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4章 闇底で交わす小指
決断 4
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迫る子取りを背にして、カンダタたちは来た道を戻る。
「マ、マアッアアッ!」
背後から聞こえるのは子取りの怒声。いや、置いていかれ見捨てられる胎児たちの必死の叫びだ。
カンダタたちは生きたいから走っているだけだと言うのに「生まれた命の責任を負え」と責めたてる叫び声だった。
瑠璃も同じく聞こえているのか、冷たいはずの瞳から涙が2粒3粒と落ちていく。
輪切りにされ、身体の半分がなくなった大蛇は死んで筋力が失っても尚、蠍の鬼に力なく絡み付いていた。それを振り払って解く時間も欲しいのか、その状態のまま鬼は子取りを追う。
来た道を戻る逃走の途中、死にかけの大蛇まで戻ってきた。カンダタたちがその横を通りすぎると虫の息であった大蛇が大きな息を吐く。
大蛇の目に映ったのは子取りを追う蠍の鬼。怠そうに上体を起こすと毒牙を剥く。
子取りの横を過ぎた大蛇は蠍の鬼に組み敷く。蠍の鬼の足止めにはなってくれたが、子取りはそのままカンダタたちを追う。
逃げきれるだろうか。カンダタは清音を背負い、瑠璃は疲労困憊だ。そんな不安が脳裏を過ぎる。子取りの足が遅いとは言え、体力はあちらの方が上だ。
カンダタが入ってきた裂け目に着く。その下ではキケイが泣きがら待ってくれていた。
瑠璃が裂け目へと落ちるとキケイが受け止める。カンダタは落ちるその前に振り向き、子取りを確認する。
子取りは鬼の形相で怨念と無念さを重ねた雄叫びを上げながら迫りくる。
カンダタが裂け目に落ち、その身体もキケイが受け止める。
「コ、コトトリ?」
キケイが首を傾げ、天井の裂け目を見上げる。
「逃げるぞ!」
カンダタがキケイに怒鳴るように呼びかけるも反応が薄い。瑠璃が腕を軽く叩いても裂け目の向こうにいる子取りを見つめる。
もたつけばこちらが危うい。キケイを置いていくしかない。その意図を含めて瑠璃を呼ぶ。瑠璃の目には迷いが生じていた。キケイに逃げようと促す。
今の瑠璃には幼くて弱い子供を置いていく選択ができない。折角、約束を果たしたというのにそれを無下にして見捨てることができない。
そもそも、ここまで行動してきたのが過ちだった。カンダタたちが助けられる数は限られているのに、それ以上の責任を負ってしまった。
今更、それに後悔しても遅い。子取りは裂け目を割り、こちらへと侵入してくる。
瑠璃は苦い後悔を噛み締め、キケイから離れる。
「ルゥリィ」
離れていく瑠璃にキケイは彼女を呼んだ。間延びしていたが、「瑠璃」と発音していた。
「ばぁいばい」
泣いてはいなかった。憂いて笑う顔は別れを受け入れていた。
キケイは腕を伸ばし、ブドウコの天井を掴むと欠損した脚で立とうとする。不揃いな脚では立つのも難しく、身体の重心が揺らぎ、今にも転びそうだ。
キケイを支えるように手を差し伸べたのは子取りだった。裂け目から身を乗り出し、キケイの腕を掴み、支える。子取りは、この時だけ怨念と無念さを忘れた表情でキケイを見つめていた。
「かぁえろぉ、いっしょ、ずうっといっしょ」
キケイから発せられる声は遠く、それを理解する余裕はカンダタと瑠璃にはない。
子取りは言葉以上にキケイの心中を理解していた。理解しているというより感情に同調しているようだった。
子取りが泣き出しそうに顔を歪めればキケイも同じ顔をする。キケイがその身を寄せようとすれば子取りがキケイを持ち上げるように密接する。
カンダタと瑠璃は危機感を忘れ、その様子を眺めていた。
互いの身を寄せ合い、触れた肌の部分からキケイは子取りの身体に沈んでいく。息を呑む暇もなく、キケイは子取りに取り込まれていく。
頭に浮かんだのは河原の子たちの言葉「病院の友達も壺の友達も一緒に行かないと。ぼくたちは同じだから。一緒じゃないと駄目なんだ」
なぜ今になってそれを思い出したのか、カンダタにもわからない。言葉では言い表せない前兆みたいなものに似ていた。
「マ、マアッアアッ!」
背後から聞こえるのは子取りの怒声。いや、置いていかれ見捨てられる胎児たちの必死の叫びだ。
カンダタたちは生きたいから走っているだけだと言うのに「生まれた命の責任を負え」と責めたてる叫び声だった。
瑠璃も同じく聞こえているのか、冷たいはずの瞳から涙が2粒3粒と落ちていく。
輪切りにされ、身体の半分がなくなった大蛇は死んで筋力が失っても尚、蠍の鬼に力なく絡み付いていた。それを振り払って解く時間も欲しいのか、その状態のまま鬼は子取りを追う。
来た道を戻る逃走の途中、死にかけの大蛇まで戻ってきた。カンダタたちがその横を通りすぎると虫の息であった大蛇が大きな息を吐く。
大蛇の目に映ったのは子取りを追う蠍の鬼。怠そうに上体を起こすと毒牙を剥く。
子取りの横を過ぎた大蛇は蠍の鬼に組み敷く。蠍の鬼の足止めにはなってくれたが、子取りはそのままカンダタたちを追う。
逃げきれるだろうか。カンダタは清音を背負い、瑠璃は疲労困憊だ。そんな不安が脳裏を過ぎる。子取りの足が遅いとは言え、体力はあちらの方が上だ。
カンダタが入ってきた裂け目に着く。その下ではキケイが泣きがら待ってくれていた。
瑠璃が裂け目へと落ちるとキケイが受け止める。カンダタは落ちるその前に振り向き、子取りを確認する。
子取りは鬼の形相で怨念と無念さを重ねた雄叫びを上げながら迫りくる。
カンダタが裂け目に落ち、その身体もキケイが受け止める。
「コ、コトトリ?」
キケイが首を傾げ、天井の裂け目を見上げる。
「逃げるぞ!」
カンダタがキケイに怒鳴るように呼びかけるも反応が薄い。瑠璃が腕を軽く叩いても裂け目の向こうにいる子取りを見つめる。
もたつけばこちらが危うい。キケイを置いていくしかない。その意図を含めて瑠璃を呼ぶ。瑠璃の目には迷いが生じていた。キケイに逃げようと促す。
今の瑠璃には幼くて弱い子供を置いていく選択ができない。折角、約束を果たしたというのにそれを無下にして見捨てることができない。
そもそも、ここまで行動してきたのが過ちだった。カンダタたちが助けられる数は限られているのに、それ以上の責任を負ってしまった。
今更、それに後悔しても遅い。子取りは裂け目を割り、こちらへと侵入してくる。
瑠璃は苦い後悔を噛み締め、キケイから離れる。
「ルゥリィ」
離れていく瑠璃にキケイは彼女を呼んだ。間延びしていたが、「瑠璃」と発音していた。
「ばぁいばい」
泣いてはいなかった。憂いて笑う顔は別れを受け入れていた。
キケイは腕を伸ばし、ブドウコの天井を掴むと欠損した脚で立とうとする。不揃いな脚では立つのも難しく、身体の重心が揺らぎ、今にも転びそうだ。
キケイを支えるように手を差し伸べたのは子取りだった。裂け目から身を乗り出し、キケイの腕を掴み、支える。子取りは、この時だけ怨念と無念さを忘れた表情でキケイを見つめていた。
「かぁえろぉ、いっしょ、ずうっといっしょ」
キケイから発せられる声は遠く、それを理解する余裕はカンダタと瑠璃にはない。
子取りは言葉以上にキケイの心中を理解していた。理解しているというより感情に同調しているようだった。
子取りが泣き出しそうに顔を歪めればキケイも同じ顔をする。キケイがその身を寄せようとすれば子取りがキケイを持ち上げるように密接する。
カンダタと瑠璃は危機感を忘れ、その様子を眺めていた。
互いの身を寄せ合い、触れた肌の部分からキケイは子取りの身体に沈んでいく。息を呑む暇もなく、キケイは子取りに取り込まれていく。
頭に浮かんだのは河原の子たちの言葉「病院の友達も壺の友達も一緒に行かないと。ぼくたちは同じだから。一緒じゃないと駄目なんだ」
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