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4章 闇底で交わす小指
狂う計画 2
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カンダタはもう1つの推測をたてていた。
空になった皿を片付ける瑠璃を目で追ってから目線を窓に移す。点々と浮かぶ街灯の夜景がある。
紅柘榴を人喰い塀から出したくないのなら、黒蝶で傀儡にすればよかったのだが、それは紅柘榴に通用しなかった。できなかったのだろう。
白鋏・白糸の拒絶反応。これによって黒蝶を受け付けず、蝶男の術中に落ちない。もし、紅柘榴が瑠璃と同じ能力を持っていたのならば幽閉されていた理由も説明がつく。ハザマから紅柘榴を隠していたのだ。
おそらく、蝶男は拒絶反応を起こさずに黒蝶を埋め込もうとしていた。
カンダタの前ではそんな素振りはなかった。だが、気に留めることでもない不思議はいくつかあった。それが白鋏・白糸によるものなら、瑠璃は紅柘榴の。
頭を振るい、推測するのをやめた。台所では瑠璃が皿洗いをしている。
瑠璃は家のことを1人で行う。紅柘榴も家事を熟していた。だからといって2人が似ているといえば全く違う。
「瑠璃は瑠璃、だよな」
「何よ、いきなり。気持ち悪い」
独り言のつもりだったが、瑠璃に聞こえたらしい。
「べにのほうが美人だしな」
「惚気たいの?それとも喧嘩売ってる?」
独り言は会ったこともない女性と比べる発言であり、瑠璃の声が鋭くなる。
カンダタはそれ以上何も言わなかった。
瑠璃は瑠璃である。紅柘榴のように笑わず、皮肉嫌味ばかりで可愛げもない。手も冷えないので温めてやる道理もない。
カンダタが繋いでおきたかった手はこの世にはない。
冷えた手を思い出し、カンダタは瞳を閉じて夜の静寂に耳を澄ます。夏を終えたばかりの秋の音がした。
夜の風景に紛れ、ケイは2階のバルコニーに到着した。前足で窓を叩く。
カーテンが開けられ、部屋にいた清音がケイを迎え入れる。
室内に入ると芳香剤の臭いが鼻をつく。今朝より強くなっている。臭いは慣れるものだと耐えているが、芳香剤は強くなる一方だった。嗅覚がおかしくなりそうだ。
「おかえり。どうだった?」
「どう、とは?」
意図が読めない質問にケイは聞き返す。
「病院に行ったんでしょ?何があったの?」
「光弥の半身だ」
猫用ベッドを前足で踏み、寝る体勢を整える。
「そう、それでカンダタさんは?」
「同情していた」
「他には?」
更に重ねてくる質問にケイが作業中の足を止めた。
「そこまで気になるか?」
清音は光弥や帰ってきたばかりのケイよりもカンダタのことを聞いてくる。
ケイの質問返しに清音は図星でも突かれたのか顔を赤らめ、目を泳がせながら弁解する。
「そう、かな。あの人に助けられたこともあるから。だから、私も助けたいというか、恩返しのつもり。本当よ?」
「変わりはなかった。助けることもない」
「そっか。これからのことを聞いてきたんだよね?」
まだケイを寝かすつもりはないらしい。ベッドの上で丸まるケイに食い入るように屈む。
「ケイもあちら側に行くの?」
「傷が癒えたら」
ケイの身体は未だ万全とはいえない。睡眠をとる必要がある。
「なら、傷が治ればすぐに行くの?今も普通に見えるけど」
傷を負っているのは人型のほうだ。
あちら側と現世とではケイの型は違ってくる。人型はあちら側でしか存在できない。現世で猫から人型になったとしても一般人にはケイの姿は見えない。
「それってケイたちが行かないと駄目なの?」
「あの2人が決めた」
「だとしてもケイが付き添う必要はないよね?」
「見定めなければならない」
ケイの主、影弥からの使命は瑠璃に白い刀を託すこと。しかし、ケイを成り立たせている倫理がそれを許さない。
瑠璃の心は危うい。他人を傷つけるのも、自分を傷つけるのも躊躇わない。それでいて攻撃的な感情を持て余し、共感力に欠けている。
そんな彼女に形見でもある白い刀は託せない。
ケイが見定めようとしているのは瑠璃の危うい心が変わる時だ。
「それがケイの存在理由なの?」
目蓋が下がり、睡気に頭が重くなる。そんなケイに構わず、清音は問う。
「見定めるまで瑠璃を守るの?」
答えようとしても思考は鈍く、身体は疲労して怠い。
「瑠璃は特別なんだね。いいなぁ」
最後の言葉をケイは聞き取れなかった。
空になった皿を片付ける瑠璃を目で追ってから目線を窓に移す。点々と浮かぶ街灯の夜景がある。
紅柘榴を人喰い塀から出したくないのなら、黒蝶で傀儡にすればよかったのだが、それは紅柘榴に通用しなかった。できなかったのだろう。
白鋏・白糸の拒絶反応。これによって黒蝶を受け付けず、蝶男の術中に落ちない。もし、紅柘榴が瑠璃と同じ能力を持っていたのならば幽閉されていた理由も説明がつく。ハザマから紅柘榴を隠していたのだ。
おそらく、蝶男は拒絶反応を起こさずに黒蝶を埋め込もうとしていた。
カンダタの前ではそんな素振りはなかった。だが、気に留めることでもない不思議はいくつかあった。それが白鋏・白糸によるものなら、瑠璃は紅柘榴の。
頭を振るい、推測するのをやめた。台所では瑠璃が皿洗いをしている。
瑠璃は家のことを1人で行う。紅柘榴も家事を熟していた。だからといって2人が似ているといえば全く違う。
「瑠璃は瑠璃、だよな」
「何よ、いきなり。気持ち悪い」
独り言のつもりだったが、瑠璃に聞こえたらしい。
「べにのほうが美人だしな」
「惚気たいの?それとも喧嘩売ってる?」
独り言は会ったこともない女性と比べる発言であり、瑠璃の声が鋭くなる。
カンダタはそれ以上何も言わなかった。
瑠璃は瑠璃である。紅柘榴のように笑わず、皮肉嫌味ばかりで可愛げもない。手も冷えないので温めてやる道理もない。
カンダタが繋いでおきたかった手はこの世にはない。
冷えた手を思い出し、カンダタは瞳を閉じて夜の静寂に耳を澄ます。夏を終えたばかりの秋の音がした。
夜の風景に紛れ、ケイは2階のバルコニーに到着した。前足で窓を叩く。
カーテンが開けられ、部屋にいた清音がケイを迎え入れる。
室内に入ると芳香剤の臭いが鼻をつく。今朝より強くなっている。臭いは慣れるものだと耐えているが、芳香剤は強くなる一方だった。嗅覚がおかしくなりそうだ。
「おかえり。どうだった?」
「どう、とは?」
意図が読めない質問にケイは聞き返す。
「病院に行ったんでしょ?何があったの?」
「光弥の半身だ」
猫用ベッドを前足で踏み、寝る体勢を整える。
「そう、それでカンダタさんは?」
「同情していた」
「他には?」
更に重ねてくる質問にケイが作業中の足を止めた。
「そこまで気になるか?」
清音は光弥や帰ってきたばかりのケイよりもカンダタのことを聞いてくる。
ケイの質問返しに清音は図星でも突かれたのか顔を赤らめ、目を泳がせながら弁解する。
「そう、かな。あの人に助けられたこともあるから。だから、私も助けたいというか、恩返しのつもり。本当よ?」
「変わりはなかった。助けることもない」
「そっか。これからのことを聞いてきたんだよね?」
まだケイを寝かすつもりはないらしい。ベッドの上で丸まるケイに食い入るように屈む。
「ケイもあちら側に行くの?」
「傷が癒えたら」
ケイの身体は未だ万全とはいえない。睡眠をとる必要がある。
「なら、傷が治ればすぐに行くの?今も普通に見えるけど」
傷を負っているのは人型のほうだ。
あちら側と現世とではケイの型は違ってくる。人型はあちら側でしか存在できない。現世で猫から人型になったとしても一般人にはケイの姿は見えない。
「それってケイたちが行かないと駄目なの?」
「あの2人が決めた」
「だとしてもケイが付き添う必要はないよね?」
「見定めなければならない」
ケイの主、影弥からの使命は瑠璃に白い刀を託すこと。しかし、ケイを成り立たせている倫理がそれを許さない。
瑠璃の心は危うい。他人を傷つけるのも、自分を傷つけるのも躊躇わない。それでいて攻撃的な感情を持て余し、共感力に欠けている。
そんな彼女に形見でもある白い刀は託せない。
ケイが見定めようとしているのは瑠璃の危うい心が変わる時だ。
「それがケイの存在理由なの?」
目蓋が下がり、睡気に頭が重くなる。そんなケイに構わず、清音は問う。
「見定めるまで瑠璃を守るの?」
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