458 / 574
5章 恋焦がれ巡る地獄旅行
追想の中で 2
しおりを挟む
蛇口から流れる冷水がザーザーと下水口へと落ちていく。
早朝の洗面所は薄暗く、肌寒い。だから冷水を顔に被せる。そうすれば思考が冴え渡り、自分が成すべきことが明確に見えてくる。
表面の鏡と向き合えば深い影を落とした自分の顔と自分の背中にしがみつく赤い目の少年が映る。少年の齢は8歳を過ぎ、その急成長はいまだに止まらない。
少年が口を開く。生意気にも文句を言っている。
「平気だって。あの人の言う通りにすればうまくいく」
鏡の中にいる赤い瞳の少年に語りかける。
「お父さんもお母さんも気付いていない。あの猫も」
しかし、少年は違うと首を振るう。何かしら言ってくるもその言葉は耳障りにしかならない。
「うっさいなぁ。どうせ逆らえないんだからおとなしく従うしかないでしょ」
少年は深く項垂れる。
「男の子は呑気で良いよね。そうやって口先だけ言っとけばなんでも解決するって思ってる。私も君みたいに浅はかに生きてみたいよ」
下唇を苦しそうに噛んで少年は押し黙る。それを視界の隅に捉え、荒々しくタオルを取り濡れた顔を拭く。
「キヨネ」
名前を呼ばれて振り返ると木目の半面を被った黒猫がいた。
「おはよう、ケイ」
いつものように笑って返事するとケイは小さく頷いた。昨夜洗った黒い毛並みが陽光に反射し、キラキラしている。
流しっぱなしの水を止めてタオルを戻す。太陽は今日も洗面所を照らし、爽やかな朝を届ける。
「お腹空いたよね。すぐにご飯用意するね」
ケイの世話はできる限り清音がする。それが家族の決まり事で朝ごはんも用意するのも清音の役割だ。
「誰がいた?」
現在、両親は不在で気兼ねなくケイと会話ができる。
「なんで?」
「話し声がした」
唐突なケイの質問にキヨネは首を傾げた。
「私の?」
ウロチョロと見渡しながら見えない話し相手を探す。どこをどう見てもそこには清音1人しかいない。
はっきりとしてはいなかったが、誰かに語りかけるような口調をケイは聞いていた。
「あ、さっき言った野良猫かな」
「ケイみたいな黒猫でね、可愛くて話しかけてたんだ。でも逃げちゃった」
なんでもないように笑うとケイは納得し、それ以上追求はしなかった。
台所に行き、ケイ用の皿にカリカリの餌を盛る。ケイに持っていく前にポケットからピルケースを取り出す。中にはカプセル剤があり、清音はそれを2つに割って中の粉末を餌にかける。そして粉末が馴染むようにカリカリ餌を混ぜたらご飯の完成だ。
リビングにまで持っていくとタイミングよくケイが洗面所からやってきた。用意されたカリカリのご飯を食べる様子に清音は嬉しくなり自然と笑顔を作る。
「明日留守になる」
食事しながらケイが言う。既に決まったことだと今更になって告げられた。
「瑠璃のとこ?」
ケイの背中を撫でながら質問を重ねる。
「あちら側に行くんだね。何を企んでるの?」
「蝶男を追う」
「そっか。光弥も一緒に行くの?」
瑠璃とカンダタは当然として、光弥はあの2人についていくのかわからなかった。
「行くだろうな」
「明日?」
「そうだ」
ご飯を食べながら早口で答える。ケイの回答に満足して清音は立ち上がり、自身の部屋へと戻る。
カーテンが閉められたままの室内は朝だと言うのに深い影が女子高生のテリトリーを支配していた。
陽光を許さない空間に踏み入って等身大の鏡の前に佇む。そこに写っているのは大きな決断を目前にして不敵に誇らしく笑う彼女がいた。その背後では赤い目の少年が誇らしさとは真逆の感情を抱いていた。
早朝の洗面所は薄暗く、肌寒い。だから冷水を顔に被せる。そうすれば思考が冴え渡り、自分が成すべきことが明確に見えてくる。
表面の鏡と向き合えば深い影を落とした自分の顔と自分の背中にしがみつく赤い目の少年が映る。少年の齢は8歳を過ぎ、その急成長はいまだに止まらない。
少年が口を開く。生意気にも文句を言っている。
「平気だって。あの人の言う通りにすればうまくいく」
鏡の中にいる赤い瞳の少年に語りかける。
「お父さんもお母さんも気付いていない。あの猫も」
しかし、少年は違うと首を振るう。何かしら言ってくるもその言葉は耳障りにしかならない。
「うっさいなぁ。どうせ逆らえないんだからおとなしく従うしかないでしょ」
少年は深く項垂れる。
「男の子は呑気で良いよね。そうやって口先だけ言っとけばなんでも解決するって思ってる。私も君みたいに浅はかに生きてみたいよ」
下唇を苦しそうに噛んで少年は押し黙る。それを視界の隅に捉え、荒々しくタオルを取り濡れた顔を拭く。
「キヨネ」
名前を呼ばれて振り返ると木目の半面を被った黒猫がいた。
「おはよう、ケイ」
いつものように笑って返事するとケイは小さく頷いた。昨夜洗った黒い毛並みが陽光に反射し、キラキラしている。
流しっぱなしの水を止めてタオルを戻す。太陽は今日も洗面所を照らし、爽やかな朝を届ける。
「お腹空いたよね。すぐにご飯用意するね」
ケイの世話はできる限り清音がする。それが家族の決まり事で朝ごはんも用意するのも清音の役割だ。
「誰がいた?」
現在、両親は不在で気兼ねなくケイと会話ができる。
「なんで?」
「話し声がした」
唐突なケイの質問にキヨネは首を傾げた。
「私の?」
ウロチョロと見渡しながら見えない話し相手を探す。どこをどう見てもそこには清音1人しかいない。
はっきりとしてはいなかったが、誰かに語りかけるような口調をケイは聞いていた。
「あ、さっき言った野良猫かな」
「ケイみたいな黒猫でね、可愛くて話しかけてたんだ。でも逃げちゃった」
なんでもないように笑うとケイは納得し、それ以上追求はしなかった。
台所に行き、ケイ用の皿にカリカリの餌を盛る。ケイに持っていく前にポケットからピルケースを取り出す。中にはカプセル剤があり、清音はそれを2つに割って中の粉末を餌にかける。そして粉末が馴染むようにカリカリ餌を混ぜたらご飯の完成だ。
リビングにまで持っていくとタイミングよくケイが洗面所からやってきた。用意されたカリカリのご飯を食べる様子に清音は嬉しくなり自然と笑顔を作る。
「明日留守になる」
食事しながらケイが言う。既に決まったことだと今更になって告げられた。
「瑠璃のとこ?」
ケイの背中を撫でながら質問を重ねる。
「あちら側に行くんだね。何を企んでるの?」
「蝶男を追う」
「そっか。光弥も一緒に行くの?」
瑠璃とカンダタは当然として、光弥はあの2人についていくのかわからなかった。
「行くだろうな」
「明日?」
「そうだ」
ご飯を食べながら早口で答える。ケイの回答に満足して清音は立ち上がり、自身の部屋へと戻る。
カーテンが閉められたままの室内は朝だと言うのに深い影が女子高生のテリトリーを支配していた。
陽光を許さない空間に踏み入って等身大の鏡の前に佇む。そこに写っているのは大きな決断を目前にして不敵に誇らしく笑う彼女がいた。その背後では赤い目の少年が誇らしさとは真逆の感情を抱いていた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
王族に拾われましたがまわりの人はよく思ってないみたいです
ルー
ファンタジー
リリンは両親に捨てられ道端にいたところ、どこかの有力貴族の護衛に邪魔だと言われる。彼らが去って悲しくて泣いていたときある美少女に声をかけられた。さっきの出来事と同じ結末になるのが怖くて俯いていたらその美少女はリリンを拾ってくれた。彼女の名前はハルシルフィ。この国の王族だった。王族の養子となり仲間入りをはたしたが、まわりの侍女や、執事、護衛達はよく思っていないらしい。嫌がらせを受けていました。ついに耐えられず、リリンは脱走してしまった。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
アストルムクロニカ-箱庭幻想譚-(挿し絵有り)
くまのこ
ファンタジー
これは、此処ではない場所と今ではない時代の御伽話。
滅びゆく世界から逃れてきた放浪者たちと、楽園に住む者たち。
二つの異なる世界が混じり合い新しい世界が生まれた。
そこで起きる、数多の国や文明の興亡と、それを眺める者たちの物語。
「彼」が目覚めたのは見知らぬ村の老夫婦の家だった。
過去の記憶を持たぬ「彼」は「フェリクス」と名付けられた。
優しい老夫婦から息子同然に可愛がられ、彼は村で平穏な生活を送っていた。
しかし、身に覚えのない罪を着せられたことを切っ掛けに村を出たフェリクスを待っていたのは、想像もしていなかった悲しみと、苦難の道だった。
自らが何者かを探るフェリクスが、信頼できる仲間と愛する人を得て、真実に辿り着くまで。
完結済み。ハッピーエンドです。
※7話以降でサブタイトルに「◆」が付いているものは、主人公以外のキャラクター視点のエピソードです※
※詳細なバトル描写などが出てくる可能性がある為、保険としてR-15設定しました※
※昔から脳内で温めていた世界観を形にしてみることにしました※
※あくまで御伽話です※
※固有名詞や人名などは、現代日本でも分かりやすいように翻訳したものもありますので御了承ください※
※この作品は「ノベルアッププラス」様、「カクヨム」様、「小説家になろう」様でも掲載しています※
異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~
夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。
雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。
女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。
異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。
調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。
そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。
※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。
※サブタイトル追加しました。
森だった 確かに自宅近くで犬のお散歩してたのに。。ここ どこーーーー
ポチ
ファンタジー
何か 私的には好きな場所だけど
安全が確保されてたらの話だよそれは
犬のお散歩してたはずなのに
何故か寝ていた。。おばちゃんはどうすれば良いのか。。
何だか10歳になったっぽいし
あらら
初めて書くので拙いですがよろしくお願いします
あと、こうだったら良いなー
だらけなので、ご都合主義でしかありません。。
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
回復力が低いからと追放された回復術師、規格外の回復能力を持っていた。
名無し
ファンタジー
回復術師ピッケルは、20歳の誕生日、パーティーリーダーの部屋に呼び出されると追放を言い渡された。みぐるみを剥がされ、泣く泣く部屋をあとにするピッケル。しかし、この時点では仲間はもちろん本人さえも知らなかった。ピッケルの回復術師としての能力は、想像を遥かに超えるものだと。
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる