糸と蜘蛛

犬若丸

文字の大きさ
上 下
344 / 574
3章 死神が誘う遊園地

十如十廻之白御魂 8

しおりを挟む
   試し足りないのか昌次郎は首の頭部を掲げると十手の先に触れさせる。額に触れた十手は焼ける音をたてながらずぶずぶと奥に入っていく。
   焼き爛れた皮膚は広がっていき、内側から脳汁が溢れて蒸発する。
   昌次郎はほくそ笑みながら蒸発する様子を楽しんだ。
   首はあっけなく消滅した。跡形もなく消えた首に光弥は身を震わせた。
   「知りたい事は知っただろう。作業に戻れ」
   昌次郎は強面な顔に戻ると光弥に命令する。
   光弥は愕然としていたが命令に従う。これ以上、機嫌を損ねるわけにはいかない。
   瑠璃が眠る寝台に戻り、デスクの上にあるPCの電源を入れる。何か薬でも飲まされたのか、瑠璃は未だに穏やかな寝顔だ。
   「俺の言う通りに変更するんだ。いいな、少しのずれも作るな」
   光弥はキーボードを叩きながら昌次郎の要望を聞く。
   聖母の優しさ、従順さ、穏やかな笑顔、真実の愛、一途に昌次郎を想う恋慕。
   瑠璃の個性は削れ、瑠璃にはない個性が追加される。どんどん、瑠璃から離れていく。
   「記憶は?」
   「全部消せ。代わりに思い出を」
   作業台の引き出しから銀色に反射するディスクを取り出して光弥に差し出す。それをPCのドライブに入れ、記憶のインストールを選択する。
   “記憶を上書きしますか?”
   最後の警告だとメッセージを表示する。特に気を止めることもなかった。光弥は「はい」と選択する。
   今眠っている姿が最後の瑠璃なるかもな。
   淡々とそんなことを思った。



   夢園で作られ、そこでしか暮らしていない翡翠と翠玉は現世というものを知らない。幾人もの放浪者たちがそこから逃避してくる世界だから地獄のようなところなのだろう。
   しかし、お父様は1つの世界しか知らない翡翠たちを不憫に思うのか時折、現世からのお土産を持ってきてくれた。その中に「天空の城ラピュタ」という題目のDVDがあった。
   鑑賞してみたが、翡翠はそのアニメが共感できなかった。おかしいのだ。出会ったばかりの少女なのに盗賊から一緒に逃げたり、火の中に飛び込んだりするのだ。
   父でも姉妹でも、恋人や友人ですらない少女に身体を張る主人公に違和感しかなかった。
   今、主人公の気持ちがわかる。
   それを言葉にするのは難しい。特に感情が希薄で欠陥品の翡翠には表しようがない。この感情は勝手に生まれて勝手に身体を動かす。
   カンダタさんから口笛のような高い呼吸音が聞こえる。
   昌次郎は片方の肺だけに穴を空けた。カンダタさんが鼻口で呼吸をしても穴から空気が抜け、血と共にコボコボと音を鳴らして流れていく。彼を生かしているのは僅かな酸素だけだ。
   昌次郎は即死を避けた。カンダタさんみたいな亡霊の場合、その身体が死ねば負傷する前の正常な身体に戻る。昌次郎は瀕死状態を長く保つよう片方の肺に穴を空けるだけで済ました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...