474 / 574
5章 恋焦がれ巡る地獄旅行
温室栽培 9
しおりを挟む
あたしが歩き出すとすかさず清音がついてくる。平然と歩いている清音を一瞥してから視線を前方に戻す。
ちょっと躓いても落ちることは無い。頭で理解できても感情までがそれについてでいくとは限らない。
あたしはある程度、肝が座っているからパイプの上でも歩けるけれど、清音は真逆の性格をしている。
見下ろせば肉団子に群がる鬼たち。歩くたびに振動するタイプ菅。高さだってそれなりにある。この高さで落ちれば鬼に食われるより先に死ねる。
なのに、彼女はそういった怯えを見せない。歩行する足も震えていない。
何か、違和感がある。
そもそも、この違和感は清音が地獄にいることから始まっている。
未だにその違和感を解消させる答えを清音からもらっていない。
「そろそろ、あなたがゴミ溜めの地獄にいる理由を知りたいわね」
聞くのは今しかないとあたしは立ち止まって清音を睨む。
棘のある態度に清音はたじろいで目線を下ろす。その先には肉団子を貪る鬼たちがいる。
「それよりも先に行こうよ」
恐怖からそう言ったかもしれない。だとしても、冷静すぎる。あたしが目覚めた時、パニックになっていたのに。
質問をはぐらかされた。そんな気がして癪に触る。
「行きたかったらお先にどうぞ。あたしはあなたの後ろを歩くから」
嫌みたらしく親切に道を譲る。そんなあたしに清音は眉を顰める。
「もしかして怒ってる?私、何かしちゃった?ごめんね?」
「あなたと対峙すれば怒るに決まってるじゃない。元から嫌ってるんだから」
「なんか、酷いね。こんなにはっきり言われたの初めて」
「あなたがいつもとは違うせいかしらね。人格のイメチェンでもした?」
あたしは清音を睨み、清音もあたしを見つめ返す。その瞳に佇む深淵があたしを写す。
見つめ合ったままあたしたちは静寂を作っていた。
清音は不意に表情を崩して笑い、緊張していた静寂を壊す。
「もう、そんな怖い顔しないでよ。私はただ長話する所じゃないからさ、あとでてもいいって思っただけ」
「今話して」
あたしの圧に清音は観念して話し始める。
ガスマスクをつけた謎の男が現れ、意識を失っている間に地獄に連れていかれたことやそこでカンダタたちと出会したこと。そして、鬼があたしと清音をさらってあの調理場まで運ばれたところまで清音は終始笑顔で話した。
「ちゃんと話したよ。早く行こう」
催促する時でさえ、笑顔だった。
「わかったわ」
求めていた返答は貰った。けれど、違和感は解消されなかった。それどころかさらに深まって、疑惑に変わっていた。
あたしは清音に背を向けて、また歩き出す。
背を見せるには抵抗があるものの、ハクが遮るように間に立ち、常に警戒して清音に目を光らせてくれた。
首を回してチラリと清音を見る。ハクの後ろで歩く清音は今も笑を浮かべている。
「楽しそうね。地獄だってこと忘れてない?」
目線を戻して問いかける。
「そうかな?開き直ったのかも。これまでも経験してきたことでしょ。私たちはさ」
「あなたと一括りにされたら堪らないわね」
これまで清音と同じ思想を抱えて災難をかい潜った記憶がない。あたしも清音も自分の命を優先してきたのだから。
清音のこの馴れ馴れしさはどこから来てるのよ。
この疑惑を解こうと思考に耽っていると脳内で電撃が走る。
あたしは眉を顰めて、頭痛に耐える。
考え事をしているとこれだ。嫌になるわね。
頭痛にも弱い波と強い波があって、それが交互にやってくる。
弱い波は我慢できる。思考の邪魔にもならない。強い波となると余裕がなくなり、それが顔に出る。死体に手を当てて、痛みを和らげようとしてしまうのも仕方がない。
「辛いの?」
清音があたしの様子を伺う。
にまにまと薄っぺらい笑を浮かべているのが声色でわかった。
彼女から怯えがなくなっている。
「心配されるほどのことでもないわよ」
適当に返して、頭痛を無視するように歩調を早める。
踏む足も力強いものになって、空洞のパイプが軋む。
笑ってばかりの清音に苛立ち、頭痛のせいで考え事もままならない。余裕がなくなっていた。
錆で軋むパイプは小人の体重でさえ支えられないくらいに老朽化が進んでいるものも中にはあった。
力強く踏み込んだ足は赤錆のパイプを一瞬で折った。がくん、と視界が下がり、全身にかかる重力に従う。
ハクは傾くあたしを捕え、後ろへと引っ張り上げた。
あたしより後ろは丈夫みたいで尻もちをついても折れなかった。
地をつけた足が一瞬で浮かぶ感覚が残っている。ハクの反応が遅かったら肉団子と同じ結末になっていた。
「ふふっ瑠璃ったら。ふふふ」
あたしとハクの背後で笑い声がした。
尻もちをつくあたしを見下ろして清音の目が細める。
こいつ、誰?
清音ならここで笑ったりしない。
ハクは牙を剥きだして、得体の知れない者に敵対心を見せる。それも相手に見えなければ意味がなくて、清音を装うそいつは笑い続ける。
ちょっと躓いても落ちることは無い。頭で理解できても感情までがそれについてでいくとは限らない。
あたしはある程度、肝が座っているからパイプの上でも歩けるけれど、清音は真逆の性格をしている。
見下ろせば肉団子に群がる鬼たち。歩くたびに振動するタイプ菅。高さだってそれなりにある。この高さで落ちれば鬼に食われるより先に死ねる。
なのに、彼女はそういった怯えを見せない。歩行する足も震えていない。
何か、違和感がある。
そもそも、この違和感は清音が地獄にいることから始まっている。
未だにその違和感を解消させる答えを清音からもらっていない。
「そろそろ、あなたがゴミ溜めの地獄にいる理由を知りたいわね」
聞くのは今しかないとあたしは立ち止まって清音を睨む。
棘のある態度に清音はたじろいで目線を下ろす。その先には肉団子を貪る鬼たちがいる。
「それよりも先に行こうよ」
恐怖からそう言ったかもしれない。だとしても、冷静すぎる。あたしが目覚めた時、パニックになっていたのに。
質問をはぐらかされた。そんな気がして癪に触る。
「行きたかったらお先にどうぞ。あたしはあなたの後ろを歩くから」
嫌みたらしく親切に道を譲る。そんなあたしに清音は眉を顰める。
「もしかして怒ってる?私、何かしちゃった?ごめんね?」
「あなたと対峙すれば怒るに決まってるじゃない。元から嫌ってるんだから」
「なんか、酷いね。こんなにはっきり言われたの初めて」
「あなたがいつもとは違うせいかしらね。人格のイメチェンでもした?」
あたしは清音を睨み、清音もあたしを見つめ返す。その瞳に佇む深淵があたしを写す。
見つめ合ったままあたしたちは静寂を作っていた。
清音は不意に表情を崩して笑い、緊張していた静寂を壊す。
「もう、そんな怖い顔しないでよ。私はただ長話する所じゃないからさ、あとでてもいいって思っただけ」
「今話して」
あたしの圧に清音は観念して話し始める。
ガスマスクをつけた謎の男が現れ、意識を失っている間に地獄に連れていかれたことやそこでカンダタたちと出会したこと。そして、鬼があたしと清音をさらってあの調理場まで運ばれたところまで清音は終始笑顔で話した。
「ちゃんと話したよ。早く行こう」
催促する時でさえ、笑顔だった。
「わかったわ」
求めていた返答は貰った。けれど、違和感は解消されなかった。それどころかさらに深まって、疑惑に変わっていた。
あたしは清音に背を向けて、また歩き出す。
背を見せるには抵抗があるものの、ハクが遮るように間に立ち、常に警戒して清音に目を光らせてくれた。
首を回してチラリと清音を見る。ハクの後ろで歩く清音は今も笑を浮かべている。
「楽しそうね。地獄だってこと忘れてない?」
目線を戻して問いかける。
「そうかな?開き直ったのかも。これまでも経験してきたことでしょ。私たちはさ」
「あなたと一括りにされたら堪らないわね」
これまで清音と同じ思想を抱えて災難をかい潜った記憶がない。あたしも清音も自分の命を優先してきたのだから。
清音のこの馴れ馴れしさはどこから来てるのよ。
この疑惑を解こうと思考に耽っていると脳内で電撃が走る。
あたしは眉を顰めて、頭痛に耐える。
考え事をしているとこれだ。嫌になるわね。
頭痛にも弱い波と強い波があって、それが交互にやってくる。
弱い波は我慢できる。思考の邪魔にもならない。強い波となると余裕がなくなり、それが顔に出る。死体に手を当てて、痛みを和らげようとしてしまうのも仕方がない。
「辛いの?」
清音があたしの様子を伺う。
にまにまと薄っぺらい笑を浮かべているのが声色でわかった。
彼女から怯えがなくなっている。
「心配されるほどのことでもないわよ」
適当に返して、頭痛を無視するように歩調を早める。
踏む足も力強いものになって、空洞のパイプが軋む。
笑ってばかりの清音に苛立ち、頭痛のせいで考え事もままならない。余裕がなくなっていた。
錆で軋むパイプは小人の体重でさえ支えられないくらいに老朽化が進んでいるものも中にはあった。
力強く踏み込んだ足は赤錆のパイプを一瞬で折った。がくん、と視界が下がり、全身にかかる重力に従う。
ハクは傾くあたしを捕え、後ろへと引っ張り上げた。
あたしより後ろは丈夫みたいで尻もちをついても折れなかった。
地をつけた足が一瞬で浮かぶ感覚が残っている。ハクの反応が遅かったら肉団子と同じ結末になっていた。
「ふふっ瑠璃ったら。ふふふ」
あたしとハクの背後で笑い声がした。
尻もちをつくあたしを見下ろして清音の目が細める。
こいつ、誰?
清音ならここで笑ったりしない。
ハクは牙を剥きだして、得体の知れない者に敵対心を見せる。それも相手に見えなければ意味がなくて、清音を装うそいつは笑い続ける。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる