糸と蜘蛛

犬若丸

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5章 恋焦がれ巡る地獄旅行

追想の中で 3

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 剥がれ落ちた鉄板が引きずられ、地面が抉られる。重い鉄板を退かしたカンダタは疲労が混ざった息を大げさに吐いた。
「そこにあるのも退かしてから息をつきなさいよ」
「文句は手を貸してから言ってくれ」
「あたしの役割じゃないもの。カンダタが適任でしょ。カンダタこそ普段はだらだらと映画ばかり観てるじゃない」
「それ言われると痛いな」
「現代だとニートに分類されるのよ」
「やけに当たってくるな。あの時のことをまだ根に持ってるのか」
「エルザ叔母さんは関係ない」
 そこであたしの眉間に皺が寄る。失言したわ。
 カンダタは叔母さんのことを一言も話していない。これじゃあ、図星だと思われてしまう。
「彼女の前だとそこまで大人しくなるなんてな」
「働け無能」
「はいはい黙りますよ。ほらあったぞ」
 カンダタの背よりも高い鉄板が倒され、その奥に隠されていたものをあたしは見据える。
「あれがそうなの?」
「これだな。破損がひどいけど」
 隣にいる光弥に質問すれば渋りながら答えてくれた。
 破壊された地下は瓦礫の積み場なっていて、そこに入るのは危険であり、勇気がいる。
 大量の瓦礫が無造作に積まれ、偶然にも狭いトンネルが出来上がっていた。トンネルの中では切断された電線から小さな火花が飛び散り、暗いトンネルを心許無く照らす。地下が破壊され、偶然に生まれたトンネルはいつ崩れるかわからない危うさがある。
 真っ暗でスリル満点のトンネルの行き止まりにあるのは壊れかけのエレベーター。
「本当に動くの?」
 あれが動かないと目的の場所に行けない。
「動くとは思うけど」
「その時は空洞を下っていく」
 不安げに答える光弥に対してカンダタは強気だった。
 ハクも崩れそうなトンネルに不安を覚え、鼻であたしの腰をつつく。
 審判症で臆病なハクの思いには応えずにあたしは瓦礫のトンネルに足を踏み入れた。軽い傾斜をくだれば小石や鉄クズが暗闇に落ち、あたしもそれらを追うように暗闇へと落ちる。
 錆びた古い鉄の匂いがする。断線したコードからの火花がバチバチと音をたてて静寂を際立たせた。
 振り返ればカンダタと光弥が順に降りていた。ケイはまだ見張りから戻ってきていない。
 そこに関して不満はなかった。見張りを頼んだ時、「先に行くように」とケイが言っていたし、彼だけならエレベーターの空洞も簡単に降りられる。あたしたちは目的地でケイを持てばいいだけ。
 地獄の第4層にはあのエレベーターで行くしかない。
 静寂に耳をすませばこの世界で住む塊人たちの忙しい喧騒が聞こえてくる。崩壊した地下を早く復興させようと弥が躍起になっているみたい
 地下を破壊したあたしたちは彼らに見つからないよう息を潜めて侵入していた。奴らに見つからずに地獄の第4層に行く。それが最初の難関だった。
 弥はあたしを許さない。
 地下は輪廻の管理と生産を行っていたらしいから。
 輪廻から生じる魂のカスは塊人にとっては唯一の資源。前回あたしは塊人の大事な心臓部を潰したことになる。復興を早めたいのも頷ける。
 それと同時にこんなことをしたあたしたちを強く恨んでいる。侵入したとバレれば捕獲される。
 あたしは貴重な魂を持った存在としてホルマリン漬けに保存され、カンダタは魂を解体、光弥とケイはどうなるか知らない。けれど無事では済まされないでしょうね。
 そんな危険を承知であたしとカンダタはここにいる。
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