26 / 618
1章 神様が作った実験場
ずれ 2
しおりを挟む
そんな中、不意に瑠璃が足を止め空を見上げる。
数が少ないとは言え鬼は出るのだ。なるべく立ち止まらないでほしい。それでなくとも歩調は瑠璃に合わせていつもより遅いのだ。
「蝶がいたの。黒い蝶」
不満なのがカンダタの顔つきでわかったのだろう。瑠璃が空を差して言うが、その空に蝶はいなかった。
「地獄っておかしなものばかりね。文字は反転しているし、おかしな人間もいる」
冷やかすような目線がカンダタを捉えた。目線の意図は読めないが、馬鹿にされているのがわかる。
カンダタは眉間に皺を寄せた。何度もお手間ないで早く来るよう促す。
「早く行きましょ」
詫びもない態度。大きな息が口から流れた。無意識に出たものだった。
「言葉よりも多弁な溜息ね」
小言にも皮肉にも捉えられる台詞にカンダタはまた溜息をついた。今度は何も言わなかった。
車の隙間を進んでいくとまた瑠璃が立ち止まる。
「ハク?どうしたの?」
カンダタが振り向けば瑠璃がこちらに目線を向けず、何もないところを見ていた。虚空を見つめているわけでもなく、焦点は1つを捉えているようだった。
「ハク?」
それは誰かを呼ぶ声だった。
「そんなに騒がないで。何よ、文句あるの?」
彼女の目線を打ってみるもやはり何もない。会話をしているのか、それとも大きな独り言だろうか。
「そこで吠えてればいいわ。あたしは行くから」
声が出ないのだが、それ以前に言葉が見つからない。歩き出した瑠璃を困惑した表情で凝視していた。
「何してるの?急ぐんでしょ」
それはカンダタに向けられた言葉だった。こちらに目線を向けているので間違いない。口調が速くなっているのは苛立っているからだろう。カンダタにはその原因すら見えず、唖然とするしかなかった。
「何よ」
疑わしい目つきをしていたからだろう。瑠璃は文句あり気に言ってきた。
「何もないなら行くわよ。急いでるんでしょ」
苛立ち、カンダタを越していく。困惑がありつつも道のわからない瑠璃の為に彼女が背負うように歩き出す。
それも束の間で瑠璃はまたが立ち止まり、また宙を見る。
「今度は何?」
先程よりも荒げた口調だ。突然立ち止まり、知らないうちに不機嫌になっている。
瑠璃はこちらに背を向け、苛立ちを隠さずに宙に向けて話しかけている。
カンダタは当惑したまま彼女の背中を見守る。
すると、突然にして瑠璃が尻餅をついた。突風吹いたわけでもない。立ち止まっていたのだ。どうやって転倒したのかわからない。
後方に倒れる瑠璃の揺れる金髪を掠めていったのは黒光りする鋭い風だった。その風は車の影に隠れており、今か今かと鉤爪を尖らせ待っていた。
風の正体が鬼だと理解するまで数秒かかった。それほど鬼には速かった。たまたま倒れていなければ今頃彼女の頭はなかっただろう。
獲物を逃した鬼は巨大な鉄の箱の上に着地すると悔しそうに声を荒らげ瑠璃を睨んだ。
カンダタは瑠璃から鬼へと視線を移す。頭に浮かぶ選択は逃避しかなかった。瑠璃という丁度いい餌もある。神田だけなら逃げ切れる自信もあった。
彼女は恐怖のせいか尻餅をついたまま立ち上がろうとしない。鬼が箱から跳ぶ。同時にカンダタも動いた。
もう一度瑠璃を狙って跳んだ鬼の横腹に目掛け、カンダタは肩をぶつけた。体当たりによって鬼はあらぬ方向へ転がり、その間にカンダタは瑠璃の襟首を引っ張り上げた。
襟首を掴まれるまで呆然としていた瑠璃は無理に立ち上がる。本能が動いたのだろう。足に力が入り、腕を大きく振るい、走り出した。
瑠璃はカンダタの先を行っている。道がわからないはずなのに彼女の足は目的地をを知っているように迷いがなかった。
「ハク!どこ行くの?」
叫んでいたが、カンダタにはよく聞こえなかった。カンダタが意識していたのは迫ってくる鬼であった。
1体であったはずの鬼が3体に増えている。物陰に隠れていた鬼たちが出てきたのだろう。
高速道路の分岐点を降り、背の低い車から道路を隔てる塀をよじ登り、そこから跳ぶように落ちた。
カンダタも迷いなく、飛び落ちる。その先にはトラックがあり、荷台には天幕が張っていた。なので、それなりに高さのある所から落ちたとしても怪我の心配はなかった。
しかし、瑠璃がそれを知っていたかのように飛び落ちたのが疑問だった。右も左もわからないはずだ。
荷台に着地した瑠璃は天幕の中に入る。これもカンダタが長年培って得た鬼をやり過ごす術だった。
鬼は下に降りようとせず、塀の上から嗅ぎ、臭いでカンダタたちを探す。天幕に隠れた2人を見つけることが出来ず、やがて諦めてその場を離れた。
「白い隣人が教えてくれたのよ」
なぜ知っていたのか。不審な目をしていたのだろう。瑠璃は詳しく説明せずそれだけ言った。
数が少ないとは言え鬼は出るのだ。なるべく立ち止まらないでほしい。それでなくとも歩調は瑠璃に合わせていつもより遅いのだ。
「蝶がいたの。黒い蝶」
不満なのがカンダタの顔つきでわかったのだろう。瑠璃が空を差して言うが、その空に蝶はいなかった。
「地獄っておかしなものばかりね。文字は反転しているし、おかしな人間もいる」
冷やかすような目線がカンダタを捉えた。目線の意図は読めないが、馬鹿にされているのがわかる。
カンダタは眉間に皺を寄せた。何度もお手間ないで早く来るよう促す。
「早く行きましょ」
詫びもない態度。大きな息が口から流れた。無意識に出たものだった。
「言葉よりも多弁な溜息ね」
小言にも皮肉にも捉えられる台詞にカンダタはまた溜息をついた。今度は何も言わなかった。
車の隙間を進んでいくとまた瑠璃が立ち止まる。
「ハク?どうしたの?」
カンダタが振り向けば瑠璃がこちらに目線を向けず、何もないところを見ていた。虚空を見つめているわけでもなく、焦点は1つを捉えているようだった。
「ハク?」
それは誰かを呼ぶ声だった。
「そんなに騒がないで。何よ、文句あるの?」
彼女の目線を打ってみるもやはり何もない。会話をしているのか、それとも大きな独り言だろうか。
「そこで吠えてればいいわ。あたしは行くから」
声が出ないのだが、それ以前に言葉が見つからない。歩き出した瑠璃を困惑した表情で凝視していた。
「何してるの?急ぐんでしょ」
それはカンダタに向けられた言葉だった。こちらに目線を向けているので間違いない。口調が速くなっているのは苛立っているからだろう。カンダタにはその原因すら見えず、唖然とするしかなかった。
「何よ」
疑わしい目つきをしていたからだろう。瑠璃は文句あり気に言ってきた。
「何もないなら行くわよ。急いでるんでしょ」
苛立ち、カンダタを越していく。困惑がありつつも道のわからない瑠璃の為に彼女が背負うように歩き出す。
それも束の間で瑠璃はまたが立ち止まり、また宙を見る。
「今度は何?」
先程よりも荒げた口調だ。突然立ち止まり、知らないうちに不機嫌になっている。
瑠璃はこちらに背を向け、苛立ちを隠さずに宙に向けて話しかけている。
カンダタは当惑したまま彼女の背中を見守る。
すると、突然にして瑠璃が尻餅をついた。突風吹いたわけでもない。立ち止まっていたのだ。どうやって転倒したのかわからない。
後方に倒れる瑠璃の揺れる金髪を掠めていったのは黒光りする鋭い風だった。その風は車の影に隠れており、今か今かと鉤爪を尖らせ待っていた。
風の正体が鬼だと理解するまで数秒かかった。それほど鬼には速かった。たまたま倒れていなければ今頃彼女の頭はなかっただろう。
獲物を逃した鬼は巨大な鉄の箱の上に着地すると悔しそうに声を荒らげ瑠璃を睨んだ。
カンダタは瑠璃から鬼へと視線を移す。頭に浮かぶ選択は逃避しかなかった。瑠璃という丁度いい餌もある。神田だけなら逃げ切れる自信もあった。
彼女は恐怖のせいか尻餅をついたまま立ち上がろうとしない。鬼が箱から跳ぶ。同時にカンダタも動いた。
もう一度瑠璃を狙って跳んだ鬼の横腹に目掛け、カンダタは肩をぶつけた。体当たりによって鬼はあらぬ方向へ転がり、その間にカンダタは瑠璃の襟首を引っ張り上げた。
襟首を掴まれるまで呆然としていた瑠璃は無理に立ち上がる。本能が動いたのだろう。足に力が入り、腕を大きく振るい、走り出した。
瑠璃はカンダタの先を行っている。道がわからないはずなのに彼女の足は目的地をを知っているように迷いがなかった。
「ハク!どこ行くの?」
叫んでいたが、カンダタにはよく聞こえなかった。カンダタが意識していたのは迫ってくる鬼であった。
1体であったはずの鬼が3体に増えている。物陰に隠れていた鬼たちが出てきたのだろう。
高速道路の分岐点を降り、背の低い車から道路を隔てる塀をよじ登り、そこから跳ぶように落ちた。
カンダタも迷いなく、飛び落ちる。その先にはトラックがあり、荷台には天幕が張っていた。なので、それなりに高さのある所から落ちたとしても怪我の心配はなかった。
しかし、瑠璃がそれを知っていたかのように飛び落ちたのが疑問だった。右も左もわからないはずだ。
荷台に着地した瑠璃は天幕の中に入る。これもカンダタが長年培って得た鬼をやり過ごす術だった。
鬼は下に降りようとせず、塀の上から嗅ぎ、臭いでカンダタたちを探す。天幕に隠れた2人を見つけることが出来ず、やがて諦めてその場を離れた。
「白い隣人が教えてくれたのよ」
なぜ知っていたのか。不審な目をしていたのだろう。瑠璃は詳しく説明せずそれだけ言った。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
律と欲望の夜
冷泉 伽夜
大衆娯楽
アフターなし。枕なし。顔出しなしのナンバーワンホスト、律。
有名だが謎の多いホストの正体は、デリヘル会社の社長だった。
それは女性を喜ばせる天使か、女性をこき使う悪魔か――。
確かなことは
二足のわらじで、どんな人間も受け入れている、ということだ。
ハーフ&ハーフ
黒蝶
恋愛
ある雨の日、野崎七海が助けたのは中津木葉という男。
そんな木葉から告げられたのは、哀しい事実。
「僕には関わらない方がいいよ。...半分とはいえ、人間じゃないから」
...それから2ヶ月、ふたりは恋人として生きていく選択をしていた。
これは、極々普通?な少女と人間とヴァンパイアのハーフである少年の物語。

第3次パワフル転生野球大戦ACE
青空顎門
ファンタジー
宇宙の崩壊と共に、別宇宙の神々によって魂の選別(ドラフト)が行われた。
野球ゲームの育成モードで遊ぶことしか趣味がなかった底辺労働者の男は、野球によって世界の覇権が決定される宇宙へと記憶を保ったまま転生させられる。
その宇宙の神は、自分の趣味を優先して伝説的大リーガーの魂をかき集めた後で、国家間のバランスが完全崩壊する未来しかないことに気づいて焦っていた。野球狂いのその神は、世界の均衡を保つため、ステータスのマニュアル操作などの特典を主人公に与えて送り出したのだが……。
果たして運動不足の野球ゲーマーは、マニュアル育成の力で世界最強のベースボールチームに打ち勝つことができるのか!?
※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる