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4章 闇底で交わす小指
カンダタ、生前 崩れる 9
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「わからないな。君だって生殖本能が備わっているのだろう?ほかのものと変わりないのに、なぜ生かされているのか」
蝶男は俺の上に乗ったまま、身体の角度を変え、両手で俺の左脚を掴む。野太い折れる音が聞こえた。
「ああっ!」
刹那、今までにない激痛が伝わる。
脚の骨を折られた。痛みが全身に広がり、痛いという思考しか浮かばない。
「つくづく感情とは面倒なものだね。そのお陰で、扱いやすい時もあるんだがね。怒りを煽げば判断力が鈍る。そこに痛みも加えれば相手の操作は容易い」
蝶男が説明しているが、そんなもの耳に入ってこない。
こいつから逃げないと。
そうしたいのに蝶男が俺の背中にのしかかる。蝶男が後ろから左手を回し、顎を捉え、右手が無理矢理、俺の口腔にねじ込む。
歯茎に衝撃が走り、声にならない叫びを上げる。
蝶男の右手が口腔から退く。地面に転がったのは左上の奥歯だった。
「もう少し痛めつけさせてもらうよ。そうしたほうが促しやすいからね」
痛みで全身が震える。何も考えられない。
「安心してくれ。殺しはしないよ。僕は命を大事にしているからね」
彼の言葉が理解できなかった。
妙な胸騒ぎで目が覚めた。誰かの悲鳴が聞こえた。
頭がぼうっとする。
上半身を起こすと被せてあった布団が落ちた。
お酒という物を飲んでいたら、睡魔がやってきた。微睡んでいたら、告白された。
そこまで思い出し、誰もいないことに気付く。
そういえば、悲鳴が聞こえた。
胸騒ぎが大きくなる。寝床から縁側まで一気に駆けた。庭先にいた風景に心臓が止まる。
夜の冷たい空気を吸う。どれほど空気を吸っても身体は温度を感じなかった。
庭に彩られた花々は無残に散らされていた。その中心に立っていたのは蝶男。そして、奴の手によって襤褸切れ当然のように掴まっていたのは。
「その人を離して」
俺は朧げになった意識の中で紅柘榴の声を聞いた。低く、憎悪に染められた声色だ。
今の俺がどうなっているのか自分自身ですら把握していない。口腔が血の味で充満し、脚を微かに動かすと骨の奥から激痛が蘇る。走るのは無理そうだ。
「離して」
紅柘榴の低い声が聞こえ、怪我のことなどどうでもよくなった。体中に響く痛覚を無視し、顔を上げようとしたが、それもできなかった。
蝶男が髪を鷲掴みにし、花びらが散る地面に顔を擦りつけたからだ。
悲鳴のような怒声のような金切り声が震動した。
そうすると蝶男は人差し指を唇に当てる。
それが何の合図かわからないが、蝶男の所作に紅柘榴の目は怒りから恐怖へと変わった。
彼女の肩が震え、呼吸が苦しくなる。
「さて、僕はこの盗人を長い間放っておいたわけだが、彼女を盗まれるわけにもいかないからね」
「殺、さない、で」
過呼吸になりかけた荒い息で訴える。
俺は紅柘榴に「逃げろ」と叫びたかった。しかし、声すら出ない。呼吸をするだけで肺に穴が開いたような痛みを覚える。
「殺さないよ。利用できるからね」
紅柘榴の肩が激しく上下し、身体が蹌踉めく。
「べに」
痛む肺を抑え、名を呼ぶ。口腔に土が入り、砂利と血がこびりつく。
「べに」
すぐそこにいる。苦しんでいる。行ってあげたい。
「そう急かさずともまた会えるよ」
蝶男の手が俺の両目を覆う。それを最後に俺の意識は閉ざされた。
蝶男は俺の上に乗ったまま、身体の角度を変え、両手で俺の左脚を掴む。野太い折れる音が聞こえた。
「ああっ!」
刹那、今までにない激痛が伝わる。
脚の骨を折られた。痛みが全身に広がり、痛いという思考しか浮かばない。
「つくづく感情とは面倒なものだね。そのお陰で、扱いやすい時もあるんだがね。怒りを煽げば判断力が鈍る。そこに痛みも加えれば相手の操作は容易い」
蝶男が説明しているが、そんなもの耳に入ってこない。
こいつから逃げないと。
そうしたいのに蝶男が俺の背中にのしかかる。蝶男が後ろから左手を回し、顎を捉え、右手が無理矢理、俺の口腔にねじ込む。
歯茎に衝撃が走り、声にならない叫びを上げる。
蝶男の右手が口腔から退く。地面に転がったのは左上の奥歯だった。
「もう少し痛めつけさせてもらうよ。そうしたほうが促しやすいからね」
痛みで全身が震える。何も考えられない。
「安心してくれ。殺しはしないよ。僕は命を大事にしているからね」
彼の言葉が理解できなかった。
妙な胸騒ぎで目が覚めた。誰かの悲鳴が聞こえた。
頭がぼうっとする。
上半身を起こすと被せてあった布団が落ちた。
お酒という物を飲んでいたら、睡魔がやってきた。微睡んでいたら、告白された。
そこまで思い出し、誰もいないことに気付く。
そういえば、悲鳴が聞こえた。
胸騒ぎが大きくなる。寝床から縁側まで一気に駆けた。庭先にいた風景に心臓が止まる。
夜の冷たい空気を吸う。どれほど空気を吸っても身体は温度を感じなかった。
庭に彩られた花々は無残に散らされていた。その中心に立っていたのは蝶男。そして、奴の手によって襤褸切れ当然のように掴まっていたのは。
「その人を離して」
俺は朧げになった意識の中で紅柘榴の声を聞いた。低く、憎悪に染められた声色だ。
今の俺がどうなっているのか自分自身ですら把握していない。口腔が血の味で充満し、脚を微かに動かすと骨の奥から激痛が蘇る。走るのは無理そうだ。
「離して」
紅柘榴の低い声が聞こえ、怪我のことなどどうでもよくなった。体中に響く痛覚を無視し、顔を上げようとしたが、それもできなかった。
蝶男が髪を鷲掴みにし、花びらが散る地面に顔を擦りつけたからだ。
悲鳴のような怒声のような金切り声が震動した。
そうすると蝶男は人差し指を唇に当てる。
それが何の合図かわからないが、蝶男の所作に紅柘榴の目は怒りから恐怖へと変わった。
彼女の肩が震え、呼吸が苦しくなる。
「さて、僕はこの盗人を長い間放っておいたわけだが、彼女を盗まれるわけにもいかないからね」
「殺、さない、で」
過呼吸になりかけた荒い息で訴える。
俺は紅柘榴に「逃げろ」と叫びたかった。しかし、声すら出ない。呼吸をするだけで肺に穴が開いたような痛みを覚える。
「殺さないよ。利用できるからね」
紅柘榴の肩が激しく上下し、身体が蹌踉めく。
「べに」
痛む肺を抑え、名を呼ぶ。口腔に土が入り、砂利と血がこびりつく。
「べに」
すぐそこにいる。苦しんでいる。行ってあげたい。
「そう急かさずともまた会えるよ」
蝶男の手が俺の両目を覆う。それを最後に俺の意識は閉ざされた。
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