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4章 闇底で交わす小指
カンダタ、生前 崩れる 15
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口の中で噛むと粒が弾けた。錆びた匂いがするのに甘い味がする。
柘榴はこんな味をしていただろうか。そんな疑問が浮かんだが、すぐに消えた。
空腹時に甘美の味を知ると止められなくなった。無我夢中で柘榴を貪り、気がつけば皮まで食べていた。
「皮も美味しいだろう」
俺の食欲に蝶男は満足して笑う。そして、後ろに回ると項の縫合糸を剪刀で切っていく。
「身体に起きていることをわかりやすく説明すると、幼虫が脊髄に巣を作った。幼虫はここまできたはずだ」
腰椎のあたりを軽く叩く。体内で眠っていた幼虫が刺激され、僅かに動く。
「これから幼虫は卵を産んだ」
「幼虫が、たまごを?」
「黒蝶はそう作られた。卵を産んだら神経を伝わって脳まで登り、蛹になる」
「さなぎに、なったら?」
「それは今度話そう。今は幼虫を追加して、黒蝶の増殖を促す」
背後で小瓶の栓が抜かれた。それがあの生き地獄が始まる合図だ。
「まっまってくれ」
神経を噛まれる感覚、這いずり回る不快さ。あれらがやってくる。
「ほら、紅柘榴の未来の為だ」
紅柘榴、そうだ。俺は彼女と二人で。
「子供を作るんだろう?彼女の為なら何でもできる。そうだろう?」
呼吸と身体は小刻みに震えていたが、なんとか頷く。
「なら、耐えられるはずだ。何しろ君は紅柘榴の為なら死んでも構わないのだから」
それ以上、何かを言ってくる事はなかった。いや、言っていたのかもしれない。
昨日と同じく、檻を蹴り、身を捩る。逃げようとすれば首を回され、顎を抑えられる。
外から聞こえてくる音は体内で蠢く虫たちによってかき消された。自身の叫びすらも遠のいていた。
この苦痛は紅柘榴の為だ。叫びも、この身に受ける恐怖も。紅柘榴の為だ。
「彼女の為だ」「耐えるんだ」「子を作るんだ」「死んでも構わない」
どこからか聞こえる囁き声は魂に説き聞かせ、俺は幾度も頷いた。
あぁ、そうだ。俺は魂を捧げてもいい。死んでも構わない。
今日の分が終わった後、弱い声で呟いた。
「死んだほうがましだ」
項に幼虫を詰め込み、接合する。作業を終えた蝶男は手を拭く。
「自害してもいいよ。今すれば望みのものは手に入らないけどね」
柘榴と共に小刀を檻に投げる。
「昼食だ。落ち着いたら食べるといい。小刀は自害用だ。耐えられなくなったらいつでも絶てばいい」
優しい口調。だが、この男はどこまでも残酷だ。俺は冷笑する蝶男に見守られながら目を瞑った。
目を覚ませば暗闇に取り残されていた。
檻にあるのは柘榴と小刀。蝶男は「昼食」と「自害の術」を俺の手元に残した。
しばらくの間、小刀を眺めていた。
夜になったら、生き地獄が開始される。
頭に浮かんだ自害が幾度も往復する。
不意に自身の手が何かを握っていることに気付いた。
持っていることすら忘れていた。俺が無意識に握り締めていたのは赤い髪結いだった。
べに、紅柘榴。会いたい、抱きしめたい。この腕の中でべにと。
髪結いを抱きしめるように握る。そして、赤い果実を手にとるとそれを貪り食う。果汁が弾け、手と口周りを赤く汚す。
錆びた臭いと甘い味に酔う感覚を覚えるも、しっかりと小刀の柄を握る。そして、檻の床を削る。
今日は2日目だ。なので、二本の線を床に刻むと小刀を懐に仕舞う。
強く、強く気を保つんだ。蝶男は七日間と言っていた。ならば、その数日を耐えればいい。悶え、地獄を味わったとしても七日が経てば終わる。
耐えられるはずだ。俺は紅柘榴の為ならば死んでも構わないのだから。
柘榴はこんな味をしていただろうか。そんな疑問が浮かんだが、すぐに消えた。
空腹時に甘美の味を知ると止められなくなった。無我夢中で柘榴を貪り、気がつけば皮まで食べていた。
「皮も美味しいだろう」
俺の食欲に蝶男は満足して笑う。そして、後ろに回ると項の縫合糸を剪刀で切っていく。
「身体に起きていることをわかりやすく説明すると、幼虫が脊髄に巣を作った。幼虫はここまできたはずだ」
腰椎のあたりを軽く叩く。体内で眠っていた幼虫が刺激され、僅かに動く。
「これから幼虫は卵を産んだ」
「幼虫が、たまごを?」
「黒蝶はそう作られた。卵を産んだら神経を伝わって脳まで登り、蛹になる」
「さなぎに、なったら?」
「それは今度話そう。今は幼虫を追加して、黒蝶の増殖を促す」
背後で小瓶の栓が抜かれた。それがあの生き地獄が始まる合図だ。
「まっまってくれ」
神経を噛まれる感覚、這いずり回る不快さ。あれらがやってくる。
「ほら、紅柘榴の未来の為だ」
紅柘榴、そうだ。俺は彼女と二人で。
「子供を作るんだろう?彼女の為なら何でもできる。そうだろう?」
呼吸と身体は小刻みに震えていたが、なんとか頷く。
「なら、耐えられるはずだ。何しろ君は紅柘榴の為なら死んでも構わないのだから」
それ以上、何かを言ってくる事はなかった。いや、言っていたのかもしれない。
昨日と同じく、檻を蹴り、身を捩る。逃げようとすれば首を回され、顎を抑えられる。
外から聞こえてくる音は体内で蠢く虫たちによってかき消された。自身の叫びすらも遠のいていた。
この苦痛は紅柘榴の為だ。叫びも、この身に受ける恐怖も。紅柘榴の為だ。
「彼女の為だ」「耐えるんだ」「子を作るんだ」「死んでも構わない」
どこからか聞こえる囁き声は魂に説き聞かせ、俺は幾度も頷いた。
あぁ、そうだ。俺は魂を捧げてもいい。死んでも構わない。
今日の分が終わった後、弱い声で呟いた。
「死んだほうがましだ」
項に幼虫を詰め込み、接合する。作業を終えた蝶男は手を拭く。
「自害してもいいよ。今すれば望みのものは手に入らないけどね」
柘榴と共に小刀を檻に投げる。
「昼食だ。落ち着いたら食べるといい。小刀は自害用だ。耐えられなくなったらいつでも絶てばいい」
優しい口調。だが、この男はどこまでも残酷だ。俺は冷笑する蝶男に見守られながら目を瞑った。
目を覚ませば暗闇に取り残されていた。
檻にあるのは柘榴と小刀。蝶男は「昼食」と「自害の術」を俺の手元に残した。
しばらくの間、小刀を眺めていた。
夜になったら、生き地獄が開始される。
頭に浮かんだ自害が幾度も往復する。
不意に自身の手が何かを握っていることに気付いた。
持っていることすら忘れていた。俺が無意識に握り締めていたのは赤い髪結いだった。
べに、紅柘榴。会いたい、抱きしめたい。この腕の中でべにと。
髪結いを抱きしめるように握る。そして、赤い果実を手にとるとそれを貪り食う。果汁が弾け、手と口周りを赤く汚す。
錆びた臭いと甘い味に酔う感覚を覚えるも、しっかりと小刀の柄を握る。そして、檻の床を削る。
今日は2日目だ。なので、二本の線を床に刻むと小刀を懐に仕舞う。
強く、強く気を保つんだ。蝶男は七日間と言っていた。ならば、その数日を耐えればいい。悶え、地獄を味わったとしても七日が経てば終わる。
耐えられるはずだ。俺は紅柘榴の為ならば死んでも構わないのだから。
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