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5章 恋焦がれ巡る地獄旅行
逃走の果て 5
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凍った大理石と潰れそうになる肩に身体が小刻みに震える。なのに、負けず嫌いな魂は頑なに清音を睨む。
「気に入らないなぁ。そんなんだから友達もできないんだよ」
呻きの痛がりもしないあたしに清音は早々に飽きて、足を退ける。重みがなくなり軽くなった。
「ケイは、どうやって、騙したの?」
肩の負担がなくなった途端、あたしは聞いてみる。残響として引きずる痛みを誤魔化す為でもある。
「私の質問に答えないでそっちの質問に答えろって?図々しくない?よく強気でいられるね?」
いじめっ子女子が言いそうな台詞を聞き流して、いつでも逃げれるよう立ち上がる。
「動くな」
あたしの動作は蝶男の声色でピタリと止まる。そのせいで中腰になってしまった。
清音の中身は入れ替わり、再び蝶男と対峙する。
「質問して良いのは僕だ。動かしていいのも僕だ」
蝶男の言葉は全てを拒絶し、それでいて他者を従わせようとする身勝手さがあった。
中腰で止まっていた瑠璃は背筋を伸ばす。
その様子懐かしむように目を細めた。
「君たちにはいつも頭を悩ませるよ」
どこか疲弊した蝶男のため息をこぼした後、再び笑顔とり纏う。
「どうしたら伝わるのかな。こうすればいいのかな」
蝶男は赤目の子の上を鷲掴みにすると膝で顔を打った。青痣の上に更に大きな打撃を加えられ、赤眼の子は床に転がった。
清音の力強さはこの身で充分に味わった。打たれた痛みは十分に伝わる。
なのに、赤目の子は痛みなんてないかのように無抵抗に転がった。
蝶男は追い打ちをかけて腹部に2回、一点を狙って蹴る。それでも少年は呻き声すら上げない。
満足するまで痛め付ければ、赤眼の子の頭に足を乗せ、ぐりぐりと冷たい床に押し付け、あたしに見せつける。
ハクはじっと動かず、それでいて蝶男によって行われた惨虐に怒りを募らせた。
「もっとひどいことだってできるんだからもう動かないでね」
蝶男はいなくなり、清音の口調に戻る。
「聞いたことに答えればいいんだよ?1つしか聞いてないんだよ?」
あたしは沈黙し、清音を睨む。
「やっぱり痛がってくれないと効果ないかぁ。あんたも聴力してよ、役立たず」
赤眼の子にそう言って、何度も頭を踏みつける。ままならない現状に地団駄を踏んでいるみたいだった。
抵抗も立ちあがろうともしないから赤眼の子はボロ雑巾みたく清音からの八つ当たりを受けていた。
朱色の瞳は死んだ魚の目になって、生気の欠片もない。
「演技でも良いから痛がりなさいよ。また画鋲飲まされたいの?10本でも100本でも飲ませてあげるよ。死んだ相手なら誰も文句は言わないし」
笑って許せる。そんな彼女の言い分にハクの堪忍袋の緒が切れた。
焦らしに焦らされた憎悪を爆発させようと牙を引き出す。
その牙が清音に届く前にあたしはハクの前に立ちはだかり、背を向ける。
急ブレーキをかけたハクは責め立てるように吠える。
耳が痛くなるほどの金切り声を聞きながら清音と向かい合い、睨む。清音の足元ではボロ雑巾になった赤眼の子がこちらを見つめる。
「死人みたいな目をしちゃって」
小さく呟いたあたしの言葉はハクにしか聞こえなかった。
清音は首を傾げて次に続く言葉を待つ。
「死んでいたいならそこで死んでればいい。誰も助けてくれないかなら見切りをつけて生きること放棄して死んでもいい」
清音にも聞こえる声量で話しかける。あたしの行為に吠えて責めたハクも黙った。
「けれど、価値観は放棄したら駄目なのよ。それだけは他人に委ねたらいけない。押しつけられる他人の価値観に抗って抗って、死ぬもの狂いで抗って、魂が擦り削れても抗って。見切りをつけて死ぬならそれからにして」
「は?さむいんだけど」
長々としたあたしの言葉を清音は一掃する。清音に拒絶されてもよかった。あたしは彼女と会話していないから。
「清音にはわからないわよ。あなたは親に恵まれてるから」
「何それ」
清音の顔が歪む。
かと思ったら、歪んだ表情は一瞬で消える。
「時間切れかな」
そう言うと清音は自身の前髪を鷲掴みにすると一気に引き抜いた。一束だけでは足りず、ブチブチと髪を毟っていく。部分的なハゲがいくつも作らる。更に長い爪で掻き回した。清音の爪は肌を抉られそこから血が流れる。
突然始まった自傷行為。あたしは呆気にとられ、その行為をただ見ていた。
毟った頭と顔のひっかき傷。最後にと清音は自身の片腕を軽く捻る。重く、骨が折れる音がした。
それでも清音の表情は崩れない。これまでの自傷行為は事務作業のように淡々としていて、痛覚を失っているみたい。
恐ろしくなったのは腕が折れたのにもかかわらず、清音が微笑んだから。
「気に入らないなぁ。そんなんだから友達もできないんだよ」
呻きの痛がりもしないあたしに清音は早々に飽きて、足を退ける。重みがなくなり軽くなった。
「ケイは、どうやって、騙したの?」
肩の負担がなくなった途端、あたしは聞いてみる。残響として引きずる痛みを誤魔化す為でもある。
「私の質問に答えないでそっちの質問に答えろって?図々しくない?よく強気でいられるね?」
いじめっ子女子が言いそうな台詞を聞き流して、いつでも逃げれるよう立ち上がる。
「動くな」
あたしの動作は蝶男の声色でピタリと止まる。そのせいで中腰になってしまった。
清音の中身は入れ替わり、再び蝶男と対峙する。
「質問して良いのは僕だ。動かしていいのも僕だ」
蝶男の言葉は全てを拒絶し、それでいて他者を従わせようとする身勝手さがあった。
中腰で止まっていた瑠璃は背筋を伸ばす。
その様子懐かしむように目を細めた。
「君たちにはいつも頭を悩ませるよ」
どこか疲弊した蝶男のため息をこぼした後、再び笑顔とり纏う。
「どうしたら伝わるのかな。こうすればいいのかな」
蝶男は赤目の子の上を鷲掴みにすると膝で顔を打った。青痣の上に更に大きな打撃を加えられ、赤眼の子は床に転がった。
清音の力強さはこの身で充分に味わった。打たれた痛みは十分に伝わる。
なのに、赤目の子は痛みなんてないかのように無抵抗に転がった。
蝶男は追い打ちをかけて腹部に2回、一点を狙って蹴る。それでも少年は呻き声すら上げない。
満足するまで痛め付ければ、赤眼の子の頭に足を乗せ、ぐりぐりと冷たい床に押し付け、あたしに見せつける。
ハクはじっと動かず、それでいて蝶男によって行われた惨虐に怒りを募らせた。
「もっとひどいことだってできるんだからもう動かないでね」
蝶男はいなくなり、清音の口調に戻る。
「聞いたことに答えればいいんだよ?1つしか聞いてないんだよ?」
あたしは沈黙し、清音を睨む。
「やっぱり痛がってくれないと効果ないかぁ。あんたも聴力してよ、役立たず」
赤眼の子にそう言って、何度も頭を踏みつける。ままならない現状に地団駄を踏んでいるみたいだった。
抵抗も立ちあがろうともしないから赤眼の子はボロ雑巾みたく清音からの八つ当たりを受けていた。
朱色の瞳は死んだ魚の目になって、生気の欠片もない。
「演技でも良いから痛がりなさいよ。また画鋲飲まされたいの?10本でも100本でも飲ませてあげるよ。死んだ相手なら誰も文句は言わないし」
笑って許せる。そんな彼女の言い分にハクの堪忍袋の緒が切れた。
焦らしに焦らされた憎悪を爆発させようと牙を引き出す。
その牙が清音に届く前にあたしはハクの前に立ちはだかり、背を向ける。
急ブレーキをかけたハクは責め立てるように吠える。
耳が痛くなるほどの金切り声を聞きながら清音と向かい合い、睨む。清音の足元ではボロ雑巾になった赤眼の子がこちらを見つめる。
「死人みたいな目をしちゃって」
小さく呟いたあたしの言葉はハクにしか聞こえなかった。
清音は首を傾げて次に続く言葉を待つ。
「死んでいたいならそこで死んでればいい。誰も助けてくれないかなら見切りをつけて生きること放棄して死んでもいい」
清音にも聞こえる声量で話しかける。あたしの行為に吠えて責めたハクも黙った。
「けれど、価値観は放棄したら駄目なのよ。それだけは他人に委ねたらいけない。押しつけられる他人の価値観に抗って抗って、死ぬもの狂いで抗って、魂が擦り削れても抗って。見切りをつけて死ぬならそれからにして」
「は?さむいんだけど」
長々としたあたしの言葉を清音は一掃する。清音に拒絶されてもよかった。あたしは彼女と会話していないから。
「清音にはわからないわよ。あなたは親に恵まれてるから」
「何それ」
清音の顔が歪む。
かと思ったら、歪んだ表情は一瞬で消える。
「時間切れかな」
そう言うと清音は自身の前髪を鷲掴みにすると一気に引き抜いた。一束だけでは足りず、ブチブチと髪を毟っていく。部分的なハゲがいくつも作らる。更に長い爪で掻き回した。清音の爪は肌を抉られそこから血が流れる。
突然始まった自傷行為。あたしは呆気にとられ、その行為をただ見ていた。
毟った頭と顔のひっかき傷。最後にと清音は自身の片腕を軽く捻る。重く、骨が折れる音がした。
それでも清音の表情は崩れない。これまでの自傷行為は事務作業のように淡々としていて、痛覚を失っているみたい。
恐ろしくなったのは腕が折れたのにもかかわらず、清音が微笑んだから。
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