糸と蜘蛛

犬若丸

文字の大きさ
上 下
449 / 618
4章 闇底で交わす小指

決断 12

しおりを挟む
 逡巡する。そこに諦めの選択肢はなく、どうすれば子取りが再び立ち上がるかを重点に答えを導こうとした。
 どれほど頭を回転しても良案といえるものはなかった。
 逡巡している時間は2、3秒ほどだった。ほんの一瞬でさえも迷ってはいられない。
 子取りの後を追ってきた蠍の鬼が川沿いの斜面を下ってきた。
 「まずいな」
 カンダタが零す。険しい表情の先にあるのは廃病院にいた蠍の鬼。こちらに向かってこず、手近にいる看護婦や赤子たちを薙ぎ払う。あそこが片付いたら、今度はこちらを襲ってくる。
 挟み撃ちだと理解して、舌打ちする。状況は悪化するばかり。
 そうした悪態をついた矢先、川が大きく波打ち、蠍の鬼を追ってきた大蛇の群れが現れる。
 大蛇の半分は子取りを見て見ぬふりをするものもいたけれど、残りの半分は蠍の鬼に敵意を持っていた。
 もしかしたら、今がチャンスなのかもしれない。
 「先に行ってて。十手を使う」
 「いいのか?」
 カンダタが確認したのはあたしを置いて捨てていいのかということ。
 あたしは迷いなく頷いた。
 身体と体力は限界を超えている。そんな状況でカンダタと逃げても足を引っ張るだけ。
 そんな醜態を晒すよりだったら、できる限りの抗いをしたい。
 カンダタが躊躇っていたのは一瞬だけだった。すぐ様あたしに背を向け、看護婦たちの間を縫うに走っていく。
 あたしの背後では蹲っている無抵抗な子取りに蠍の鬼が迫っていた。
 大蛇が川から這い出て、あたしの横を通る。間近で感じる地響きに驚いて硬直する。
 数匹の大蛇が子取りに覆い被さり牙を剥きだして迫る鬼に威嚇する。
 牙と鋏の闘いが子取りの傍で行われる。
 蠍の尖った脚が大蛇の胴を貫き、輪の鋏で頭を潰す。1匹の大蛇が蠍の胴に絡まり、楊梅瘡だらけの大蛇が尾に噛み付く。
 川から出てくる大蛇は増え、廃病院から出てきた蠍の鬼も近場の看護婦たちを片付けながらもこちらに近づいてくる。更に坂を下ってくる  もう1体の鬼がいる。
 あたしは深呼吸をして、固まっていた足で踏み出す。
 蠍の鬼が腕を振り回し、絡まっていた大蛇を剥がそうともがく。大きく振られた腕は子取りの脇腹を打ち、その衝撃で横倒しにされる。
 巨大な子取りが倒れた振動が地響きとなってあたしの足元を揺らす。
 膝をつき、それでも立ち上がろうとした途端、吹き飛ばされた大蛇の頭があたしの前で落下し、転がってきた。
 頭だけでもあたしの身長と変わらない大きさなのに、それが砂利を抉りながら怒涛の勢いで迫り、目と鼻の先で止まった。
 大蛇の開いた瞳孔と目があって息を呑む。
 驚きのあまり、固まってしまった。
 頭を切り替える。大蛇の頭を避け、倒れた子取りに駆け寄った。
 子取りはすすり泣いて、凄惨な現状が治るのを待つ。あたしが傍に来ても、現実逃避をして丸くなったままだった。
 あたしは子取りの腕に触れる。触れた指先から胎児たちの怨念が魂に流れてくる。取り込まれると危機を察し、手を放す。
 「起きて、ここから離れるのよ」
 呼びかけても子取りの反応がない。
 あたしを求めてここまで追ってきたのにこんなところで止まってしまった。
 子供たちは子取りに集まってきた。だから、廃病院まで行かなくてもいい。けれど、この乱闘からは遠ざけないといけない。
 鬼の腕がへし折られ、地に落ちる。砂利が弾かれて、あたしの頬を掠める。
 子取りが怯えた声を漏らす。 
 「起きなさい!」
 蠍の鬼が身を捩り、絡んでくる大蛇を振り払おうとする。大蛇の尾が子取りの頬を打ち、あたしの頭上で弧を描く。
 子取りは声を出す気力もない。頭からの泥も涙も止まっている。
 「生きたかったんでしょ。産まれたかったんでしょ。母に、ママに会いたかったんでしょ。今起きないともう永遠に会えないわよ」
 酷なことを言っているのはわかる。あたしよりもボロボロの子取りは声も出せずにいる。
 満身創痍の身体に鞭を打って、起きろと怠けるなと叫ぶ。
 立ち上がってくれないと死と怨念の記憶が繰り返される闇底からは出られない。
 あたしは子取り小指に白糸を括る。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

律と欲望の夜

冷泉 伽夜
大衆娯楽
アフターなし。枕なし。顔出しなしのナンバーワンホスト、律。 有名だが謎の多いホストの正体は、デリヘル会社の社長だった。 それは女性を喜ばせる天使か、女性をこき使う悪魔か――。 確かなことは 二足のわらじで、どんな人間も受け入れている、ということだ。

ハーフ&ハーフ

黒蝶
恋愛
ある雨の日、野崎七海が助けたのは中津木葉という男。 そんな木葉から告げられたのは、哀しい事実。 「僕には関わらない方がいいよ。...半分とはいえ、人間じゃないから」 ...それから2ヶ月、ふたりは恋人として生きていく選択をしていた。 これは、極々普通?な少女と人間とヴァンパイアのハーフである少年の物語。

第3次パワフル転生野球大戦ACE

青空顎門
ファンタジー
宇宙の崩壊と共に、別宇宙の神々によって魂の選別(ドラフト)が行われた。 野球ゲームの育成モードで遊ぶことしか趣味がなかった底辺労働者の男は、野球によって世界の覇権が決定される宇宙へと記憶を保ったまま転生させられる。 その宇宙の神は、自分の趣味を優先して伝説的大リーガーの魂をかき集めた後で、国家間のバランスが完全崩壊する未来しかないことに気づいて焦っていた。野球狂いのその神は、世界の均衡を保つため、ステータスのマニュアル操作などの特典を主人公に与えて送り出したのだが……。 果たして運動不足の野球ゲーマーは、マニュアル育成の力で世界最強のベースボールチームに打ち勝つことができるのか!? ※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

処理中です...