糸と蜘蛛

犬若丸

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4章 闇底で交わす小指

生命になれなかった子たち 7

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 中流から上流へと向かっていくにつれ、緩い坂は険しくなり、砂利の小石は岩へと大きさを変えた。
 歩くのがきつくなってきた。
 登り坂を上がっていくと遠くから轟音が聞こえてくる。その音を「滝だ」とカンダタは判別する。
 轟音のもとに着き、河原の子供たちが話していた「ツボ」を見上げる。
 壺は幾つもあって浮遊していた。口縁からは赤か黒かどちらかの液体が滝のように流れ、あたしの目前に広がる湖みたいなものに落ちる。
 「これは、滝壺?湖、か?」
 カンダタが険悪に言葉を吐く。
 あたしとカンダタが眉を顰めていたのはそれが湖と言い難かったから。
 湖のようなものに大量の大蛇が犇めき合っていた。
 「どっちでもいいわよ。醜悪なのは変わりないんだから」
 半分の大蛇は生きて、その半分は死骸となっている。
 岸から湖の中心まで今にも崩れそうな一本の橋が渡り、その終点からは螺旋階段が伸びていた。その先を更に辿ると一番巨大な壺がある。その壺だけ滝が流れていない。
 「あれが河原の子供たちが話してた壺ね」
 同意する様にカンダタが頷く。
 橋から壺までの高い螺旋階段は2本あって、赤と青の階段が交互に交わりながら伸びている。
 「河原の子たちは様々な蛇がいるって話してたな。助けてくれるやつと無責任な奴といじめてくる奴」
 「それが?」
 見遣るカンダタの目線を追い、辿り着いたのは1体の大蛇。他の大蛇と違い、赤く膨らんだ大きなこぶが皮を破って無造作にできている。
 「楊梅瘡ようばいそうだ」
 蛇なのに人間の丘疹みたいなそれにカンダタが話す。
 「あれには触れないほうがいい。感染する」
 「なんでそう言えるわけ?」
 その質問にカンダタは答えなかった。あたしもさほど興味もなかった。
 丘疹のある蛇には毒があるから触れない。それだけ覚えておく。
 橋の前まで行くとそのボロさに絶句する。
 柱は腐り、板床は枯れ、穴が点在する。歩いただけで落ちそうね。
 「エスコートしてくれる?」
 それは命令とも言えるお願いだった。
 「悪いがその言葉は知らないんだ」
 「率先して盾になるの。良かったわね。これで一つ賢くなった」
 間違った意味だとカンダタは気付いて、あたしを睨むも苦情はしなかった。
 床板が崩れないかと足裏で確認してから踏み入れる。頑丈そうな床板を見極めながらカンダタは進む。
 2、3歩先の道順を覚えて、カンダタが歩いた道をあたしが辿る。
 カンダタがジャンプして床板に空いた穴を避ける。あたしもそれに倣う。
 頑丈だと判断されていてもボロい床板は軋み、あたしの体重で落ちてしまうのではないと不安になる。
 しかも、フットワークが軽いカンダタと比べて、あたしの身体能力は中の上。カンダタがタン、タン、タンとリズム良く脚を弾ませて進んでもあたしはそんなうまく跳べない。
 「ちゃんとあたしが歩ける道を選んでよね」
 「安全な道を選んでる。これで橋から落ちたら運のなさを恨むだな」
 カンダタの身体能力を基準にしないでほしいわね。
 歩きやすさよりも安全性を重視しているみたいで、あたしの文句は聞いてくれなかった。
 橋の終点あたりまで着くと橋が途切れて渡れなくなっていた。対面する岸には螺旋階段が建っている。
 あそこまで行きたいのに。
 カンダタにとっては然程問題はなく、助走もなしに跳ぶと軽々と届いてしまう。
 あたしは軽々と跳べない。背後はボロい床板で助走もつけれない。
 下を覗けば大蛇と死骸が蠢いている。その光景に怯んでしまう。
 なるべく、飛距離を縮ませようとカンダタが手すりを掴み、こちらに腕を伸ばす。
 あたしは覚悟を決めて、膝を深く畳んで高く跳んだ。精一杯翔んだけれど、飛距離が足りなかった。
 届かないと悟ったカンダタは身体を伸ばし、あたしもできるだけ空中でカンダタを目指して手足を伸ばす。
 カンダタが落下するあたしの腕を捕まえる。あたしは途切れた橋から垂れ下がった。
 下にいる楊梅瘡の大蛇と目が合い、あたしに牙を向ける。開いた大きな口がこちらに伸びてくる前にカンダタが引き上げた。
 地面に転がったあたしは舌打ちをして立ち上がると眼前に聳え立つ螺旋階段を見上げた。
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