糸と蜘蛛

犬若丸

文字の大きさ
上 下
423 / 574
4章 闇底で交わす小指

生命になれなかった子たち 11

しおりを挟む
 ともかく、清音の保護が目的の1つだ。2人は早足で近づこうとすると清音が踵を返し、走り出す。まるでカンダタたちから逃げていくようだ。
 清音の不審な行動に一抹の不安を抱きつつも追いかける。
 カンダタと瑠璃では走る速度が違う。カンダタの足だとすぐに追いつくが、それだと瑠璃を置いて行ってしまう。
 振り返ってみれば、瑠璃が顎で差す。「先に行け」の意味だと受け取ったカンダタは前を向き直り、速度を上げた。
 全速力で走ってれば、すぐに追いつくと見越していた。が、思っていたより清音と離れておりその上、彼女の足が速い。
 一本道の回廊なので見失うの心配はない。それよりもカンダタが抱く一抹の不安が心を乱していた。
 臆病な清音の性格からしてみれば、カンダタたちを視認すればすぐ様こちらに助けを求めてくるはずだ。
 それとは真逆の行動する清音はカンダタたちを回廊の奥へと誘っているようだ。
 清音を追いかけて行くと長い回廊は終わりを告げ、扇状の大広間に着いた。カンダタがくぐった出入り口は扇の要部分になっており、末広がりになった奥の両端には別室につながるドアが見分けられる。
 床には裸体の女性が何体も倒れ、その腹部は裂かれている。
 大広間の中央には山のように積まれた秘密箱があった。清音はその頂点を目指して登っていた。
 「清音!」
 カンダタは呼び止めるも、呼ばれた相手は振り向こうともしない。
 「呼んでるの、私を呼んでる。見つけてあげないと」
 カンダタの呼びかけには答えず、聞こえてくるのは虚ろに繰り返す独り言。
 催眠にでもかけられているのだろうか。清音の手足や口調はどこか浮いている。このままでは連れ戻せない。 
 カンダタは秘密箱の山を登り始める。抱いていた一抹の不安は更に大きくばり、それは焦りとなっていた。
 「いた!」
 清音の声が弾んだ。カンダタからは後ろ姿しか見えない。
 喜んだ清音が手に取ったのは赤子と同じ大きさの秘密箱。清音はそれを嬉々として閉じられたからくりを暴こうとする。
 早く清音を捕獲しなければ取り返しがつかない、と不思議な直感が働いていた。
 「仕掛けは何回? 38回?一週間足りないよ?それでいいの?」
 清音の独り言はどこかおかしい。まるで見えない誰かと会話しているようだ。
 ようやく清音のところまでの登り詰めるとカンダタは彼女の肩を揺さぶり、こちらに意識を向けさせようとする。
 強く揺さぶっても清音の視線は秘密箱から外れず、表面の黒い板をずらしてはからくりの謎に夢中になっている。
 清音に黒蝶の模様はない。服の下も確認したいところだが、それはカンダタがやるべきではない。それよりも清音から秘密箱を取り上げなければ。
 清音の両手首を掴み、秘密箱の仕掛けを解く手を止めさせる。
 カンダタの行為に清音は気分を害し、顔を歪めた。身を捩ると女子とは思えない筋力でカンダタを振り払う。想像以上の力に危うく山から崩れ落ちそうになった。
 何とか身体を保ち、その場で踏み止まるもカンダタの手が離れた。
 「邪魔しないでっ!」
 普段の大人しい清音ではありえない。はち切れた甲高い怒鳴り声だった。
 「私はこの子と会話しているのっ!」
 カンダタを眼中に入れたが、言っていることは支離滅裂だ。そして清音は落ちないように体勢を保っていたカンダタの肩を強く押した。
 角張った山の上、崩れかけていた体勢では均衡を保つ術はなく、あっけなく秘密箱からなだれ落ちた。
 転がった拍子にいくつかの秘密箱がカンダタと共に落ちる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

処理中です...