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5章 恋焦がれ巡る地獄旅行
追想の中で 6
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エレベーターのワイヤーは完全に切れたわけじゃなく、中途半端に繋がっていて、鉄の糸はかろうじて落下防いでいた。
ただ安全とは言い難く、身じろぎするだけでエレベーターは傾く。
「カンダタ?」
狭い箱には男2人と猫1匹がいたのにそこにはあたししかいなかった。
あの一瞬でカンダタたちが消えた。
静寂は嫌いではないのに、1人だけ取り残されたこの静寂は静かすぎて不気味ね。
かろうじてつながっているワイヤーになるべく振動を与えないように、慎重に、ゆっくりと、立ち上がる。
まずは脱出しないと。
ドアの方を向く。エレベーターが傾いているせいでドアは斜めになっているし、表と中の位置がズレている。
ドアは少しだけ開いて、僅かな隙間しかない。通れそうにない。
手をかけてスライド式のドアを動かそうとしても引っかかっているのかあたしの力ではびくともしない。
いつ落下が再開するかわからないエレベーターの中で嘆息する。
半開きになったドアの合間から鬼の鉤爪が出てきた。
咄嗟に身構えたものの警戒心はすぐに解けた。暗闇のせいでわかりにくいけれど鉤爪は白色をしていた。あれはハクのもの。
白い鉤爪をドアに引っ掛けて力ずくで開ける。引っかかっていたドアを無理矢理こじ開けるからエレベーターが小刻みに揺れて、静寂さが徐々に削られていく。
充分な程にドアが開くとそこに白い鬼が佇んでで、あたしを見つめていた。
「ハク?」
電球が点いていない暗闇のせいか、呑気でだらしないつものハクじゃなく、威圧的な雰囲気があった。
顔つきや体格はハクそのものなのに、あたしを見下ろしているハクは別人に見える。
一歩下がる。エレベーターの中だから逃げようがないのに目の前の白い鬼から距離を取りたかった。
ハクは責めるわけでも襲うわけでもなく静かに背を向けて歩き出した。
しばらく考えて、エレベーターから脱出する。ハクの様子は変だけれど、ひとまずはついて行ってみよう。
脱出したその先は瓦礫のトンネルが一本道として続いていた。
さっき通った瓦礫のトンネルと同じ。違っていたのは赤い糸がいたるところに張り巡らされていた。何十本もある赤い糸の中で唯一、白い糸が私の胸からトンネルの奥へとぴんと伸びている。
ハクは道の中心に立ち、あたしが来るのを待っていた。
ついてこいと言われている気がする。
得体の知れない恐怖をハクに抱きつつ、寄せられるような足取りでトンネルに踏み出す。
歩む姿を確認したハクはくるりと振り返って、瓦礫のトンネルを真っ直ぐに進む。
瓦礫はガラクタが詰められた箱みたいにごちゃごちゃしているのに歩きやすくなっている。
ハクは時折、振り返って軽く跳ねてみては一声鳴く。
早く来いと言っている。
他人から指示されるのは好きじゃない。なのに、あたしの足は言う通りに速度を上げて、駆け足で行く。
次第にハクも進むスピードを上げていく。人と鬼では歩調が違う。ハクが早足で進むとあたしは走らないといけない。
見失ってはいけない。そうした思いが湧き上がっていた。
小走りから駆け足へ。あたしはごちゃごちゃした背景の中を走る。
おかしい。
足は前へと向かい土を踏んで蹴っているのに進んでいる気がしない。
似たような背景が自分で動かす永遠と続いているせい?
それだけじゃない。ハクとの距離が縮まっていない。前方の白い鬼が時々、立ち止まって振り返ってはあたしがついてきていることを確認している。あたしは全力で走り続けているんだから少しぐらい近づいてもいいのに。
それに疲れが出てこない。息切れしない。
土を踏むかかとの音も呼吸音が聞こえない。自分自身が静寂になったような感覚。まるで夢の中だわ。
ハクに追いつきたいのにその場で留まってて足だけを動かしている感覚。なぜか焦燥感が湧く。
「ハク、ハク!」
焦燥感に駆られ、叫ぶようにハクを呼ぶ。ハクは振り返らない。
このままでは追いつかない。あの子に触れられない。
「待って! ねぇ!ハク!」
置いていかないで。
頭の中で誰かが叫んだ。
それはずっと眠り続けていた誰かの台詞だと直感が言っている。
その直感に従って頭に響いた台詞を口には出さなかった。なぜなら、それは誰かの言葉であり、あたしの言葉ではないから。
あたしの叫びが届いたのか、ハクはピタリと立ち止まる。
そこであたしの足も緩やかな歩調になっていく。かなりの距離を走ったのに息切れも汗も流していない。
奇妙な出来事に不気味な感情を抱きつつ、ハクの隣に立つ。
あたしたちの前には木目板のドアが立っていた。
剥き出しの鉄骨や折れたパイプ、断線したケーブルなど、壊れたもので重ねられた瓦礫のトンネルに新品みたいな輝きを放つドアに違和感を持たずにはいられなかった。
ハクはあたしをここに連れてきて何が望みなの?
ちらり、と白い隣人を一瞥してもハクらしくない無表情な顔つきでドアを見つめている。あたしもドアへと視線を戻す。
このドア、見覚えがある。
どこにでもある平凡なドアなのに、記憶を探らずにはいられなかった。
そうだわ、このドア、初めてハクと出会った時に夢の中で見たものだ。
地獄の夢しか見れなかったあの頃、あたしの日常にハクが乱入した。
その夢の中でも木目板のドアがあった。このドアの向こうには独り言を喋り続けるラジオと身元不明の骸骨があった。
ドアノブに手をかけて、回す。
開いてみれば滴る雫が静寂に響く、別の世界が広がっていた。
ただ安全とは言い難く、身じろぎするだけでエレベーターは傾く。
「カンダタ?」
狭い箱には男2人と猫1匹がいたのにそこにはあたししかいなかった。
あの一瞬でカンダタたちが消えた。
静寂は嫌いではないのに、1人だけ取り残されたこの静寂は静かすぎて不気味ね。
かろうじてつながっているワイヤーになるべく振動を与えないように、慎重に、ゆっくりと、立ち上がる。
まずは脱出しないと。
ドアの方を向く。エレベーターが傾いているせいでドアは斜めになっているし、表と中の位置がズレている。
ドアは少しだけ開いて、僅かな隙間しかない。通れそうにない。
手をかけてスライド式のドアを動かそうとしても引っかかっているのかあたしの力ではびくともしない。
いつ落下が再開するかわからないエレベーターの中で嘆息する。
半開きになったドアの合間から鬼の鉤爪が出てきた。
咄嗟に身構えたものの警戒心はすぐに解けた。暗闇のせいでわかりにくいけれど鉤爪は白色をしていた。あれはハクのもの。
白い鉤爪をドアに引っ掛けて力ずくで開ける。引っかかっていたドアを無理矢理こじ開けるからエレベーターが小刻みに揺れて、静寂さが徐々に削られていく。
充分な程にドアが開くとそこに白い鬼が佇んでで、あたしを見つめていた。
「ハク?」
電球が点いていない暗闇のせいか、呑気でだらしないつものハクじゃなく、威圧的な雰囲気があった。
顔つきや体格はハクそのものなのに、あたしを見下ろしているハクは別人に見える。
一歩下がる。エレベーターの中だから逃げようがないのに目の前の白い鬼から距離を取りたかった。
ハクは責めるわけでも襲うわけでもなく静かに背を向けて歩き出した。
しばらく考えて、エレベーターから脱出する。ハクの様子は変だけれど、ひとまずはついて行ってみよう。
脱出したその先は瓦礫のトンネルが一本道として続いていた。
さっき通った瓦礫のトンネルと同じ。違っていたのは赤い糸がいたるところに張り巡らされていた。何十本もある赤い糸の中で唯一、白い糸が私の胸からトンネルの奥へとぴんと伸びている。
ハクは道の中心に立ち、あたしが来るのを待っていた。
ついてこいと言われている気がする。
得体の知れない恐怖をハクに抱きつつ、寄せられるような足取りでトンネルに踏み出す。
歩む姿を確認したハクはくるりと振り返って、瓦礫のトンネルを真っ直ぐに進む。
瓦礫はガラクタが詰められた箱みたいにごちゃごちゃしているのに歩きやすくなっている。
ハクは時折、振り返って軽く跳ねてみては一声鳴く。
早く来いと言っている。
他人から指示されるのは好きじゃない。なのに、あたしの足は言う通りに速度を上げて、駆け足で行く。
次第にハクも進むスピードを上げていく。人と鬼では歩調が違う。ハクが早足で進むとあたしは走らないといけない。
見失ってはいけない。そうした思いが湧き上がっていた。
小走りから駆け足へ。あたしはごちゃごちゃした背景の中を走る。
おかしい。
足は前へと向かい土を踏んで蹴っているのに進んでいる気がしない。
似たような背景が自分で動かす永遠と続いているせい?
それだけじゃない。ハクとの距離が縮まっていない。前方の白い鬼が時々、立ち止まって振り返ってはあたしがついてきていることを確認している。あたしは全力で走り続けているんだから少しぐらい近づいてもいいのに。
それに疲れが出てこない。息切れしない。
土を踏むかかとの音も呼吸音が聞こえない。自分自身が静寂になったような感覚。まるで夢の中だわ。
ハクに追いつきたいのにその場で留まってて足だけを動かしている感覚。なぜか焦燥感が湧く。
「ハク、ハク!」
焦燥感に駆られ、叫ぶようにハクを呼ぶ。ハクは振り返らない。
このままでは追いつかない。あの子に触れられない。
「待って! ねぇ!ハク!」
置いていかないで。
頭の中で誰かが叫んだ。
それはずっと眠り続けていた誰かの台詞だと直感が言っている。
その直感に従って頭に響いた台詞を口には出さなかった。なぜなら、それは誰かの言葉であり、あたしの言葉ではないから。
あたしの叫びが届いたのか、ハクはピタリと立ち止まる。
そこであたしの足も緩やかな歩調になっていく。かなりの距離を走ったのに息切れも汗も流していない。
奇妙な出来事に不気味な感情を抱きつつ、ハクの隣に立つ。
あたしたちの前には木目板のドアが立っていた。
剥き出しの鉄骨や折れたパイプ、断線したケーブルなど、壊れたもので重ねられた瓦礫のトンネルに新品みたいな輝きを放つドアに違和感を持たずにはいられなかった。
ハクはあたしをここに連れてきて何が望みなの?
ちらり、と白い隣人を一瞥してもハクらしくない無表情な顔つきでドアを見つめている。あたしもドアへと視線を戻す。
このドア、見覚えがある。
どこにでもある平凡なドアなのに、記憶を探らずにはいられなかった。
そうだわ、このドア、初めてハクと出会った時に夢の中で見たものだ。
地獄の夢しか見れなかったあの頃、あたしの日常にハクが乱入した。
その夢の中でも木目板のドアがあった。このドアの向こうには独り言を喋り続けるラジオと身元不明の骸骨があった。
ドアノブに手をかけて、回す。
開いてみれば滴る雫が静寂に響く、別の世界が広がっていた。
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