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4章 闇底で交わす小指
カンダタ、生前 崩れる 5
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怪我や病気はしていないのに紅柘榴はしばらくの間、布団から出られずにいた。
足が痛くて歩けないと白状した。
両足の具合を見たが、外傷はない。
「この辺が痛いのか?」
俺は足首の裏を擦ると紅柘榴は頷いた。足首をゆっくりと動かすと痛みで呻く。
「どう痛い?」
「えっと、切られた、ような?」
迷いながらの答え。自身の感覚を言葉にするのは難しいものだ。
「やっぱり、医者に診せてもらったほうがいい。歩けないのは深刻だ」
「ほんと、大丈夫よ。前の時だって寝ていたら治ったから」
「前にもあったのか」
紅柘榴がうっかり滑らした言葉を俺は聞き逃さなかった。
「前も吐血して、歩けないくらいに足が痛んだのか」
俺から目を逸らし、口を噤む。そうして、俺の口調や視線が紅柘榴を責めているのだと気付いた。
苛立ってはいた。彼女には秘密事が多い。それらを知られたくないのは承知しており、俺も無理に暴こうとはしなかった。自分から打ち明けるのを待っていた。
待たされているこちらの身にもなって欲しい。
だからといって、それを責めるのも見当違いだ。
「ご飯はどうしてたんだ? 」
俺は責めるのをやめた。
「歩けるまで食べれなかった」
紅柘榴はばつが悪そうに目線を逸したまま言った。
「今は?腹空いたか?食べたいのはあるか?」
「料理できるの?」
自信はない。包丁すら握ったことがない。
「やるだけやってみるさ」
「無理しなくていいよ」
胸の内を見透かした紅柘榴がおかしく笑った。
足首の痛みが消えるまで三日ほどかかった。その間の食事は失態続きなので思い出したくない。
ともかく、その三日は紅柘榴を看病していた。
その間、決意する。
紅柘榴を塀の外で暮らして欲しいと願っていたのは俺と生きてほしいからだ。俺の隣で憂いもなく笑ってほしいからだ。
これは俺の願望であり、紅柘榴の願いではない。
だから、ゆっくりと紅柘榴を説得しながら信頼を得て、隠し事を話してくれるのを待った。それで彼女の憂いを解消していくつもりだった。
だが、床に倒れ、吐血して、足を痛める。その要因ですら彼女は話そうとしない。もう耐えられない。
体調が良くなった紅柘榴に夕暮れまでには戻ると告げ、一人で出掛ける。
そして、夕暮れになり、戻ってきた俺の手には徳利が握られていた。
「やっときた」
膨れた顔で紅柘榴が出迎える。
今日は一日いられるはずなのに急遽、俺が紅柘榴を置いて出て行った為、彼女の機嫌は悪かった。
「すまない。美味しいものを持ってきたんだ。それで許してくれ」
素直に眉を垂らして見せるも機嫌の悪い顔のままだ。
「また食べ物で吊ろうとする」
文句を言っているが、紅柘榴はいつも食い物で機嫌が治っている。そういうところが俺の心をくすぐる。
本気で怒っている紅柘榴は綻んだ俺の表情がますます気に入らない。
「仕方がない。日を改めるよ」
「え?」
まさか、そう言われるとは思ってはおらず、紅柘榴の膨らんだ頬が一瞬で萎んだ。
「俺がいると機嫌が悪いままだろ。なら、治った時にまた会いに来るよ」
一歩退くと袖を掴んできた。
「行かないで」
寂しく不安げに見上げる。
「でも、怒ってるだろ?」
「怒ってないから」
「本当に?」
少しいじめたくなって顔を近寄らせる。珍しく紅柘榴の頬が赤い。
「わかってるくせに。何もかもそっちの思惑通りだわ」
「そんなことをないよ」
満足げに笑い、俺たちは縁側に腰を下ろす。
「それで何を持ってきたの?」
一転して期待の眼差しを向ける紅柘榴に俺は徳利を見せる。
「酒を持ってきた」
それは今まで土産として選ばなかったものだ。
さすがに名前ぐらいは聞いたことがあるだろうと思っていたが、怪訝そうに徳利を見つめている。塀の中のものしか知らない彼女は酒と言う名ですら初めて聞く。
栓を開けて紅柘榴に手渡す。徳利の中を覗くと独特の匂いが鼻を刺激した。
「変な臭いがする。なんなのこれ?」
「飲み物だ」
「これが?」
こんな臭いものが?と疑いの目を俺に向ける。
「この匂いが癖になる」
「えぇ?」
「飲めばわかるさ。つまみと合わせるとさらに美味しくなる」
徳利と共に持ってきたつまみと猪口を俺と紅柘榴の間に置く。二つの猪口に酒を注ぎ、片手に取ると一気に飲み干した。
久方に飲んだ酒は俺の喉を焼き、香りが鼻を通り抜ける。
なるべく、飲みやすいものを選んだ。嗜む程度には楽しんで欲しい。
足が痛くて歩けないと白状した。
両足の具合を見たが、外傷はない。
「この辺が痛いのか?」
俺は足首の裏を擦ると紅柘榴は頷いた。足首をゆっくりと動かすと痛みで呻く。
「どう痛い?」
「えっと、切られた、ような?」
迷いながらの答え。自身の感覚を言葉にするのは難しいものだ。
「やっぱり、医者に診せてもらったほうがいい。歩けないのは深刻だ」
「ほんと、大丈夫よ。前の時だって寝ていたら治ったから」
「前にもあったのか」
紅柘榴がうっかり滑らした言葉を俺は聞き逃さなかった。
「前も吐血して、歩けないくらいに足が痛んだのか」
俺から目を逸らし、口を噤む。そうして、俺の口調や視線が紅柘榴を責めているのだと気付いた。
苛立ってはいた。彼女には秘密事が多い。それらを知られたくないのは承知しており、俺も無理に暴こうとはしなかった。自分から打ち明けるのを待っていた。
待たされているこちらの身にもなって欲しい。
だからといって、それを責めるのも見当違いだ。
「ご飯はどうしてたんだ? 」
俺は責めるのをやめた。
「歩けるまで食べれなかった」
紅柘榴はばつが悪そうに目線を逸したまま言った。
「今は?腹空いたか?食べたいのはあるか?」
「料理できるの?」
自信はない。包丁すら握ったことがない。
「やるだけやってみるさ」
「無理しなくていいよ」
胸の内を見透かした紅柘榴がおかしく笑った。
足首の痛みが消えるまで三日ほどかかった。その間の食事は失態続きなので思い出したくない。
ともかく、その三日は紅柘榴を看病していた。
その間、決意する。
紅柘榴を塀の外で暮らして欲しいと願っていたのは俺と生きてほしいからだ。俺の隣で憂いもなく笑ってほしいからだ。
これは俺の願望であり、紅柘榴の願いではない。
だから、ゆっくりと紅柘榴を説得しながら信頼を得て、隠し事を話してくれるのを待った。それで彼女の憂いを解消していくつもりだった。
だが、床に倒れ、吐血して、足を痛める。その要因ですら彼女は話そうとしない。もう耐えられない。
体調が良くなった紅柘榴に夕暮れまでには戻ると告げ、一人で出掛ける。
そして、夕暮れになり、戻ってきた俺の手には徳利が握られていた。
「やっときた」
膨れた顔で紅柘榴が出迎える。
今日は一日いられるはずなのに急遽、俺が紅柘榴を置いて出て行った為、彼女の機嫌は悪かった。
「すまない。美味しいものを持ってきたんだ。それで許してくれ」
素直に眉を垂らして見せるも機嫌の悪い顔のままだ。
「また食べ物で吊ろうとする」
文句を言っているが、紅柘榴はいつも食い物で機嫌が治っている。そういうところが俺の心をくすぐる。
本気で怒っている紅柘榴は綻んだ俺の表情がますます気に入らない。
「仕方がない。日を改めるよ」
「え?」
まさか、そう言われるとは思ってはおらず、紅柘榴の膨らんだ頬が一瞬で萎んだ。
「俺がいると機嫌が悪いままだろ。なら、治った時にまた会いに来るよ」
一歩退くと袖を掴んできた。
「行かないで」
寂しく不安げに見上げる。
「でも、怒ってるだろ?」
「怒ってないから」
「本当に?」
少しいじめたくなって顔を近寄らせる。珍しく紅柘榴の頬が赤い。
「わかってるくせに。何もかもそっちの思惑通りだわ」
「そんなことをないよ」
満足げに笑い、俺たちは縁側に腰を下ろす。
「それで何を持ってきたの?」
一転して期待の眼差しを向ける紅柘榴に俺は徳利を見せる。
「酒を持ってきた」
それは今まで土産として選ばなかったものだ。
さすがに名前ぐらいは聞いたことがあるだろうと思っていたが、怪訝そうに徳利を見つめている。塀の中のものしか知らない彼女は酒と言う名ですら初めて聞く。
栓を開けて紅柘榴に手渡す。徳利の中を覗くと独特の匂いが鼻を刺激した。
「変な臭いがする。なんなのこれ?」
「飲み物だ」
「これが?」
こんな臭いものが?と疑いの目を俺に向ける。
「この匂いが癖になる」
「えぇ?」
「飲めばわかるさ。つまみと合わせるとさらに美味しくなる」
徳利と共に持ってきたつまみと猪口を俺と紅柘榴の間に置く。二つの猪口に酒を注ぎ、片手に取ると一気に飲み干した。
久方に飲んだ酒は俺の喉を焼き、香りが鼻を通り抜ける。
なるべく、飲みやすいものを選んだ。嗜む程度には楽しんで欲しい。
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