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4章 闇底で交わす小指
決断 5
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それよりも走ったほうがよさそうだ。忘れかけていた危機感が戻ってきた。
瑠璃は未だに立ち竦んでいた。口を半開きにさせ、感情が読めない目は子取りを見つめている。
「瑠璃っ!」
強く呼びかけると白昼夢から目を覚ましたように金縛りが解けた。瑠璃は子取りに背を向ける。
瑠璃を先に走らせ、後方の子取りに目線をやりながら脚を動かす。キケイと一つになった子取りは肥大化し、その背にはキケイが生やしていたような触手の腕が幾つも生える。
ずるりと子取りが裂け目から落ちると肥満した身体はブドウコの上で蹲る。
子取りの動きが止まったのはありがたい。だが、先程から瑠璃の様子おかしい。動きや反応が鈍いのは疲弊だけではなさそうだ。
子取りに呑まれたのだから無事では済まされなかったのだろう。瑠璃の魂が胚羊水に呑まれようとしている。
カンダタの背には清音がいる。2人は背負えない。瑠璃には立ち直ってもらわないと困る。
蹲っていた子取りが大きな声で泣き出す。母親に訴える叫びだ。子取りの頭から貝紫の泥が湧き、周囲を取り囲む。
子取りの脚よりも侵攻が早い。
速度を上げようとすると前方の瑠璃が躓いた。それは単なる転倒ではない。脚腰が震え立てなくなっている。瑠璃は両耳を塞ぎ、子取りの泣き声を拒絶するも、それは意味を成していなかった。
「瑠璃?どうした?」
カンダタの声は聞こえておらず、瑠璃は肩を震わせ、滝のような涙を流す。
変化はカンダタの背で眠る清音にも起きた。清音から嗚咽が聞こえてきたかと思えば、身体を震わせ、虚ろに喋る。
「ごめんねごめん。私も会いたかったの産みたかった親になりたかった。許さないで私を憎んで。全部私が悪いの」
清音の意識が戻ったのではない。子取りの叫びに感化され、何かしらの思念が流れ込んでいる。瑠璃も同じ状態だろう。
「立て!走れ!」
瑠璃はまだ完全に堕ちていない。一時的にも奮起させればこの場は乗り越えてられる。
カンダタの期待は虚しく、瑠璃は震えてばかりで反応はない。
子取りを見遣れば、肥大化した巨躯を引き摺りこちらへと向かっている。貝紫の泥の範囲も広がっていく。
カンダタは瑠璃の前で跪き、目線の高さを彼女に合わせる。肩を強く揺さぶるもやはり、反応はない。
「瑠璃の親はどんな奴だった?思い出せ」
肩を揺さぶりながら話しかける。
「両親は瑠璃に謝っていたか?名前を呼ばれたか?」
瑠璃から子取りへと目線を移す。子取りの足は遅いが、徐々に近づいてきている。貝紫の泥の範囲も広がっていく。
「夢園」の出来事を思い出しながら、瑠璃が最も嫌悪する言葉を選ぶ。
「愛してくれなかったんだろ。親が2人もいたのに。その上、殺されかけた。なぁ、エマ?」
敢えてエマと呼んだのが功を奏したのか、震えていた肩が止まり、カンダタを睨む。
立ち直った、と喜ぶも束の間。瑠璃はカンダタの鼻頭に頭突きをする。突拍子のない行動に避けきれず、その衝撃に背中の清音を落としそうになった。頭突かれた鼻が痛む。
「その名前で呼ばないで。二度と!」
低い声色。「二度と」の部分が強調されていた。鼻は痛いが、瑠璃の自我は取り戻せた。
だからといって安心はできない。子取りから流れる貝紫の泥が侵蝕する範囲を広げている。
瑠璃は立ち上がり、子取りと泥から逃げる。カンダタも清音の体勢を直し、瑠璃に続く。
疲労は残っていたが、先ほどよりもしっかりと走れている。これで瑠璃が胎児に呑まれる心配はなくなった。
瑠璃は未だに立ち竦んでいた。口を半開きにさせ、感情が読めない目は子取りを見つめている。
「瑠璃っ!」
強く呼びかけると白昼夢から目を覚ましたように金縛りが解けた。瑠璃は子取りに背を向ける。
瑠璃を先に走らせ、後方の子取りに目線をやりながら脚を動かす。キケイと一つになった子取りは肥大化し、その背にはキケイが生やしていたような触手の腕が幾つも生える。
ずるりと子取りが裂け目から落ちると肥満した身体はブドウコの上で蹲る。
子取りの動きが止まったのはありがたい。だが、先程から瑠璃の様子おかしい。動きや反応が鈍いのは疲弊だけではなさそうだ。
子取りに呑まれたのだから無事では済まされなかったのだろう。瑠璃の魂が胚羊水に呑まれようとしている。
カンダタの背には清音がいる。2人は背負えない。瑠璃には立ち直ってもらわないと困る。
蹲っていた子取りが大きな声で泣き出す。母親に訴える叫びだ。子取りの頭から貝紫の泥が湧き、周囲を取り囲む。
子取りの脚よりも侵攻が早い。
速度を上げようとすると前方の瑠璃が躓いた。それは単なる転倒ではない。脚腰が震え立てなくなっている。瑠璃は両耳を塞ぎ、子取りの泣き声を拒絶するも、それは意味を成していなかった。
「瑠璃?どうした?」
カンダタの声は聞こえておらず、瑠璃は肩を震わせ、滝のような涙を流す。
変化はカンダタの背で眠る清音にも起きた。清音から嗚咽が聞こえてきたかと思えば、身体を震わせ、虚ろに喋る。
「ごめんねごめん。私も会いたかったの産みたかった親になりたかった。許さないで私を憎んで。全部私が悪いの」
清音の意識が戻ったのではない。子取りの叫びに感化され、何かしらの思念が流れ込んでいる。瑠璃も同じ状態だろう。
「立て!走れ!」
瑠璃はまだ完全に堕ちていない。一時的にも奮起させればこの場は乗り越えてられる。
カンダタの期待は虚しく、瑠璃は震えてばかりで反応はない。
子取りを見遣れば、肥大化した巨躯を引き摺りこちらへと向かっている。貝紫の泥の範囲も広がっていく。
カンダタは瑠璃の前で跪き、目線の高さを彼女に合わせる。肩を強く揺さぶるもやはり、反応はない。
「瑠璃の親はどんな奴だった?思い出せ」
肩を揺さぶりながら話しかける。
「両親は瑠璃に謝っていたか?名前を呼ばれたか?」
瑠璃から子取りへと目線を移す。子取りの足は遅いが、徐々に近づいてきている。貝紫の泥の範囲も広がっていく。
「夢園」の出来事を思い出しながら、瑠璃が最も嫌悪する言葉を選ぶ。
「愛してくれなかったんだろ。親が2人もいたのに。その上、殺されかけた。なぁ、エマ?」
敢えてエマと呼んだのが功を奏したのか、震えていた肩が止まり、カンダタを睨む。
立ち直った、と喜ぶも束の間。瑠璃はカンダタの鼻頭に頭突きをする。突拍子のない行動に避けきれず、その衝撃に背中の清音を落としそうになった。頭突かれた鼻が痛む。
「その名前で呼ばないで。二度と!」
低い声色。「二度と」の部分が強調されていた。鼻は痛いが、瑠璃の自我は取り戻せた。
だからといって安心はできない。子取りから流れる貝紫の泥が侵蝕する範囲を広げている。
瑠璃は立ち上がり、子取りと泥から逃げる。カンダタも清音の体勢を直し、瑠璃に続く。
疲労は残っていたが、先ほどよりもしっかりと走れている。これで瑠璃が胎児に呑まれる心配はなくなった。
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