糸と蜘蛛

犬若丸

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3章 死神が誘う遊園地

支配される魂、抗う 11

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   「そういえば瑠璃は?一緒じゃないんですか?」
   疑問を落としたのは清音だった。すっかり瑠璃の存在を忘れていた。
   「確か、父親に会いに行ったんじゃないか?」
   「父親がここにいるのか?」
   「おびとの説明では瑠璃パパも協力者だって」
   瑠璃の父親が協力者?瑠璃の為に?娘の成績にすら目を向けていなかったのに?
   何故だか、この違和感が不吉に思えた。
   「はははは」
   嗄れた笑い声が嫌に響く。 
   「急いだほうがいいぞ」
   脚を斬られた政蔵が勝ち誇ったように言う。
   「昌次郎が先に出会ったのは首ではない。蝶男だ」
   「どういうことだ?」
   ケイが脅すように問い詰める。しかし、政蔵はそれに答えるつもりはなく、恍惚とした笑みを浮かべる。
   「子らがもうすぐ地上にでる」
   まるで自分の勝ちだと言いたげなその笑いに不気味な不安が波紋する。
   「やっと子供たちのお披露目だ。ハッピーバースデイ」
   広がる波紋を広げ、水面の波が荒くなる。その波を更に荒くさせたのは足元を揺らす地震。
   これまで小さな揺れはいくつかあったが、今回のそれは今までよりも遥かに超える大きな揺れだった。
   脚で身体を支えるのも困難となっていた。清音と光弥は均衡を崩し、尻餅をつく。カンダタは壁に手をつけて何とか身体の均衡を保ち、同時に腰にしがみつく翡翠を支えた。
   「ハッピーバースデイトゥユーハッピーバースディアバグ」
   政蔵が歌う祝詞に呼応し、底から沸き上がる雄叫びに肌が粟立ち、心臓を震撼させる。
   地震が治っても雄叫びは続いていた。ケイは走り出すと窓際に向かい、遅れてカンダタも続く。
   雄叫びの主はホテルの前にいた。だが、まだ地中にいた。
   石畳の地面が崩れ、石のブロックは空洞の暗闇に落ちていった。あの空洞はホテルの地下にあたる部分だ。そこで眠っていた怪物が産声を上げたのだ。
   2体のバグ。悍ましい怪物たちが地上に這い上がろうとしている。大きな空洞はバグにとっては狭い。2体のバグは我先にと互いを押し退けあい、なかなか地上に上がれずにいた。
   「あぁ、愛しい子らの声が聞こえる」
   政蔵が幸福に満ちた声を漏らす。
   「何をする気だ?」
   ケイがもう一度、詰問する。
   「私の目的は既に果たされたよ。元気な子供の声を聞けた。あとは、そうさな。昌次郎に聞くんだな。奴に父性は初めからない。瑠璃は利用される為に殺される」
   「昌次郎の目的は?」
   「さあな」
   政蔵はそれだけ言うと固く嘴を閉ざす。ケイもこれ以上は無駄だと諦めた。
   翡翠がカンダタの隣に立ち、2体のバグに息を呑む。
   「再確認するがあれは人を食うんだったな」
   「えぇ、夢園にいる放浪者を全員食します」
   「なんてことだ」
   首の気怠げな声がした。翡翠の腕に収まる頭部を見る。
   「瑠璃が園内にいる」
   細い腕から頭部を奪い取り、詰問したい衝動にかられるも歯を食いしばって堪える。娘の前で無防備な父親を痛めつけるのは良心が許さなかった。
   翡翠は深呼吸をする。そして決心すると首を持ち上げ、自身の高さまで目線を合わせる。
   「翡翠か、苦労をかけた」
   胴体がないせいか首の声には張りがなく、ゆっくりとした口調となっていた。
   「お父様、私と翠玉は放浪者の解放を企てていました。バグが覚醒した今、それを実行します」
   「計画と、違うな」
   「はい。私たちはお父様に反抗します」
   「そうか」
   首は目蓋を閉じた。再び目を開けた時には冷徹な眼差しを向けていた。
   「今の私には胴体がない。キャストも私には従わないだろう。好きにしなさい。翠玉は?」
   翡翠は答えようと口を開くも声を出すと涙も流そうになっていた。一度、口を噤み、息を大きく吸い込んだ。
   「消滅しました」
   淡々とした口調にも抑える感情が滲んでいた。
   「そうか」
   娘と呼んでいたわりに反応は薄い。
   「事態が収束し、私の身体が元に戻ったら翡翠、お前は処分だ」
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