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1章 神様が作った実験場
空の穴 3
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2人は民家からその場を去る。目的地はすぐそこだ。
見知った場所ではあるけれど、電車で通うあたしはこのあたりを歩く数は少ない。カンダタよりも土地勘が働くからあたしが先導しているけれど、世紀末のような背景はあたしを惑わすのには充分だった。ありがたいのは空の穴が天空に大きく居座っていて、目印を見失わずにいることね。
空の穴は出発時の時と比べて大分近くなって、地獄に降る神の光は嫌になるほど眩しくなった。
カンダタが言っていたわね。あそこには仏がいるって。
神や仏を信仰したりしない。でも、確かにそう思えてくるほど、神々しく禍々しい。光の眩しさは人工物にしては太陽に近く、自然と例えるには温度がない。
あたしたちはその真下に行くというのだから気が滅入りそう。
カンダタも同じ心情みたいで、彼は眉をひそめ、首は下向きになっていた。そう言った憂いを晴らしたいのかカンダタはまた会話を振ってくる。
「寺じゃなくて学校よ」
カンダタは現世に興味があるらしくあたしが空の穴は学校方面にあると伝えたら「学校」についてしつこく聞いてきた。そのせいか、彼の言葉は出会った時に比べて流暢になっていた。
「学び舎、だろ?」
「あんたが生きてた時代とは違うのよ。子供は学ぶのが義務になっているし、基礎知識は寺じゃなく学校で教わるの」
「何を、学ぶんだ?」
「色々よ。現国とか生物とか。学びきれない程、たくさんよ」
「女も、通うのか」
「そうよ。時代が変わると立場も変わるのよ。あんただってセクハラ発言で炎上するんだから」
現代の専門用語に理解不能な言葉の並び。カンダタは自身の「わからない」部分を聞きだし、それをひとつひとつあたしに聞く
そんな面倒事、わざわざ付き合う義理もない。あたしは正しい道を探すのに忙しい。だから、無理にでも会話を止めたくて話を切りあげようとした。そこであたしの脚は止まった。
口も脚も止まったあたしにカンダタとハクは怪訝に思い、あたしの表情を伺う。
あたしの停止は単純なものだった、住宅が並ぶ細い道、L字の角に立つミラー。これを見たのは二度目になる。つまり、迷ってしまった。
「しつこく聞くからから迷ったじゃない」
「全部が俺のせいじゃない。俺が質問しなくても、迷っていた」
「なら、無駄話しないで手伝って」
「手伝う、て?」
あたしは身近な住宅を目線で示して、カンダタはその先が住宅の屋根だと理解する。
「登れ、と」
「近くなのは確かよ。その道順を見つければいい。簡単でしょ?」
「そうだ、な。自分じゃできないものを思いつく」
「あなたにはない発想力でしょ」
あたしが示した住宅は白い壁と赤い煉瓦の三角屋根の可愛らしい家だった。でも、白雲の色をした外装も銀朱の煉瓦も変色、汚損だらけの廃れた家になっている。
カンダタは玄関口に立つと跳ねて軒先に手をかける。2本の腕だけで軽々と自身の体重を持ち上げると2階の屋根まで30秒も経たずに登ってしまう。
容易で軽やかな身のこなしに珍しくも感心していた。
「猿みたいな技巧ね。泥棒の名残り?」
「想像に、任せる」
それだけ言うと2階屋根の絶景とは程遠い荒れた街並みを一望して目印となるものを探す。
「川と梯子の橋と」
梯子の橋?あぁ線路のことね。
川と線路なら見覚える。あたしが車窓で眺める日常風景ね。
「どこの方向?」
カンダタはひとつの方角を指差してその道順を簡素に伝える。あたしはできるだけ声を行こうと近づく。ベランダの窓の横に立つ。不器用な説明は簡素とは言い難く、彼の独特な言い回しを翻訳するのにそれなりの労力が伴った。
「ミラー」を「渋柿色の棒立て」と言うし、「ガードレール」を「白い片脚のムカデ」と例える。そのせいであたしの脳と耳はカンダタの言葉に集中していた。
見知った場所ではあるけれど、電車で通うあたしはこのあたりを歩く数は少ない。カンダタよりも土地勘が働くからあたしが先導しているけれど、世紀末のような背景はあたしを惑わすのには充分だった。ありがたいのは空の穴が天空に大きく居座っていて、目印を見失わずにいることね。
空の穴は出発時の時と比べて大分近くなって、地獄に降る神の光は嫌になるほど眩しくなった。
カンダタが言っていたわね。あそこには仏がいるって。
神や仏を信仰したりしない。でも、確かにそう思えてくるほど、神々しく禍々しい。光の眩しさは人工物にしては太陽に近く、自然と例えるには温度がない。
あたしたちはその真下に行くというのだから気が滅入りそう。
カンダタも同じ心情みたいで、彼は眉をひそめ、首は下向きになっていた。そう言った憂いを晴らしたいのかカンダタはまた会話を振ってくる。
「寺じゃなくて学校よ」
カンダタは現世に興味があるらしくあたしが空の穴は学校方面にあると伝えたら「学校」についてしつこく聞いてきた。そのせいか、彼の言葉は出会った時に比べて流暢になっていた。
「学び舎、だろ?」
「あんたが生きてた時代とは違うのよ。子供は学ぶのが義務になっているし、基礎知識は寺じゃなく学校で教わるの」
「何を、学ぶんだ?」
「色々よ。現国とか生物とか。学びきれない程、たくさんよ」
「女も、通うのか」
「そうよ。時代が変わると立場も変わるのよ。あんただってセクハラ発言で炎上するんだから」
現代の専門用語に理解不能な言葉の並び。カンダタは自身の「わからない」部分を聞きだし、それをひとつひとつあたしに聞く
そんな面倒事、わざわざ付き合う義理もない。あたしは正しい道を探すのに忙しい。だから、無理にでも会話を止めたくて話を切りあげようとした。そこであたしの脚は止まった。
口も脚も止まったあたしにカンダタとハクは怪訝に思い、あたしの表情を伺う。
あたしの停止は単純なものだった、住宅が並ぶ細い道、L字の角に立つミラー。これを見たのは二度目になる。つまり、迷ってしまった。
「しつこく聞くからから迷ったじゃない」
「全部が俺のせいじゃない。俺が質問しなくても、迷っていた」
「なら、無駄話しないで手伝って」
「手伝う、て?」
あたしは身近な住宅を目線で示して、カンダタはその先が住宅の屋根だと理解する。
「登れ、と」
「近くなのは確かよ。その道順を見つければいい。簡単でしょ?」
「そうだ、な。自分じゃできないものを思いつく」
「あなたにはない発想力でしょ」
あたしが示した住宅は白い壁と赤い煉瓦の三角屋根の可愛らしい家だった。でも、白雲の色をした外装も銀朱の煉瓦も変色、汚損だらけの廃れた家になっている。
カンダタは玄関口に立つと跳ねて軒先に手をかける。2本の腕だけで軽々と自身の体重を持ち上げると2階の屋根まで30秒も経たずに登ってしまう。
容易で軽やかな身のこなしに珍しくも感心していた。
「猿みたいな技巧ね。泥棒の名残り?」
「想像に、任せる」
それだけ言うと2階屋根の絶景とは程遠い荒れた街並みを一望して目印となるものを探す。
「川と梯子の橋と」
梯子の橋?あぁ線路のことね。
川と線路なら見覚える。あたしが車窓で眺める日常風景ね。
「どこの方向?」
カンダタはひとつの方角を指差してその道順を簡素に伝える。あたしはできるだけ声を行こうと近づく。ベランダの窓の横に立つ。不器用な説明は簡素とは言い難く、彼の独特な言い回しを翻訳するのにそれなりの労力が伴った。
「ミラー」を「渋柿色の棒立て」と言うし、「ガードレール」を「白い片脚のムカデ」と例える。そのせいであたしの脳と耳はカンダタの言葉に集中していた。
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