糸と蜘蛛

犬若丸

文字の大きさ
上 下
515 / 574
5章 恋焦がれ巡る地獄旅行

欲しいもの 2

しおりを挟む
 身体を投げるように行ったから赤い水面の上に倒れた。服の顔も髪も赤い液体で汚され、妙に粘り気のある感触が気持ち悪い。
 そんなものに気を取られる暇はないと自分に一喝して立ち上がろうとした。その前にハクがあたしの腕を取り、引き摺る。
 スライドしていく視界の端でケイの姿が鏡に映っていた。
 肩に清音を乗せていない。だから両手で柄を握り、構えることができる。
 そのポーズのままケイはあたしへと飛び降りようとして、ハクはそれを避けようとあたしを引っ張った。
 ケイが鏡を抜けて刀を振り下ろす。
 刀の切っ先があたしの頬に赤い線を引いて、熱くほとばしった衝撃が全身を襲った。
 ハクは壁際まで寄せて、あたしに向かって吠える。
 何をそんなに吠えているのかよくわかっていなかった。全身が熱く、近くにいるハクの声さえ遠い。
 わけのわからない熱であたしは立ち上がれずにいた。
 静かに佇むケイの脚が見える。あれだけの雄叫びをあげておきながら、彼の怒りは一振りで済んだの?
 違和感を覚えつつもなんとか立とうとする。2本の足を立たせないと逃げられない。
 胴体を起き上がらせようと両手を床につく。
 べしゃりとあたしの身体は赤い水面に落ちた。
 おかしい。あたしは起き上がろうとしたのにまた床に落ちた。
 何がおかしい?そうか、腕がおかしいのね。左側の動きがおかしいのね。
 視線を変えて身体に向ける。
 違和感のある左腕は繋がっていなかった。
 上腕から指先までが欠損している。鈍い思考は更に混乱して、失くしたスマホを探す感覚で自身の腕を探す。
 左腕はケイの足元にあった。取り戻そうと右腕を伸ばす。
 その行動をハクが阻止して、包むように抱き寄せる。
 腕を取り戻さないと。片腕だけじゃ不便だわ。
 鈍色の刀には血痕が残っていて、切断されたばかりの腕からは生暖かい湯気が立っている。
 ケイは刀を振って刃に残った血痕を落とす。
 腕一本で怒りは収まらない。
 刀を構える。背後にある鏡から手が伸びて、柄を握るケイの手に添える。鏡から清音が現れた。
 折れている腕は力ずくで向きを直したらしく、右腕はだらりとぶら下がっていた。
 清音はケイの怒りを片手だけでコントロールして、彼を一歩退かせる。そして、折れてるはずの腕であたしの右腕を拾った。
 恐らく、清音の中を犯す黒蝶が折れた腕を無理に動かしているのだろう。魂を侵食する黒蝶は五感さえも通わせてるみたい。
 清音はあたしの左腕を胸に抱えると私の指と自分の指を絡ませてほくそ笑む。
「ずっとこれが欲しかった。あとひとつ」
 恋人繋ぎで握る清音は冷たい手の甲に頬を擦り寄せる。
「もういいよ、ケイ」
 それを待っていたケイは刀を構え、あたしに近づく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

処理中です...