて沈黙の文句を言ってくる。まだ、カンダタが怖いらしい。
文句はあるものの純真なハクはその鼻先で頭を揺らす。小さな揺れを3回。その度にカンダタの頭が動く。間違いなく触れられている。
こういうの、何度かあったわね。ハクはあたしに触れられて、あたしがあげたチキンも食べた。なら、カンダタは?
白銀に反射する細い糸が視界に入った。それはカンダタの首に巻かれ、あたしの手首と繋がっている。
あたしが思考にふける前にカンダタに変化があった。寝言みたいな小さな声で呻く。カンダタが目を覚ました。
ホースを握る手が強くなる。名前を呼んで反応をみるも、覚めたばかりの頭では大した反応はなかった。寝返りをして、また呻く。
彼の髪陰に隠れた赤い目玉が光った。その色は狂気か正気か。見定めようと顔を乗り出す。大きく見開かれた赤い瞳が鋭く光った。
次の瞬間、カンダタが飛び起きた。音よりも光よりも速く感じた。実際にはその姿は捕えられてそれらよりも遅いけれど、あたしにはそう捉えられた。そう思えてしまう程の緊迫感があった。
対応できたのは警戒を解かず、手は常に消火器のレバーを握っていたから。彼の目が獣の眼光を髪陰から光らせてからあたしの脳はそれを指示した。
ホースから噴出された白い粉末の消火薬剤がカンダタの黒髪や衣服を白く染めて、カンダタのアイデンティティは失われる。
噴出された粉末は雪の白さで密集されていた霧はカンダタを隠す。噴出を止めたあたしは両手で消火器を大きく振りかぶると的も見えないまま粉末の霧へと投げた。消火器が霧に紛れて、直後に鈍い音が鳴る。多分、頭に直撃した音ね。
あたしは背を向けて化学室を走り抜ける。
隠れる余裕はない。場所も限られている。すでにカンダタは起き上がっている。限られた選択肢の中から消去法で選ぶ。
あたしは校庭を選んだ。校庭は空の穴の真下になっている。カンダタが鬼に近くなっているのなら、あの光にも何かしらの拒絶反応があるはず。連絡通路の鬼は影らから出ようとしなかった。
それがカンダタにも通用するかはわからない。向かいの棟からきたのなら光は避けずに来たことになる。体調は悪くでも鬼を投げれるみたいだし。
それ以外の選択はない。不安定な選択だけど、これで行くしかない。
化学室を走り去った時にはカンダタは立ち上がる。
粉末塗れになった身体と頭に衝突した消火器。度重なる足止めにカンダタは激怒して狭い化学室の中で高らかな怒張声が響く。
糸の切れた人形。まさに、そんな姿をしていた。
玩具箱に片付けられず、投げだれた惨めな人形の手足は無造作になって、片手は上を、もう片手は横を向いたり、脚は曲がったり、伸びたりしている。
顔に描かれた謎の黒蝶は消えないまま、未だ肌の上を鈍間な動作で羽ばたく。瞼は閉じられず、何も映さない赤目は上目になって天を仰ぐ。
死んだのかしら?すでに死んでるけれど。このまま、目覚める場所に戻るまで待ってみようかしら。
ハクも心配してあたしの頭上から覗かせる。ハクから見てもあたしの攻防は痛々しいようだった。人命を守るはずの鈍器が凶器になってしまったのを恐ろしく映ったらしい。
「カンダタ?」
恐るおそる名を呼ぶ。一回、意識を失えば正気が戻ると安易に考えた。地下歩道でのカンダタは一度寝ていて、自身に負った 傷に初めて気が付いた。それっておかしくなったけれど意識を失ったら元に戻ったってことよね。
それなら、意識をなくしたら目覚めた場所に戻るというカンダタが言っていたルールも納得がいく。
ずっと不思議だった。カンダタが怪我を負って眠っていても、あたしがソファで寝ていても戻りはしなかった。もしかして、あの状態になったカンダタが自分の脚で戻っていたとか、そんなオチとかじゃない?
確証があるわけじゃないから、見張るにも起こすにも勇気が必要で窓から出る度胸もなかった。
「ハクじゃ、カンダタを起こせないわね」
文句を一つ言ってみる。それは到底できないとわかっていた。ハクは地獄でも物には触れなれなかった。だというのに、それを真面目に受け取ったらしい。
窓と壁を通り抜けたハクはカンダタの横まで近寄る。
結果は知っていたけれど、その挑戦を見届ける。ハクも怯えながら自身の鼻先でつつく。触れられるはずがない。そう決め込んでいた。
しかし、よくよく見てみてみれば、ハクがつつくたびカンダタの髪が揺れる。
「強く、揺さぶってみて」
確信が欲しくなり、要求する。ハクは眉をひそめて沈黙の文句を言ってくる。まだ、カンダタが怖いらしい。
文句はあるものの純真なハクはその鼻先で頭を揺らす。小さな揺れを3回。その度にカンダタの頭が動く。間違いなく触れられている。
こういうの、何度かあったわね。ハクはあたしに触れられて、あたしがあげたチキンも食べた。なら、カンダタは?
白銀に反射する細い糸が視界に入った。それはカンダタの首に巻かれ、あたしの手首と繋がっている。
あたしが思考にふける前にカンダタに変化があった。寝言みたいな小さな声で呻く。カンダタが目を覚ました。
ホースを握る手が強くなる。名前を呼んで反応をみるも、覚めたばかりの頭では大した反応はなかった。寝返りをして、また呻く。
彼の髪陰に隠れた赤い目玉が光った。その色は狂気か正気か。見定めようと顔を乗り出す。大きく見開かれた赤い瞳が鋭く光った。
次の瞬間、カンダタが飛び起きた。音よりも光よりも速く感じた。実際にはその姿は捕えられてそれらよりも遅いけれど、あたしにはそう捉えられた。そう思えてしまう程の緊迫感があった。
対応できたのは警戒を解かず、手は常に消火器のレバーを握っていたから。彼の目が獣の眼光を髪陰から光らせてからあたしの脳はそれを指示した。
ホースから噴出された白い粉末の消火薬剤がカンダタの黒髪や衣服を白く染めて、カンダタのアイデンティティは失われる。
噴出された粉末は雪の白さで密集されていた霧はカンダタを隠す。噴出を止めたあたしは両手で消火器を大きく振りかぶると的も見えないまま粉末の霧へと投げた。消火器が霧に紛れて、直後に鈍い音が鳴る。多分、頭に直撃した音ね。
あたしは背を向けて化学室を走り抜ける。
隠れる余裕はない。場所も限られている。すでにカンダタは起き上がっている。限られた選択肢の中から消去法で選ぶ。
あたしは校庭を選んだ。校庭は空の穴の真下になっている。カンダタが鬼に近くなっているのなら、あの光にも何かしらの拒絶反応があるはず。連絡通路の鬼は影らから出ようとしなかった。
それがカンダタにも通用するかはわからない。向かいの棟からきたのなら光は避けずに来たことになる。体調は悪くでも鬼を投げれるみたいだし。
それ以外の選択はない。不安定な選択だけど、これで行くしかない。
化学室を走り去った時にはカンダタは立ち上がる。
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