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5章 恋焦がれ巡る地獄旅行
追想の中で 9
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布団は物置室にある。エルザ叔母さんとさえりを和室に置いて、物置きへと。
クローゼットを開けると並んだダンボールの奥に目的の布団があった。先にダンボールを出さないといけないわね。
ダンボールの持ち上げ、クローゼットから出す作業を行う。
「瑠璃にも逆らえない奴がいるんだな」
遅く戻ってきたカンダタが面白おかしいと茶化している。
「しおらしく布団を取り出す姿も面白い」
「人が困っているのを見て楽しんでるわけ?いつから悪趣味になったのよ」
「間違いなく瑠璃の影響だろうな」
あたしのせいかと文句を言いたかったけれど、最後のダンボール持ち上げるところだったから口を閉ざす。
ダンボールを全て除き、やっと布団を取り出した。その時に雑に置いたダンボールの箱を1つ蹴ってしまう。
「あぁ」
カンダタから呆れた溜め息が漏れた。
躓いて転びはしなかった。その代わりダンボールが倒されて、中身が縁散乱する。
苛立ちながら布団を廊下に置いて散乱したものを片付ける。そんなあたしをカンダタは暖かく微笑みながらどこかへと行ってしまった。
他人事だからとカンダタは笑っていられる。
あたしが苦悩しても、ダンボールの中身をばらまいても、透明人間は全てが関係のないわけね。
芥川竜之介の作品を絵本にしたものや小学生に使った裁縫道具など、散乱してしまったものをダンボールに戻していく。
その最中で、白くふわふわとした感触に手を止めた。
懐かしい。こんなところにあったのね。
赤いボタンがついた白兎とオオカミのぬいぐるみ。小さい頃、あたしはこのぬいぐるみで遊んでいた。
ダッフィーと合わせて3つのぬいぐるみ。当時、友人と呼べる子はいなかったからこれがあたしの友達代わりだった。
思い返してみると、子供のあたしは一人遊びが好きな寂しい奴だったわね。
今でもそれは変わっていないのかもしれない。現在のあたしも透明人間とあたしにしか認識されない白い隣人を相手に会話しているから。
ダッフィーには母との思い出が詰まっていた。それを棺に入れて燃やしたのは母に対する感情と決別するための儀式みたいなものだった。
母の遺体と共に燃やすことで愛されたい欲求を捨てられる、と子供なりの意思表明だった。
なのに、ダッフィー以外のぬいぐるみは捨てようにも捨てられなかった。
「どうしたの?ルリ?」
蹴飛ばした音がエルザ伯母さんにまで届いていたらしい。
「懐かしいものが出てきたわね」
あたしが持っていたぬいぐるみを見て、エルザ伯母さんが話す。
「あの時もそのぬいぐるみを手放さなかったわね」
昔を思い出して懐かしいと呟くエルザ伯母さん。子供の頃の恥ずかしい失態を晒された気分になって、ぬいぐるみを急いでダンボールにしまう。
「この布団を持って行けばいいの?」
「する前に洗濯して乾燥しないと」
エルザ伯母さんは代わりにやると布団を持ち、洗面所へと向かおうとした。
「そうそう、そのぬいぐるみに変わった名前をつけていたわね」
また一つ思い出したとエルザ伯母さんは楽しそうに喋る。
「普通は逆につけるわよね」
途端に筋の風が髪を撫でながら横切っていった。自宅にいるというのに秋の外気があたしを冷やして、その寒さに身震いする。
どこからか水音が聞こえる。
「まだわからない?」
幼いあたしの声がした。
声がする方へ顔を向ける。瞬間、回想の追体験は終了して、あたしは白蓮と水面の世界に戻っていた。
幼いあたしがあたしをじっと見つめている。自分が出した問題の答えを待っている。
白いオオカミと赤いボタンがついた白兎。捨てられなかった大事なもの。
そうだ、あたしは、無意識に彼らの名前をつけた。
「誓いは果たしている」
幼いあたしは、あたしじゃない別人の声で言った。
クローゼットを開けると並んだダンボールの奥に目的の布団があった。先にダンボールを出さないといけないわね。
ダンボールの持ち上げ、クローゼットから出す作業を行う。
「瑠璃にも逆らえない奴がいるんだな」
遅く戻ってきたカンダタが面白おかしいと茶化している。
「しおらしく布団を取り出す姿も面白い」
「人が困っているのを見て楽しんでるわけ?いつから悪趣味になったのよ」
「間違いなく瑠璃の影響だろうな」
あたしのせいかと文句を言いたかったけれど、最後のダンボール持ち上げるところだったから口を閉ざす。
ダンボールを全て除き、やっと布団を取り出した。その時に雑に置いたダンボールの箱を1つ蹴ってしまう。
「あぁ」
カンダタから呆れた溜め息が漏れた。
躓いて転びはしなかった。その代わりダンボールが倒されて、中身が縁散乱する。
苛立ちながら布団を廊下に置いて散乱したものを片付ける。そんなあたしをカンダタは暖かく微笑みながらどこかへと行ってしまった。
他人事だからとカンダタは笑っていられる。
あたしが苦悩しても、ダンボールの中身をばらまいても、透明人間は全てが関係のないわけね。
芥川竜之介の作品を絵本にしたものや小学生に使った裁縫道具など、散乱してしまったものをダンボールに戻していく。
その最中で、白くふわふわとした感触に手を止めた。
懐かしい。こんなところにあったのね。
赤いボタンがついた白兎とオオカミのぬいぐるみ。小さい頃、あたしはこのぬいぐるみで遊んでいた。
ダッフィーと合わせて3つのぬいぐるみ。当時、友人と呼べる子はいなかったからこれがあたしの友達代わりだった。
思い返してみると、子供のあたしは一人遊びが好きな寂しい奴だったわね。
今でもそれは変わっていないのかもしれない。現在のあたしも透明人間とあたしにしか認識されない白い隣人を相手に会話しているから。
ダッフィーには母との思い出が詰まっていた。それを棺に入れて燃やしたのは母に対する感情と決別するための儀式みたいなものだった。
母の遺体と共に燃やすことで愛されたい欲求を捨てられる、と子供なりの意思表明だった。
なのに、ダッフィー以外のぬいぐるみは捨てようにも捨てられなかった。
「どうしたの?ルリ?」
蹴飛ばした音がエルザ伯母さんにまで届いていたらしい。
「懐かしいものが出てきたわね」
あたしが持っていたぬいぐるみを見て、エルザ伯母さんが話す。
「あの時もそのぬいぐるみを手放さなかったわね」
昔を思い出して懐かしいと呟くエルザ伯母さん。子供の頃の恥ずかしい失態を晒された気分になって、ぬいぐるみを急いでダンボールにしまう。
「この布団を持って行けばいいの?」
「する前に洗濯して乾燥しないと」
エルザ伯母さんは代わりにやると布団を持ち、洗面所へと向かおうとした。
「そうそう、そのぬいぐるみに変わった名前をつけていたわね」
また一つ思い出したとエルザ伯母さんは楽しそうに喋る。
「普通は逆につけるわよね」
途端に筋の風が髪を撫でながら横切っていった。自宅にいるというのに秋の外気があたしを冷やして、その寒さに身震いする。
どこからか水音が聞こえる。
「まだわからない?」
幼いあたしの声がした。
声がする方へ顔を向ける。瞬間、回想の追体験は終了して、あたしは白蓮と水面の世界に戻っていた。
幼いあたしがあたしをじっと見つめている。自分が出した問題の答えを待っている。
白いオオカミと赤いボタンがついた白兎。捨てられなかった大事なもの。
そうだ、あたしは、無意識に彼らの名前をつけた。
「誓いは果たしている」
幼いあたしは、あたしじゃない別人の声で言った。
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