糸と蜘蛛

犬若丸

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1章 神様が作った実験場

邂逅するまで 6

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 金色の蓮が咲く大池の真ん中に朱色の城が建っていた。様式は寝殿造りで西対にしのつい東対ひがしのつい北対きたのつい、中央の寝殿と4つの建築物で成り立っている。
 彼女は北対を繋ぐ回廊を駆け足で渡って奥へと入る。緊急事態であった。早く上司に知らせなければならない。
 彼女の背には黒い翼があったが、急いでいてもこれは使い物にならない。小さくて飛べないのだ。
 北対の奥へと行くと障子を開けて布団に丸まった上司を叩き起こす。
 「天鳥あとり、わかるだろう。連日で徹夜だったんだ。寝かせてくれ」
 布団に入ったまま機嫌悪そうに答える。しかし、寝ている場合ではなかった。
 「それどこではないんです、わたりさん。糸と鋏がみつかりました」
 天鳥の緊迫した声と「糸と鋏」のワード。弥の目は一瞬にして覚めた。身体を起こした弥に天鳥はタブレットを差し出す。片腕のない弥はタブレットを膝上に置いて画面を操作する。
 ディスプレイには一通のメール。添付画像には長年探し続けていたものが映っていた。
 「一人か?」
 「結合型かと思われます。それよりも差出人が蝶男なんです」
 まさか。半信半疑で上記のメールを確認してみると蝶男と記されている。これが示す人物はあの男しかいない。
 「あいつ、どういうつもりだ。我々に情報を提供しても得はしないはず」
 むしろ不利になる。
 「回収はしたのか」
 思考を巡らせながら天鳥の話を聞く。
 「メールが来てすぐに部下を送りました。情報が事実だった場合、回収させるよう指示を出したのですが」
 「失敗したのか」
 「ついさっき報告がありました。情報で事実であったこと、そして糸と鋏が生きたまま地獄へ落ちたと」
 「なんだと?」
 「その時、黒蝶を目撃したそうです」
 ますますわからない。あの男の思考が読めない。自分に不利になる情報を渡して、喉から手が出るほどの宝を地獄に落とす。それに何の意図がある?
 「どこに落ちた?」
 「第4です」
 「厄介なところに落ちたな」
 第4は同じ世界線を重ねて作ったものだ。人の数だけ世界が存在する。そのどこかに落ちたとしたら砂場から一粒の砂金を見つけ出すようなもの。
 「光弥こうやさんの指示のもと、糸と鋏を探しています」
 「そうか。あいつにはどこまで伝えた」
 「糸と鋏が地獄に落ちた、と。蝶男のことは話していません」
 「わかった。あいつには悟られるな。後々面倒だ」
 「承知しております」
 弥は仮眠室から出て、天鳥にあれこれと指示を出す。しかし、2人は知らなかった。
 室内の片隅に物陰に隠れていた子狐型のアンドロイド。見た目がぬいぐるみのような可愛らしいロボットの耳は2人の会話を聞き取り、その音声情報は主人が装着したイヤホンに送られていた。
  2人がそこから去ったと判断した光弥はスマホで子狐に戻るよう命令する。
 「光弥さん、こちらの確認終わりました」
 熊の頭をした男に名前を呼ばれ、青年は次の指示を出しながらタブレットに映し出された報告書を読む。
 「よりによって第4か。第2や7にしてくれれば楽だったのに」
 予期していなかった事態に光弥は思わず部下に愚痴を溢す。それに対して部下たちは愛想笑いでしか返せなかった。
 「親父も隠し事があるみたいだし」
 「隠し事とは?」
 つい、口が滑ってしまった。光弥の悪い癖だ。彼は口が軽かった。
 「忘れてくれ」
 タブレットを返して部下を下がらせる。光弥の発言をきにしてはいたが、その言葉通り光弥の発言を忘れて仕事に戻る。
 天鳥の地位というのは光弥より下にくる。光弥が指示を出せば天鳥はそれに逆らえない。しかし、彼女は父の忠実なしもべだ。だからこそ、報告の内容には疑惑があった。
 親父と何かしらの内緒話をするだろうと踏んだ光弥は子狐に尾行するよう指示を出していた。光弥の予見は当たって、親父は「教えるな」とはっきりと言っていた。その一つが“蝶男”だ。
 “蝶”思い浮かぶのは第4の地下にあるものだ。けど、あれは“曲輪蝶くるわちょう”という名称であり、女の誘惑と恨みで作られている。“蝶男”とは呼ばないだろう。
 「もしかして、俺が作られる前のことか?」
 ぽつりと呟いて自分なりに整理する。
 “現世” “地獄”それらを管理・観測する光弥たちが”総轄者”ここまでは常識だ。そこに非常事態が加わる。“糸と針” “生きたまま第4に落ちる”これらはイレギュラーで解決しなければならない問題だ。そして不明のワード“蝶男”
 これらのワードの中心に“蝶男”がいる。なのに、親父はそれを隠す。考えても欠けた事実は見つけられない。今は“生きたまま第4に落ちる”これを解決しなければならない。
 「こんな時に落ちるなよ。よりによって第4に」
 先程と同じように愚痴を言ってその後に付け加える。
 「あーあ、自分から昇ってこないかなぁ」
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