糸と蜘蛛

犬若丸

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5章 恋焦がれ巡る地獄旅行

温室栽培 9

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 あたしが歩き出すとすかさず清音がついてくる。平然と歩いている清音を一瞥してから視線を前方に戻す。
 ちょっと躓いても落ちることは無い。頭で理解できても感情までがそれについてでいくとは限らない。
 あたしはある程度、肝が座っているからパイプの上でも歩けるけれど、清音は真逆の性格をしている。
 見下ろせば肉団子に群がる鬼たち。歩くたびに振動するタイプ菅。高さだってそれなりにある。この高さで落ちれば鬼に食われるより先に死ねる。
 なのに、彼女はそういった怯えを見せない。歩行する足も震えていない。
 何か、違和感がある。
 そもそも、この違和感は清音が地獄にいることから始まっている。
 未だにその違和感を解消させる答えを清音からもらっていない。
「そろそろ、あなたがゴミ溜めの地獄にいる理由を知りたいわね」
 聞くのは今しかないとあたしは立ち止まって清音を睨む。
 棘のある態度に清音はたじろいで目線を下ろす。その先には肉団子を貪る鬼たちがいる。
 「それよりも先に行こうよ」
 恐怖からそう言ったかもしれない。だとしても、冷静すぎる。あたしが目覚めた時、パニックになっていたのに。
 質問をはぐらかされた。そんな気がして癪に触る。
「行きたかったらお先にどうぞ。あたしはあなたの後ろを歩くから」
 嫌みたらしく親切に道を譲る。そんなあたしに清音は眉を顰める。
「もしかして怒ってる?私、何かしちゃった?ごめんね?」
「あなたと対峙すれば怒るに決まってるじゃない。元から嫌ってるんだから」
 「なんか、酷いね。こんなにはっきり言われたの初めて」
「あなたがいつもとは違うせいかしらね。人格のイメチェンでもした?」
 あたしは清音を睨み、清音もあたしを見つめ返す。その瞳に佇む深淵があたしを写す。
 見つめ合ったままあたしたちは静寂を作っていた。
 清音は不意に表情を崩して笑い、緊張していた静寂を壊す。
「もう、そんな怖い顔しないでよ。私はただ長話する所じゃないからさ、あとでてもいいって思っただけ」
「今話して」
 あたしの圧に清音は観念して話し始める。
 ガスマスクをつけた謎の男が現れ、意識を失っている間に地獄に連れていかれたことやそこでカンダタたちと出会したこと。そして、鬼があたしと清音をさらってあの調理場まで運ばれたところまで清音は終始笑顔で話した。
「ちゃんと話したよ。早く行こう」
 催促する時でさえ、笑顔だった。
「わかったわ」
 求めていた返答は貰った。けれど、違和感は解消されなかった。それどころかさらに深まって、疑惑に変わっていた。
 あたしは清音に背を向けて、また歩き出す。
 背を見せるには抵抗があるものの、ハクが遮るように間に立ち、常に警戒して清音に目を光らせてくれた。
 首を回してチラリと清音を見る。ハクの後ろで歩く清音は今も笑を浮かべている。
「楽しそうね。地獄だってこと忘れてない?」
 目線を戻して問いかける。
「そうかな?開き直ったのかも。これまでも経験してきたことでしょ。私たちはさ」
「あなたと一括りにされたら堪らないわね」
 これまで清音と同じ思想を抱えて災難をかい潜った記憶がない。あたしも清音も自分の命を優先してきたのだから。
 清音のこの馴れ馴れしさはどこから来てるのよ。
 この疑惑を解こうと思考に耽っていると脳内で電撃が走る。
 あたしは眉を顰めて、頭痛に耐える。
 考え事をしているとこれだ。嫌になるわね。
 頭痛にも弱い波と強い波があって、それが交互にやってくる。
 弱い波は我慢できる。思考の邪魔にもならない。強い波となると余裕がなくなり、それが顔に出る。死体に手を当てて、痛みを和らげようとしてしまうのも仕方がない。
 「辛いの?」
 清音があたしの様子を伺う。
 にまにまと薄っぺらい笑を浮かべているのが声色でわかった。
 彼女から怯えがなくなっている。
「心配されるほどのことでもないわよ」
 適当に返して、頭痛を無視するように歩調を早める。
 踏む足も力強いものになって、空洞のパイプが軋む。
 笑ってばかりの清音に苛立ち、頭痛のせいで考え事もままならない。余裕がなくなっていた。
 錆で軋むパイプは小人の体重でさえ支えられないくらいに老朽化が進んでいるものも中にはあった。
 力強く踏み込んだ足は赤錆のパイプを一瞬で折った。がくん、と視界が下がり、全身にかかる重力に従う。
 ハクは傾くあたしを捕え、後ろへと引っ張り上げた。
 あたしより後ろは丈夫みたいで尻もちをついても折れなかった。
 地をつけた足が一瞬で浮かぶ感覚が残っている。ハクの反応が遅かったら肉団子と同じ結末になっていた。
「ふふっ瑠璃ったら。ふふふ」
 あたしとハクの背後で笑い声がした。
 尻もちをつくあたしを見下ろして清音の目が細める。
 こいつ、誰?
 清音ならここで笑ったりしない。
 ハクは牙を剥きだして、得体の知れない者に敵対心を見せる。それも相手に見えなければ意味がなくて、清音を装うそいつは笑い続ける。
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