糸と蜘蛛

犬若丸

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3章 死神が誘う遊園地

夢みる幸福 7

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   身体が震える。恐ろしさで思考が止まる。
   不意に彼女の存在を感じた。それは春の匂いがする幻だとわかった。この幻にも随分と慣れた。
   「怪我は?まだ痛い?」
   カンダタは両手で顔を隠し、俯く。この幻は苦痛を与えるだけだ。
   「彼女に会いたい?」
   幻が問い掛ける。答えられない。紅柘榴を模した人形を襲った。求める食欲に愉悦さえあった。
   紅柘榴に会いたいのは確かだ。しかし、単なる思慕なのか、黒蝶の衝動から生まれた欲求なのかわからなくなった。
   「ねぇ、カンダタ」
   「やめろ」
   怒気を含んだ声で制する。カンダタが見ているのは偽りなのだと実感する。
   「俺が会いたいのはべにだ。お前じゃない」
   カンダタという名は瑠璃が勝手につけて呼んでいる名だ。紅柘榴がその名を知っているはずがない。
   幻は口を閉ざす。
   「頼むから消えてくれ。辛いんだ」
   怒気はすぐに消沈した。偽物に対する怒りはあった。だが、これは紅柘榴を想って生まれる幻だ。憎めない。だからこそ辛い。
   「ごめんなさい」
   泣いて震える声をしていた。彼女の白い頬に涙の雫が伝う。
   カンダタが見上げてみると幻覚は消えていた。
   何もない暗闇の空虚を見つめ、椅子の背もたれに寄りかかる。
   幻を追い払っただけだ。それだけだ。
   なぜか、もうあの幻には会えないような気がした。
   しばらくして、暗闇の向こうからコンクリートと靴が叩かれる音が響いてきた。
   消沈し、憂いた顔で暗闇を見つめ返す。電球の下に訪れたのは桐  首と10歳くらいの少女だった。
   「落ち着いたかな?」
   彼は恐れを抱かず、怒りもなかった。寧ろ、同情するかのように眉を垂らす。カンダタは頭を深くし沈ませて沈黙する。
   「呼び名は、カンダタでいいかね」
   妙な回しをするなと思いつつ、否定はしなかった。
   「私のことは首でいい。この子は翡翠」 
   翡翠と呼ばれた少女は軽く会釈する。翡翠の玉で飾られた簪が印象的であり、人形のように無感情な佇まいをしている。何故か、見知らぬ少女に既視感を覚えた。
   「色々と話す前にお願いしたいことがあるんだ。魂を侵略している黒蝶だが、親との回線が切れているね」
   首は作業台の前に立つと何かしらの準備をしながら話す。
   「幸と捉えるべきか不幸と捉えるべきか。親からの電令がないから夢園が奴の手に落ちる危険はないが、制御もきかない」
   親・奴とは蝶男のことを指しているのだろう。
   「引き金は怒りといった感情だ。難しいだろうが冷静になって聞いてくれるかね?」
   見せつけるかのように手に持ったのは透明な液体が注射器。
   「君とは穏便に話を進めたい」
   脅し文句とも言える注意事項を受け入れる。あの液体が身体にどんな作用があるのか考えていない。先のことなど、どうでもいい。
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