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5章 恋焦がれ巡る地獄旅行
追想の中で 4
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崩れた錆の臭いに不快になりながら身を屈めて出っ張った鉄骨を避ける。
頭上からパチパチとした音が鳴る。切れた電線の端から熱を帯びた火花が弾け、鉄骨やあたしの足元に密かに衝突して一瞬のうちに消えた。
落ちてくる火花に気を付けながら前に進む。
すると、隣にいるハクが鼻先で腰を突いた。
焦るような鳴き声と急かしてくる仕草に異変を感じて振り返る。
あたしが立ち止まれば後方でついてきたカンダタや光弥も立ち止まる。
トンネルの入り口付近では外からの光が差して、半円の形をして地面を照らしている。
その光のアーチに黒い魚のシルエットが踊るように現れた。鯉の影だとシルエットから判断する。
「監視鯉だ」
光弥が囁くように警告する。
「偵察機みたいなもんだよ。見つかると厄介だ」
なんでそんなものがここに来るのよ。偵察機を先に見つけるのがケイの役割なのにあいつは何をしているの?
「急げ隠れるぞ」
愚痴る暇はないとカンダタが急かしてあたしの背中を押す。
「言われなくてもわかってるわよ」
幸いここはガラクタが寄せ集められた瓦礫のトンネルで身を隠せるスペースもあり、濃い影は息を潜めるのにピッタリだわ。
斜めにかけられたトタン板の裏に素早く身を隠し、背を丸めた。トタン板の切れ端からそっと慎重に顔を覗くと瑪瑙の鱗を纏った奇妙な鯉が優雅に空中を泳ぎ、魚の目は点灯していた。
光線が放たれた鯉の目は暗いトンネルの先を照らしている。その光が左右に大きく振って何かを探している。
探しているのは間違いなく侵入者で、つまりはあたしたちだ。
向こうはまだ疑っている。確信を持っているのなら偵察機を出さずに武装隊をよこしてくるはずだもの。
「これじゃ進めないわね」
顔をトタン板の裏に戻して小声でカンダタに話す。
「去っていくのを待っているか見つからないように移動するか、だな」
カンダタもあたしと同じ声のトーンで話す。
「じっとしていたほうがいいんじゃないか?」
弱腰になった光弥が前者を推す。ハクも同じ意見みたいであたしを見つめて頷く。あたしはハクの意見を尊重した。カンダタは反対で先に進みたいようだった。
2対1ではカンダタの意見は通らない。大人しく従うことにする。
そう決まったものの監視鯉は瓦礫のトンネルから離れずにずっとあたしたちの周囲を迷い泳いでいた。
去る気配のない鯉に苛立ちを募らせてあたしは舌打ちする。
「瑠璃、ケイが戻ってこない」
マイペースな猫よりあたしたちの現状を考えてほしいと苛立ってたけれど、カンダタの懸念は最もだと思い直す。
本来なら監視鯉がこちらに来る前にケイあたしたちに知らせるはずだった。
そのケイが戻ってこず、監視鯉が来た。ケイに問題が起きたのね。
監視鯉がここから離れようとしないのは弥たちが確証を得られずとも強い疑念を持っているからだわ。
「あたしたちがここからでたら見つかる?」
「確実にな」
わかりきった答えをカンダタが言う。
「ならエレベーターまで走りきって第4層まで行けたとしたら、追手は何人?」
次は光弥に質問する。
「追手が来たとしても俺たちを見つけるのは難しいよ。第4 は複雑な構想しているから」
それを聞いて少し安心する。蝶男の隠れ処を探しながら追手から逃げるのは困難だもの。
「あそこまで走ればいいわけだ。行けるか?」
カンダタが尋ねる。
「その質問いらないでしょ」
「マジで言ってる?」
強気で答えるとつかさず光弥が反論する。
「もう少し待てば。親父にバレたら」
反論の途中で沈黙する。不安定な静寂に僅かな喧騒が聞こえてくる。
それは侵入者に対する怒声と武器・防具が忙しく擦れ合う喧騒だった。あたしたちの存在が気付かれてしまった。
戸惑う暇さえないわね。
焦りはあったけれど冷静だった。立ち上がり、丸めていた背を伸ばす。
「大変だ」
薄暗い背景に同化したような黒猫が今更になってやってきた。喧騒の正体を知らせようとしたけれど、そんなもの聞こえてきた時点でわかっている。
「言い訳はいらない。走るわよ」
ケイがこのタイミングで戻ってきた訳は後で聞くとして、あたしたちが塊人から逃げる為トタン板から走り出す。
その際、トンネルの入り口をちらりと視線を向ければ多くの人影が見えた。
もうあそこまで来ている。
内心で舌打ちをして目的のエレベーターへと集中する。
エレベーターを照らしている電球は時折、火花を散らして点滅し、今にも消えてしまいそう。
背後ではあたしたちを追う武装隊が弥の命令を成し遂げようと士気を上げている。その興奮した喧騒が耳に障る。
彼らとあたしたちはまだ距離がある。あたしたちはトンネルの真ん中まで来ていた。全力で走り切ればゴールに辿り着ける。
勝算のつく確信を得て、走る速度をさらに上げようとした時だった。
飛んできた鉛があたしの足首を掠めた。
痛みよりも焼ける熱を感じて身体が傾く。転びそうになったあたしの襟首をカンダタが掴み、立て直させた。バランスを戻したあたしは擦り傷がついた足で次の一方踏み出す。
「撃ってきたぞ!」
カンダタか光弥か、どちらかが叫んだ。足首に残る感触がそれを示している。だからわざわざ叫んで伝えなくてもいい。
焦りからまた舌打ちをしたくなった。
頭上からパチパチとした音が鳴る。切れた電線の端から熱を帯びた火花が弾け、鉄骨やあたしの足元に密かに衝突して一瞬のうちに消えた。
落ちてくる火花に気を付けながら前に進む。
すると、隣にいるハクが鼻先で腰を突いた。
焦るような鳴き声と急かしてくる仕草に異変を感じて振り返る。
あたしが立ち止まれば後方でついてきたカンダタや光弥も立ち止まる。
トンネルの入り口付近では外からの光が差して、半円の形をして地面を照らしている。
その光のアーチに黒い魚のシルエットが踊るように現れた。鯉の影だとシルエットから判断する。
「監視鯉だ」
光弥が囁くように警告する。
「偵察機みたいなもんだよ。見つかると厄介だ」
なんでそんなものがここに来るのよ。偵察機を先に見つけるのがケイの役割なのにあいつは何をしているの?
「急げ隠れるぞ」
愚痴る暇はないとカンダタが急かしてあたしの背中を押す。
「言われなくてもわかってるわよ」
幸いここはガラクタが寄せ集められた瓦礫のトンネルで身を隠せるスペースもあり、濃い影は息を潜めるのにピッタリだわ。
斜めにかけられたトタン板の裏に素早く身を隠し、背を丸めた。トタン板の切れ端からそっと慎重に顔を覗くと瑪瑙の鱗を纏った奇妙な鯉が優雅に空中を泳ぎ、魚の目は点灯していた。
光線が放たれた鯉の目は暗いトンネルの先を照らしている。その光が左右に大きく振って何かを探している。
探しているのは間違いなく侵入者で、つまりはあたしたちだ。
向こうはまだ疑っている。確信を持っているのなら偵察機を出さずに武装隊をよこしてくるはずだもの。
「これじゃ進めないわね」
顔をトタン板の裏に戻して小声でカンダタに話す。
「去っていくのを待っているか見つからないように移動するか、だな」
カンダタもあたしと同じ声のトーンで話す。
「じっとしていたほうがいいんじゃないか?」
弱腰になった光弥が前者を推す。ハクも同じ意見みたいであたしを見つめて頷く。あたしはハクの意見を尊重した。カンダタは反対で先に進みたいようだった。
2対1ではカンダタの意見は通らない。大人しく従うことにする。
そう決まったものの監視鯉は瓦礫のトンネルから離れずにずっとあたしたちの周囲を迷い泳いでいた。
去る気配のない鯉に苛立ちを募らせてあたしは舌打ちする。
「瑠璃、ケイが戻ってこない」
マイペースな猫よりあたしたちの現状を考えてほしいと苛立ってたけれど、カンダタの懸念は最もだと思い直す。
本来なら監視鯉がこちらに来る前にケイあたしたちに知らせるはずだった。
そのケイが戻ってこず、監視鯉が来た。ケイに問題が起きたのね。
監視鯉がここから離れようとしないのは弥たちが確証を得られずとも強い疑念を持っているからだわ。
「あたしたちがここからでたら見つかる?」
「確実にな」
わかりきった答えをカンダタが言う。
「ならエレベーターまで走りきって第4層まで行けたとしたら、追手は何人?」
次は光弥に質問する。
「追手が来たとしても俺たちを見つけるのは難しいよ。第4 は複雑な構想しているから」
それを聞いて少し安心する。蝶男の隠れ処を探しながら追手から逃げるのは困難だもの。
「あそこまで走ればいいわけだ。行けるか?」
カンダタが尋ねる。
「その質問いらないでしょ」
「マジで言ってる?」
強気で答えるとつかさず光弥が反論する。
「もう少し待てば。親父にバレたら」
反論の途中で沈黙する。不安定な静寂に僅かな喧騒が聞こえてくる。
それは侵入者に対する怒声と武器・防具が忙しく擦れ合う喧騒だった。あたしたちの存在が気付かれてしまった。
戸惑う暇さえないわね。
焦りはあったけれど冷静だった。立ち上がり、丸めていた背を伸ばす。
「大変だ」
薄暗い背景に同化したような黒猫が今更になってやってきた。喧騒の正体を知らせようとしたけれど、そんなもの聞こえてきた時点でわかっている。
「言い訳はいらない。走るわよ」
ケイがこのタイミングで戻ってきた訳は後で聞くとして、あたしたちが塊人から逃げる為トタン板から走り出す。
その際、トンネルの入り口をちらりと視線を向ければ多くの人影が見えた。
もうあそこまで来ている。
内心で舌打ちをして目的のエレベーターへと集中する。
エレベーターを照らしている電球は時折、火花を散らして点滅し、今にも消えてしまいそう。
背後ではあたしたちを追う武装隊が弥の命令を成し遂げようと士気を上げている。その興奮した喧騒が耳に障る。
彼らとあたしたちはまだ距離がある。あたしたちはトンネルの真ん中まで来ていた。全力で走り切ればゴールに辿り着ける。
勝算のつく確信を得て、走る速度をさらに上げようとした時だった。
飛んできた鉛があたしの足首を掠めた。
痛みよりも焼ける熱を感じて身体が傾く。転びそうになったあたしの襟首をカンダタが掴み、立て直させた。バランスを戻したあたしは擦り傷がついた足で次の一方踏み出す。
「撃ってきたぞ!」
カンダタか光弥か、どちらかが叫んだ。足首に残る感触がそれを示している。だからわざわざ叫んで伝えなくてもいい。
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