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5章 恋焦がれ巡る地獄旅行
永久凍土都市 10
しおりを挟むカンダタの隣では三角コーンを被った男性が「すまないすまない」と嗚咽混じりの謝罪を述べている。彼の手は止まっていた。
鉄夫人の目線を感じる。黒い画面越しで夫人を見遣れば、こちらを見ている。正確にはカンダタではなく隣の男を見ていた。
鉄夫人が手を伸ばす。黒い画面に反射し、映る手は無慈悲に大きくなっていく。近寄る魔の手は三角コーンの男を捕らえた。たった3本の指だけで男の首を摘みむ。
「待ってくれいやだいやだ」
霜のついた鉄の感触に男の独り言は謝罪から命乞いへと変わった。
カンダタは手を動かしたまま目と耳は男を意識する。鉄夫人が彼を捕えたのはキーボードを打ってなかったからだろう。そういった者がどのような結末を迎えるのか知っておきたい。
鉄夫人は男を引きずりPCから離す。凍ったせいで接着した手は無理矢理引き剥がされ、突起物が並ぶキーボードの上に指の皮が残る。
三角コーンは床に転がり、男は悲鳴を上げながら、鉄夫人のスカートの中へと招き入れられる。
内側が棘だらけのスカートに包まれていく男は狂乱し、ほかの囚人に助けを求める。彼らは聞こえぬふりをして作業を続ける。
悲鳴はスカートが閉じられるまで続き、完全に閉じると止んだ。鉄の隙間から血が滴った。
生暖かい湯気がカンダタの項にかかるも、それはすぐに寒冷の空気が攫っていった。
冷や汗と粟立つ肌に感覚を支配されながらカンダタの目線は転がった三角コーンを捉えていた。
ケイの仮面と三角コーンがあれば瑠璃と清音の分を確保できる。
ケイならば鬼でも鉄夫人にでも逃げ切れる。カンダタも死んだだとしても復活できる。
三角コーンに意識を奪われていたカンダタは手が止まっていた。
自身がそれに気付いたのは鉄夫人に目をつけられ、こちらに魔の手が近づいていた時だった。
しまった、と悪態をついても後の祭りであり、今から手を働かせても意味がない。
冷や汗、粟立つ肌に加え、緊張で心臓が跳ねる。どうするかと悩ませたとしても、キーボードから離せられない。手首を斬りたくても術がない。
つい先程、囚人の結末を目の当たりにしたせいか、生暖かい温度の感触が蘇り、緊張が最高潮に至った。
終わりを告げる温度を掻き消すように響いたのはオフィスに鐘の音。終業の合図だ。そして、全体を揺るがす地震。
それらをきっかけに指先から手首は正常な感覚を取り戻す。
凍っていたはずの手が解凍し、痛みもなくキーボードからするりと離れた。
周りの囚人たちも同じで、鐘の音が鳴ったのと同時にその場から離れていく。
カンダタは その流れに乗れず転倒する。横倒しになった視界で鉄夫人が浮上し、天井へとするりと抜けていくのが見えた。
消えたはずの先を探そうと視線を巡らす。すると、そこになかったはずの姿見が出現していた。
脅威が去った安堵をつく暇もなく、鬼の金切声が耳に届く。カンダタは起き上がり、狙っていた三角コーンを拾い上げる。
「鏡だ!あったぞ!」
カンダタが叫ぶ。そこで待機していた瑠璃たちが駆け出した。
鐘の音が始まった時点で室内は狂騒を生み、脱出口となる姿見に群がる。
清音と瑠璃の退路を作ろうとケイは集って群れる肉の壁を押し倒し、蹴り飛ばす。
瑠璃たちは作られた退路を走る。
カンダタは瑠璃が来るまで身を屈めて待っていたが、順調に向かってきてるので三角コーンを抱えて一歩先に姿見へと向かうことにした。
囚人の合間を掻い潜り、鬼が千切った血肉の欠片が頭上を飛んでいく。
それらに目もくれず、カンダタは姿見を潜る。別のビルから別のビルへと移動した途端、カンダタは胸倉を掴まれ、殴られた。
予想外の攻撃にカンダタは倒れ、硬いコンクリートに後頭部を叩きつけられた。
何が起きたのか理解する前に背中、肩、頭と複数人の足がカンダタを踏み板にして走っていく。骨が軋み、肉が潰され青痣が残る。
姿見を潜ったその先も狂騒が続いていた。
壁紙・絨毯はなく、コンクリートが晒された床壁は時間の流れによって風化され罅が入っている。その上、コンクリートさえも剥がれ、鉄筋がはみ出てるところもあった。
そんな廃墟のビルで人と人とが被り物を得ようとして殴り合っている。
吐息さえも凍らせるような気温だというのにここだけは時と流血の温もりがあり、生臭い湿気が気色悪い。
転がるだけだったカンダタに囚人が馬乗りになって乱雑に襟首を掴む。
「寄越せっ!」
幼さが残る青年はカンダタが抱える三角コーンを狙っていた。
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