糸と蜘蛛

犬若丸

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4章 闇底で交わす小指

交わす小指 3

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 輪廻の引力は凄まじいものであたしやカンダタ以外のもの全てを引きつけて、地下の崩壊は再開される。
 その引力は子取りの巨躯でさえ、造作もなく宙に浮いてしまう。
 ただ、あたしの脚を掴んでいるから浮いているだけで留まり、道連れになりそうになっているあたしをハクとカンダタが阻止する。
 ハクはあたしにのしかかり、カンダタは脇腹に腕を回し、スカートのウエストを掴んで壁際へと寄せようとする。
 カンダタの力が増すと子取りの握力も増して、あたしは骨が砕けそうな痛みに唸る。
 痛みを堪え、目を細めてると淡い青光を背にする子取りがあたしに縋っていた。その必死な形相は母との今生の別れを拒むものに似ていた。
 切なさが胸を締め付ける。
 別れたくないと縋る子取りの願いを叶えたくなる。
 けれど、あたしとあの子たちには越えられない境界線がある。あたしは生きていて、あの子たちは死んでいる。
 同じ境界線に立つには別れを受け入れないといけない。
 あたしは手を伸ばして、小指を差す。
 「輪廻の先で会える」
 それは子取りを安心させる為の優しさであり、あたしとの約束。
 「会えるから」
 もう一度、強く言い聞かせる。
 必死に縋って掴んでいた子取りの手が緩む。輪廻の引力が子取りとあたしを剥がそうとする。
 子取りはもう一度、手足に力を入れる。引力に逆らうと自身の小指を伸ばす。
 逆らって差し出された小指は震えていて、あたしの小指と重ならない。そればかりか、徐々に離れていく。
 あたしも目一杯に手を伸ばす。なかなかに小指同士は交わらない。
 やっと小指同士が近づいたと思ったら、指と指の先がほんの少しだけ触れ合う程度で、小指を交わしたとは言えない。
 けれど、子取りは満足そうに、緊張が解けた笑みを浮かべて手足の力を抜いた。
 抵抗がなくなった分、輪廻に吸い込まれるのは速かった。
 子取りはあたしから離れ、通路から離れる。浮かぶ身体は輪廻の引力によって溶かされ、青白い光の玉に変わっていく。
 光に包まれ、光そのものになっても子取りとあたしは見つめ合っていた。最後の瞬間を惜しむように。
 輪廻の、その先で会える。交わした約束を希望として持っていき、子取りは輪廻を受け入れる。
 対して、あたしは泣いていた。
 胚羊水の胎児たちにたくさんの同情をした。自分を重ねた。けれど、今流れている波はそれらとは違う。
 悲しい、と純粋に思う。
 思いやりのあった河原の子たち、あたしの小指を握ってついて歩いたキケイ、廃病院の子も子取りも全て輪廻に流される。あたしとの出会いも会話も、全て輪廻が洗い落とす。
 「これでよかったんだ」
 あたしを支えるカンダタが言う。ハクはあたしの涙に寄り添う。
 子取りが青白い光の玉となって輪廻に吸われる。
 光の玉が消えたタイミングを見計ったようにガラス張りにシャッターが降ろされた。光弥が閉じたのだろう。
 輪廻の光が途絶え、残されたのは寂しくなった静寂とあたしの涙だった。
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